44話 裏話その3
──1時間後、タマモたちはまったく別の空間にいた。
タマモたちが従来ログインする異世界「ヴェント」こと「エターナルカイザーオンライン」の世界とはかなり異なっていた。
タマモたちがいるのは、四角い白い部屋だった。まるで大ババ様から課された試練の後に訪れるあの真っ白な空間と酷似していた。四方を覆う壁や天井さえもすべてが白い。世界のすべてが白で埋め尽くされてしまったかのようだ。……世界というには大いにこじんまりとしているが、タマモたちはまだゲームにログインしている。というか、さきほどまではアオイたちの本拠地にあたる「蒼天城」の中にいたのだ。
それがいまや真っ白な空間にぽつんと佇んでいた。一瞬で視界に映るすべてが変わってしまっていた。戸惑うなというのはさすがに無理のあることであった。
「なんというか、怖い部屋だねぇ」
タマモの後ろではヒナギクがのんきな声をあげていた。
その隣にいるレンも「……真っ白すぎて落ち着かない」と言っている。
ふたりの言葉にはタマモもまた同意するしかない。いまいる部屋はなんというか、真っ白すぎるのだ。あまりにも白を強調しすぎていて目が痛い。壁や天井が音しれず迫ってきても気づかなそうだ。さすがにそんな殺意溢れるギミックがあるとは思えないし、この部屋に招待されたのに、そんな初見殺しなトラップを仕掛けるとは思えない。そもそもそんなことをする意味もない。
そうわかっていても、あまりの白一辺倒な部屋に、不思議と恐怖感を呷られてしまっていた。このまま数日、数十日とこの部屋で監禁されてしまったら、それだけ精神的におかしくなりそうである。
「……さっさと出て行きたいですねぇ」
白というのは清潔感のあるものだが、一辺倒なのも考え物だなと思いつつタマモはげんなりとした様子で周囲を見渡していた。
「「フィオーレ」の皆様、お越しいただき感謝致します」
不意に声が聞こえてきた。声の聞こえてきた方を見やると、つい先ほどまで誰もいなかったそこにひとりの女性の姿があった。その女性は真っ黒な燕尾服を身に付けた、ショートボブの髪型をしたボーイッシュな女性である。
その女性の周囲にはやはり先ほどまで存在していなかったシングルのソファーと複数人用の、3人までであれば難なく座れそうなソファー。その間にはティーポッドとクッキーなどの茶菓子が乗ったテーブルが置かれていた。最初から女性もソファー等も存在していたかのようである。そこれそ最初から3人は応接室へと招かれていたのではないかと思えるほどに、それらは当たり前のようにそこに存在していた。
「えっと、あなたは?」
「私はこのゲームのプロデューサーを務めております、エルと申します。以後お見知りおきを」
「ぷ、プロデューサーさんですか」
まさかの人物登場であった。
だが、よくよく考えてみれば、重要な話し合いで相手側のトップが出てくるというのはわりと当たり前のことではある。そのトップがそのまま組織全体のトップであるか、それとも案件の中でのトップであるのかはその時々にして変わるものだ。が、今回の案件ではプロデューサーを名乗るエルが出てくるのは別におかしなことではない。
おかしなことではないが、タマモはてっきり変態GMのソラが出てくるものだとばかり思っていたため、別の人物、しかもトップが出てくるとは考えてもいなかったので、かなり肩すかしを食らった気分になっていた。とはいえ、ソラに会いたいかどうかと問われるとかなり微妙であるのだ。ぶっちゃけ会えないでいられるのであれば、それに越したことはない。ないのだが、なんとなく物足りなさを感じなくもない。それが大いに危険な兆候であることも重々承知しているため、あえてタマモはなにも言わないことにした。わざわざ自分から虎の尾を踏む必要はない。
「本来ならタマモ様に連絡をさせていただいたソラ主任に対応を任せるつもりでしたが、よくよく考えてみると彼女に任せると話が二転三転する可能性が高かったのです。あと私もたまたま手が空いていたこともありまして、今回私が対応することになりました」
エルプロデューサーはニコニコと笑いながら、聞いてもいないことを教えてくれた。別に会いたかったわけではないので、わざわざ教えてくれなくてもよかったのだが、エルプロデューサーはニコニコと笑うだけである。
「さて、立ち話もなんですし、どうぞこちらへ」
エルプロデューサーはシングルのソファーのそばに立ちながら、対面のソファーに腰掛けるように勧めてきた。立ち話もなんだというのはたしかだし、話もそれなりに長くなるのもわかっていたので、タマモたちはそれぞれに返事をしつつ、勧められた通りにソファーへと腰掛けた。3人が腰掛けるのを待ってからエルプロデューサーも静かにソファーへと腰掛けた。
「さて、今回はお呼び出ししてしまい、まことに申し訳ありません。本来ならこのようなことはそうそうありえないのですが、今回ばかりは事情がありましたので、こうしてお呼び出しをしてでの話し合いの場を設けさせていただくことになりました」
エルプロデューサーが頭を深々と下げた。お偉いさんであるプロデューサーが頭を下げるのだ。よっぽどの事情があるようだ。そもそも運営からああいう連絡が来ること時点で相当の事情があるということである。
だが、タマモたちにはその事情がさっぱりとわからない。プレイヤー主導のイベントをしようとしていたときに、いきなり一枚噛ませて欲しいというのはどういうことなのか。そんな運営なんて前代未聞であった。その全体未聞の運営のトップがいま目の前にいる。いったいどういうつもりなのか。その事情をタマモたちは尋ねた。
「早速なんですけど、その事情ってなんでしょう?」
真っ先に口を開いたのは「プレゼント大作戦」における総責任者であるヒナギクである。エルプロデューサーは顔を上げてから粛々と話し始める。
「実は、我ら運営でもクリスマスのイベントを行うため、粛々と準備を行っていたのですよ」
「え? でも、そんなお知らせなんてなかったですよ?」
エルプロデューサーの言葉に問いかけたのはレン。その手元にはいつのまにかメニューウィンドウが開かれており、エルプロデューサーの言った「クリスマスイベント」についてのお知らせを探していたが、その手の内容のお知らせは一切見つからなかった。
「それもそうでしょうね。本来な12月に入ってからお知らせをする予定だったのですが、想定外のことが起きてしまいましてね」
「想定外です?」
最後に口を開いたのはタマモだった。エルプロデューサーの言葉から、本当に想定していなかった予想外のトラブルが起きたということが窺えたのである。とはいえ、想定外のトラブルが起きたとすれば、ゲーム中にもなにかしらの齟齬が出てきそうなものだが、いまのところ目に見えた齟齬はなかった。であれば、想定外とはいったいなんのことなのだろうか。
「ええ。まさしく青天の霹靂と申しますか。まさか、そういう手段を用いてくるとは考えてもいなかったと言いますか」
「……いまいち要領を得ないんですけど?」
エルプロデューサーはなんとも抽象的な言い方をしている。というか、なんとも言いづらそうな表情を浮かべていた。その表情を見て、なんとなく自分たち絡みのことなのかもしれないとタマモたちは思った。そしてその予想は当たっていた。
「……皆様が計画立案されてきた「プレゼント大作戦」なんですが、はっきりと申しますと、我々が行おうとしていたクリスマスイベントそのものなのですよ」
「……え?」
エルプロデューサーが口にした言葉に、タマモたちは揃って同じ言葉を口にした。その様子を見て、「まぁ、そうなりますよねぇ」と乾いた笑みを浮かべるエルプロデューサー。その表情はよく見ると、なんとも疲れたものであった。
「私どもが用意していたイベントは「サンタクロースになろう!」というものなんですが、とあるアイテムを使用することで「クリスマスプレゼント」を入手できるのです。その「クリスマスプレゼント」をNPCの子供たちに配り、その際に得られる「感謝の気持ち」というイベントポイントを一定時間のうちにどれだけ集められるのかを競うという内容でした」
「……もろに被っていますね」
タマモたちが準備してきた「プレゼント大作戦」はぬいぐるみを各都市にいるNPCの子供たちに配り、どれだけの子供たちに配れるのかを競うというものだが、運営の「サンタクロースになろう!」と思いっきり被っていた。違うのは非公式か公式かという違いとイベントポイントの有無という程度であり、ほぼ同じものである。そこで、「あ」とレンが言葉を漏らした。
「あ、あの、もしかしてなんですけど、そのアイテムって」
「……ほぼ間違いなくすべてのプレイヤーが持っているであろうものです。プレイヤーによっては腐るレベルで所持し、なおかつ売却しても二束三文にもならない、特殊効果はなにもないそんなアイテムですねぇ」
エルプロデューサーが「はぁ」とため息を吐いた。その一言でヒナギクとタマモも理解できた。あげられた条件に当てはまるものなどひとつしか存在しないのであるからして当然のことであった。
「……ぬいぐるみ、使うんですか?}
「……ええ。なんの効果もなかったのは「クリスマスプレゼント」を入手するためのもの。いわば、イベント限定の通貨だったからです。二束三文なのもいくら大量にあったとしても金策にもならないようにするためでした」
「……でも、すでに売り払っている人は」
「その場合は売り払ったときと同じ金額で、限定NPCショップで売り払った数だけ、各々のプレイヤーが入手できるように手配しておりました」
「……あー」
なんと言えばいいのか、タマモたちは返答に困ってしまった。それはエルプロデューサーも同じようで深いため息を吐いた。よく見ると、目の下に隈ができているのがはっきりと見えた。
「まさか、そのぬいぐるみを直接NPCの子供たちに譲渡するという非公式イベントをプレイヤー主導で行うことになるとは露とも思っておらず。私どもがみなさんのイベントの存在に気づいたのは11月の後半に入ってからでしてね。すでにイベントの準備は大詰めに入っていたのです。そうしたらもろ被りなイベントがまさか動き出しているではありませんか。かといって、「似たイベントをする予定だからやめてください」なんてことは言える段階ではありませんでした」
「たしかにそのときってもういろいろと話し合いも終わっていて、周知もすでに済んでいたときだから」
「……ええ、私どもの都合で取り潰しにすることはできませんでした。だからといって、もろかぶりなイベントをするのもどうかということで、いまのいままで別のイベントをどうにかでっち上げられないかと努力していたのですが、さすがに準備期間がなさすぎまして」
「……それで一枚噛ませて欲しい、と?」
「有り体に言えば、そういうことですね」
エルプロデューサーは力ない笑みを浮かべて肩をがくりと落とした。その姿にタマモたちは言葉を失うことしかできなかった。




