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45話 裏話その4

 疲れ切った顔のエルプロデューサーを前に、タマモたちはなにも言うことができなくなってしまっていた。


「──皆様方が悪いわけではないのです。むしろ、悪い者など誰もいないのです。ただ、なんというか、巡り合わせが悪すぎたというところですかね。ははは、まさか、こんな状況になるだなんてね」


 エルプロデューサーの目は若干遠い。死んだ魚の目と言うべきだろうか。疲れすぎてしまった人の目をしている。過労死寸前とでも言うべきだろう。


「……ご心労察します」


「いえいえ、このくらいのこと、「武闘大会」開催前や開催中に比べればなんともないですよ、あははは」


 高笑いをするエルプロデューサー。口にしている内容からして「武闘大会」開催前はいまよりもかなり切羽詰まっていたようである。連続で切羽詰まっているというのはどうなんだろうとタマモたちは思ったが、いろいろと大人の事情というものがあるのだろうとあえてなにも言わないことにした。そう言わないことにしたのだが、当のエルプロデューサーは聞いてもいないのに当時のことを話し始めてしまう。


「「武闘大会」は大変でしたよ。開催中は「闘技場」内においてだけ時間を加速させ、睡眠してログアウトにならないと事前に連絡しておいたはずだったのに、その連絡をちゃんと呼んでいない方々からのクレームが次々へと飛んできたり、一度「闘技場」から出たら、入場できないということも連絡しておいたのにやはりそれを読んでいない方々から「入れないんですけど?」という抗議文が来たりとね。……運営からの連絡くらい目を通しておけよと言いたくなりましたがね」


「……あー」


 説明書を読まないタイプというのはわりと一定数いる。そしてその一定数いるタイプの声はわりと大きいものである。世にはこびるクレームというものすべてがその一定数からのものに当てはまるわけではない。だが、冷静になってちゃんと仕様を確認すれば、解決できるものが多いのも事実である。「武闘大会」中におけるクレームも確認すればいいだけの内容であったようだ。


「開催前、運営内ではそういうクレームが来るんじゃないかという笑い話はありましたが、まさか本当にそんなクレームが来るとは考えてもいませんでしたね。嘘から出た誠と言う言葉はありますが、冗談から出るクレームってあるものなんですね。ははは」


 当時のことを思い出したからか、エルプロデューサーの目がより澱んでいく。深淵の底を覗くというのはこういうことなのだろうかとタマモたちは思った。その深淵を内包させたエルプロデューサーは淡々と続けていく。


「開催前と言えばですね。開催する直前まで「闘技場」内で特別ダンジョンを用意しようかどうかの議論が重ねられていたんですよ」


「特別ダンジョンですか?」


「ええ。主にレベリングのためのものであって、これと言った副産物はありませんでしたが、効率よく経験値を稼げる特殊ダンジョンを用意するかどうかの議論でしたが、結局用意しないという結論になりましたね。ただ次回以降──あくまでもまた「武闘大会」を開催する場合は用意することになりましたけど」


「それって言わない方がいいような気がするんですが」


 正直現時点で言わない方がいい内容である。秘匿してしかるべきであろう。しかしエルプロデューサーは首を振るだけだった。


「別に構いませんよ。いま口にしたところで、すぐに突入できるものじゃありません。なにせ「闘技場」自体自由に出入りできる場所ではありませんからね。あくまでも現時点ではですが。後々のアップデートで「闘技場」内に自由に出入りできるようになるかもしれませんけど、いまのところその予定はありませんからね。まぁ、将来のことはともかくとしても現時点では、皆さんに話しても問題はありません。なにせ自由に出入りできない「闘技場」の中にあるダンジョンですから。真偽を確かめるには「武闘大会」が開催されないと確認しようもありません。開催されるまではせいぜい眉唾物の話になる程度です」


「たしかにそうですね」


 真偽を確認しようがない情報というものは、たとえ出所がどうであれ眉唾物となるだけである。その出所が運営のトップであろうとそれは変わらない。ゆえにいま話したとしても問題はないということなのだろう。仮に掲示板等でタマモたちが公表したところで、確認しようがないことである。それに公表したらしたでタマモたちに疑いの目がかかるだけだ。運営側としては痛くもかゆくもない。癒着とかなんとか言われかねないだろうが、運営側からの返答は「そんな事実はありません」の一言でおしまいだろう。


 実際、癒着したという証拠はない。一言で切り捨てられるだけである。そもそもこの程度のことで癒着だのなんだのと言っていたら切りがない。


 加えて内容も内容だ。おそらくは次の「武闘大会」開催時に「お知らせ」の中に書かれるであろうことは容易に窺える。


 どうにせよ、この程度の内容であれば、教えたところで問題はない。そうエルプロデューサーが考えたということであろう。


「ですが、一応「武闘大会」開催のお知らせがあるまでは、他言しないでいただけるとありがたいですね。今回のはそうですね。いきなり呼び出しをしたお詫びということにしていただけるとありたがいです」


「次の「武闘大会」があるということもですか?」


「ええ、もちろん。さすがに日程まではお教えできませんが、近く開催することとなります」


 すでに年末であるため、開催するとしても年が明けてからであることは間違いない。ただ年始すぐにということはないはずだ。あるとしても1月の後半あたりが無難であろう。2月はバレンタインがある。クリスマス同様にイベントとしてメジャーなものだ。そこを外すということは考えづらい。が、あくまでも予想でしかない。実際のところいつになるのかは運営のさじ加減次第であった。


「いろいろと考えられているんですね」


「まぁ、プレイヤーの方々に楽しんで貰ってナンボですからね。試行錯誤は当然でしょう」


「ただ、「武闘大会」にリソースを割きすぎている気もしますけど」


 初イベントが「武闘大会」であり、クリスマスの次のイベントも「武闘大会」となると、「武闘大会」にリソースを割きすぎているというのは誰しも思うことであろう。イベントの三分の二が「武闘大会」というのはリソースの割合がおかしい気もする。


「ははは、まさにそうですね。「武闘大会」にリソースを割きすぎた弊害がこんな形になるとは思いませんでした。まぁ、「武闘大会」はその分大盛況に終わったので、こちらとしては問題なかったわけですが」


 痛いところを衝かれたと言うように、なんとも言いづらそうな顔をするエルプロデューサー。が、彼女が言っていることも間違いではないなとタマモたちも思う。実際「武闘大会」のPVが公式サイトや某動画サイトに載せられたのだが、その閲覧数がとんでもないことになったのである。さすがに社会現象にまでは達していないが、そうなるのも時間の問題と言われかねないほどだったのだ。それだけの閲覧数をたたき出した「武闘大会」に偏重するのもわからなくはないことなのだ。


「まぁ、今後はもう少し皆さんの動向を確認しつつ、イベントの準備も行うことに致します。ですので、今回だけはできればと」


 咳払いをしてエルプロデューサーがこちらを窺うようにして言った。


 話はわかった。それにアオイたちとも事前に話し合いはしたのだ。アオイたち曰く「運営が協力してくれるのであれば、それはそれで問題はない」とのことだった。


 運営の協力が得られるイベント。たしかに前日にいきなりという無礼はあるかもしれないが、それを差し引いても魅力ある提案であることには変わらない。であれば、答えなどひとつだけである。


「わかりました。ぜひご協力をお願いします」


「ありがとうございます。本っ当にありがとうございます!」


 エルプロデューサーはそう言ってヒナギクの手を掴んだ。それはとてもとても力の入ったものであった。


 こうしてタマモたちと運営チームとの協力体制がイベント前日にて決定したのだった。

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