41話 プレゼント大作戦
──カチカチカチカチ。
それはとても小さな音。
本来なら聞き逃すような、そんなとても小さな音だった。
だが、その小さな音が不思議とよく聞こえていた。
それだけ音の周囲は、音を刻む周囲は静寂に包み込まれていた。
場所は「始まりの街アルト」にある時計台の広場。
その広場には多くの人が押しかけている。全員がプレイヤーであり、それぞれに赤いサンタ帽と真っ白なプレゼント袋が握られている。それらはすべて広場の入り口にある仮設テントで、複数設置されている仮設テントで担当者全員がフル稼働してプレイヤーに渡されていた。受け取ったプレイヤーはそれぞれに時計台広場に仮設で設置されているひな壇近くへと移動していく。
「10秒前」
不意に誰かの声が響く。
その声に示し合わせて、カウントが始まった。
最初はそれぞれにずれていたが、カウントを刻むたびに息が合っていく。
5秒前になったときには、ほぼ全員が息を合わせて、カウントしていた。そのカウントもすぐに終わり、そして──。
「メリークリスマス!!!」
ひとりの女性の声が高台の上から大きくこだました。その声を皮切りに誰もが口々にと「メリークリスマス」と叫んでいた。
それから数秒ほど遅れて、「どぉぉぉん」という大きな音が響く。空を見上げれば、「ひゅるるるる」という独特の音を立てて白い塊が撃ち出されていた。撃ち出されたそれは一定の高さに達すると、一気に開くと「メリークリスマス」という文字が宙に描かれていた。
誰もが「おお!?」と唸り声をあげる中、最初に「メリークリスマス」と叫んだ女性──サンタクロースの格好をしたアオイが、腹部や太ももなどを露わにした若干露出度高めなサンタ服を身につけたアオイが高らかに腕を上げた。
「ほっほっほっほ、よいこの皆の者、元気にしておかったかえ? 今宵はクリスマス。ゆえに敵味方関係なく、普段のしがらみは横に置いて、みなで楽しもうではないか!」
アオイは高らかに笑いながら、肩に白いプレゼント袋を掲げていた。口元には真っ白なつけ髭をつけているのだが、服装は露出度高めなもの。いわゆるセクシー系なサンタさんである。なんともアンバランスではあるのだが、アオイはまるで気にしていないかのように笑っていた。
「では、今回の趣旨を説明します。今回のイベントは「プレゼント大作戦」と題します。その名の通り、子供たちにプレゼントを贈るものです。それぞれの担当地区に分かれて、各自プレゼントを子供たちに渡してあげてください。制限時間は3時間となります。それまでにどれだけの数のプレゼントを子供たちに渡せるかを競う、プレイヤー主体のチーム制のイベントとなります」
アオイのいたひな壇に同じくサンタ服を着た女性プレイヤーことヒナギクが登壇し、趣旨の説明を始めた。なお、ヒナギクのサンタ服はアオイのそれとは違い、上下ともに丈が長くなっており、露出はかなり抑え込まれている。ちなみに付け髭もないが、アオイ同様にパンパンに詰まったプレゼント袋を手には持っていた。
「それぞれの担当地区は、このアルトの街中だけ──というわけではありません。転移陣を用いて各都市に赴き、それぞれの都市での対抗戦です。制限時間内に用意されたプレゼントを配った数で優勝都市が決まります。なお、すべてのプレゼントを配り終えることができた都市が複数存在するのであれば、そのときは掛かった時間で勝敗を決する予定です。優勝都市のメンバーには豪華景品を贈呈いたしますが、どなたがどの景品を得られるのかはそれぞれの都市で決めてください。さすがにそこまで面倒は見切れません」
あっさりと言い切るヒナギクに広場に詰めかけていたプレイヤーたちが「えー」という不満の声が上がるが、ヒナギクはその声に耳を傾けなかった。
「なお、景品の中には今回のイベントの原因となった特別ガチャにおける特等のスキルスクロールが複数本入っています」
ヒナギクの一言にプレイヤーたちの不満の声がぴたりと止まる。それぞれに真剣な表情を浮かべ始めていく。その姿を見てヒナギクは満足げに頷くと、次の説明を始めた。
「担当地区に関しましては、それぞれのプレゼント袋内に担当地区が書かれた用紙が入っているので、そちらで確認をお願いします。もし、用紙が入っていない場合は、私たちがいるひな壇近くにある仮設テント──本部の方までご足労お願いします」
「すみません、担当地区になる都市にまで行っていないプレイヤーはどうするんですか?」
説明のさなか、ひとりのプレイヤーが質問をした。その質問に対しヒナギクはすんなりと対応をする。
「今回のイベントは本来プレイヤー主導のものでしたので、本来なら到達している都市のうちのどこかを選んで貰うという風に対応するつもりでしたが、ひょんなことで運営チームとの連携ができるようになたため、今回のイベントに限り、到達していない都市にも転移陣での移動が可能となっています。が、あくまでも臨時での措置のため、その都市でのイベント等は起きませんし、その都市で販売している装備品等も買えませんのでご注意ください。……他に質問がなければこれで説明を終わらせていただきますが、よろしいですか?」
ヒナギクが周囲を見渡す。先のプレイヤー以外からの質問は挙がらない。「では」と咳払いしてからヒナギクは大きく息を吸い、そして──。
「これより「プレゼント大作戦」を開始します!」
──ヒナギクの宣言とともにプレイヤーたちの歓声が広場内に広がり、一斉にすべてのプレイヤーはまとまって移動を始めた。その様子を眺めながら、ヒナギクは大きく息を吐いた。
「ふむ。どうやら最初は問題なく終わったの」
「ええ。まぁ、どうにか」
「さて、それではそなたらも動くといい。我は本部で待機しておるからの」
「お願いしますね。では、また」
「うむ、またのう」
アオイもヒナギクも笑いながら壇上から降りた。アオイはそのまま本部の方へと向かい、ヒナギクはひな壇近くで待っていたレンとタマモの元へと向かう。
「それじゃ行こうか、プレゼントを渡しに」
ヒナギクがふたりに笑いかける。ふたりはそれぞれに頷いた。
こうして「EKO」初のクリスマスイベントは本格的に始まったのだった。
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