38話 凄惨職と呼ばれるゆえん
「まぁ、土台はこんなもんかな?」
ハンマーの音がアイナの工房から止んだ。
タマモは息をゆるやかに吐きながら、目の前にあるそれを見つめていた。アイナによって形成された髪飾り。単純な形であれば、タマモに作らせても問題はなかった。
が、タマモが作ろうと決めたのは葉っぱの形をした髪飾りである。若干形成に難があるため、土台の形成まではアイナが担当し、それ以降はタマモが担当することになった。その髪飾りの土台部分がいまようやく完成したのだ。
アンリの黒みがかった緑の髪に合わせた葉っぱの形をした髪飾り。その形のアクセサリー自体は、アイナの露天ですでに販売されていたものだが、実際に販売されていたものよりも細部の出来がだいぶ荒い。その細部はタマモの手によるもの。本職であるアイナのものに比べれば、造りが荒いのも無理もないことだ。
それでもタマモが手に掛けたものであることには変わらない。そしてここからが本当のアイナの本職部分に当たることだった。
アイナが露天で販売していた髪飾りには、黄色の宝石──イエロートルマリンがはめ込まれていた。
アンリの髪色に合うアースカラーの宝石。その宝石に合わせたかのような葉っぱの形状をした髪飾り。アンリの誕生日プレゼントに相応しいものだとタマモには思えた。
その相応しいプレゼントを手作りする。
アンリに渡す最初の誕生日プレゼントには、特別なプレゼントこそが相応しい。それがタマモの望みであった。
その望み通りに、タマモは手作りの髪飾りを作った。大部分はアイナに頼むことになってしまったが、タマモも参加したということであれば、手作りしたということには変わらない。
「あとは研磨だねぇ。ここまで来たら、あと一歩だね」
「あと少しですか」
「うん。もう少しだね。トルマリンならまだ残っているから、それを使っちゃって」
「研磨っていうと、カッティングですよね? どうすればいいんですか?」
「うん、研磨機を使います。この世界ではダイヤモンドがまだ見つかっていないから、全部が全部研磨機が使えるわけじゃないんだけど、少なくともトルマリンまでなら研磨機が使えるよ」
「モース硬度がガーネットと同じでしたっけ?」
「うん。結構硬めだけど、それ以上に硬い宝石はまだまだあるからねぇ。まぁ、リリースからまだ半年くらいじゃこんなものじゃないかな?」
そう言って、アイナが取り出したのは円盤状の研磨機だった。円盤を回転させて研磨するものなのだろう。現実であれば電気が動力となるのだろうが、このゲーム内では電力はないはずなので、どうするのだろうか。
「動力は?」
「魔石を使うよ」
アイナは拳大くらいの大きめの魔石を取り出すと、研磨機の底面にセットする。「カチッ」というかみ合う音が聞こえる。それからアイナがスイッチを押すと研磨機はゆっくりと動き出していく。
「うん、これであとはトルマリンを押し当てるんだよ。でも、最初からトルマリンはなんだから、練習用にマラカイトでやってみようか。マラカイトならいっぱいあるし」
アイナはインベントリから緑色の宝石を取り出した。不透明なものだが、石の中に濃淡の縞模様が見える。
「これがマラカイトですか」
「うん、この縞模様が孔雀の尻尾模様に似ているってことで、「孔雀石」って呼ばれることもあるよ。これならいっぱいあるから、いっぱい使っていいよ。スタックしたのがダース単位であるし」
「……持ちすぎじゃないです?」
「マラカイトって発掘できる中で外れ枠だからねぇ。発掘するたびにしょっちゅう採れるんだ。そうなると、スタックいっぱいのがダース単位になっちゃうんだよねぇ。これでも処分したんだけど、まだまだ余っているんだよねぇ」
ため息を吐くアイナ。発掘というのは、採取スキルのひとつであり、岩壁などのシンボルに向かってピッケルを振るうことだ。ピッケルを振るえる回数にはそれぞれのシンボルごとに決まっており、ピッケルを一度振るえばなにかしらの鉱石が手に入る。鉱石の種類はシンボルごとに決まっており、その中から抽選されるというシステムになっている。
アイナの言う通りマラカイトは抽選される確率が一番高く、それでいてどのシンボルにも含まれているため、運が悪いとすべてマラカイトということも度々あるのだ。だというのにマラカイトの需要があるのはせいぜいプレイヤーレベルが10くらいまで。次のエリアに向かおうかなと思う辺りまでである。いわば、序盤の繋ぎ用くらいにしか使えないのだ。
その影響のため、NPCショップに売ったとしても、せいぜい150シルくらいにしかならない。加えてNPCショップでは売れば売るほどに値段は安くなってしまう。それでもスタックできるまで集めて一気に売れば、日銭分くらいはなるかもしれないが、ピッケル自体が消耗品であるため、スタックできる分まで集めたとしてもピッケル代を賄えるかは微妙なところだ。
ちなみに某狩りゲーとは違い、ピッケルは一度振るったら壊れるということはない。EKや他の武器同様に耐久値が定まっているので、その耐久値が0になるまでは使えるし、耐久値を回復することもできるが、耐久値回復にはピッケルの値段の一割が必要となる。それも回復させるたびに、一割ずつ高くなっていくという仕様のため、マラカイトをスタックいっぱい分まで売り払ったとしても、そのうち頭打ちになってしまうのだ。
現在のアイナの手持ちのピッケルだと、すでにマラカイトをスタックできる分いっぱいまで売ったところで耐久値回復するには足りない。完全に赤字になってしまっているし、売り払ったところですでにマラカイトの値段は100シルを切っているため、赤字回避するには相当数のマラカイトを集めねばならない。その分だけピッケルを使用するとなると、やはり耐久値回復の値段が高騰することになるという、のっぴきならない事態になっている。
救いなのはアイナの作るアクセサリーはそれなりの高値で取引されているということ。ひとつ売れば、それだけでピッケルの耐久値を回復させるには余裕で足りるほどだ。もし足りてなければ自転車操業まっしぐらとなるところだが、首の皮一枚で避けられているのだ。
なお、アイナのようなギリギリの状況なのは別段珍しいことではない。現時点での宝石職人はみんな同じような状況であるし、ほかの生産職も大なり小なり問題を抱えている。「EKO」における生産職が凄惨職と呼ばれるゆえんである。
「とりあえず、マラカイトは何個でも使っていいよ。マラカイトくらいならすぐに補充できるし、気にせず使っちゃって」
アイナはニコニコと笑いながら、大量のマラカイトをテーブルに置いた。その量を見て、目を見開くタマモ。そんなタマモにアイナは苦笑いした。
「さぁさぁ、そんなに時間ないんでしょう? ちゃっちゃっと慣れちゃおう」
「は、はい、頑張ります」
アイナの言葉に正気を取り戻したタマモは、近くにあったマラカイトを手に取り、研磨の練習を始めた。その様子を後ろから眺めるアイナは、穏やかな表情を浮かべていた。そんなアイナの様子に気づくことなく、タマモはただただ目の前のマラカイトと回転する研磨機に集中を注いでいくのだった。




