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37話 姉妹

 ハンマーを軽く振るう。


 金属同士がぶつかり合う軽やかな音が響いた。


「──そうそう、そんな感じ」


 ニコニコと笑いながら、アイナが横から手元を眺めている。


 タマモは「ありがとうございます」と返事をしつつも、手元から目をそらすことなくハンマーを振るっていた。


「返事はしなくていいよ。いまは集中集中。あと少しなんだから」


 アイナの言葉にタマモはただ頷いた。


 タマモが気にするべきは、アイナの言葉ではなく、目の前にあるアクセサリー──葉っぱの形をした髪飾りである。


 手作りのアクセサリーをアンリの誕生日プレゼントにする。それがタマモがアイナの元にいる理由であった。


 正確にはタマモ自身で一から作ったわけではないのだが。


 インゴットの作製自体は、タマモも少しだけ手伝ったが、造形自体はアイナの手によるものだった。


「狐ちゃんは駆け出し中の駆け出しだから、造形に手を出すのは早いと思うよ? まぁ、ちょっと不格好な方が手作りらしさが出ていいとは思うけど、どうせならちゃんとしたものを渡してあげたいでしょう? だからお姉さんが頑張ってあげます」


 そう言って、アイナはインゴットを造形し、現在の葉っぱの形をしたアクセサリーにとしてくれたのだ。その手際はまさに職人であった。


「伊達に生産職というわけじゃないんだよ」


 アイナは胸を張って言った。別にアイナが生産職らしくないと言っていたわけではないのだが、アイナとしては面目躍如ができたということなのだろう。


 それからはアイナに師事し、彫金をさせてもらった。アイナが作ったアクセサリーを見てからだと、彫金のまねごとにしか思えない内容ではあったが、アイナ曰く「問題ないよ」とのことである。


「なんだって最初はあるもの。狐ちゃんも最初はまともに調理なんてできなかったでしょう? それと同じ。最初は不格好でもいい。いくらでも失敗してもいい。むしろ失敗せずに、うまくやれてしまう方が問題だもの。「自分はこのくらいならできるんだ」って間違った自信を持ってしまうからね。それがどういうことに繋がるのかはわかるよね?」


 アイナの言う意味は考えずともわかった。


 自信というものは、基本的には失敗と成功を繰り返して培っていくものである。どうすれば失敗となり、どうしたら成功するのか。その経験を培っていく過程で生じるものが自信となる。


 だが、もし失敗を経験することなく成功しかしなかったら?


 中には成功体験を踏まえて、どうすれば失敗するかを理解できるという希有な者もいるかもしれない。


 しかし、すべての人が希有な者ではない。成功体験しかしてこなければ、どうしたら失敗するのか、いや、失敗と成功の分水嶺を理解できない。成功した通りのことを行うしかできない。もっと言えば、幅が狭くなってしまうのだ。


 無論、それで自信を培い、なにも問題がないというのであればいい。常に想定通りに行えるというのでれば、なにも問題はないだろうが、常に想定通りに事を運べるわけではない。いや、想定通りに事が運ばない方が当たり前である。


 想定通りにしか、自身が知っている成功体験に当てはまることしかできないと、対応ができなくなってしまう。運がよければ成功体験に当てはまるようになるかもしれないが、そんなのはただ運がよかったというだけのこと。対応の幅が広まったわけではないのだ。


 ゆえに失敗をしないというのは、問題であるのだ。もちろん仕事である以上失敗はするべきではない。するべきではないが、失敗し学ぶこともまた仕事の一環ではある。失敗せずに学べることができれば、それが一番いいのだろうが、そんなことができる人間なんてそうそう存在しない。いるとすれば、それが天才と呼ばれる存在なのだろう。


 そんな天才ばかりがいるわけもなく、誰もが失敗と成功を繰り返して培っていくのが自信というものである。


 だからアイナは失敗しても問題はないとタマモに言ったのだ。かく言うアイナもまたそれまで何度も失敗し続けてきたからこそ言える言葉であり、タマモもまた失敗を繰り返してきたからこそ、その言葉を理解できるのだ。


「玉森まりも」のままでは、決して学べなかったことが、「タマモ」として学ぶことができる。


 偶然の産物ではあるが、学ぶことができるいまの環境はとてもありがたいものである。それもまたタマモがこのゲームにのめりこんでいられる理由のひとつでもあった。


「さぁ、さっさと終わらせようか。これはあくまでも土台であって、本命の宝石はまだ研磨もしていないんだからね」


「はい」


 力強くタマモは頷いた。そんなタマモをアイナは穏やかなまなざしで見つめている。普段のアレな姿とはまるで違っている。その表情は大切な妹を見守る姉のものである。ふたりに血のつながりはない。けれど、アイナがタマモをどう思っているのかはその表情が雄弁に物語っていた。


 決してタマモの前では見せることもない、アイナの本心が現れた表情。そんなアイナの視線を浴びながら、その表情に気づくことなく、タマモは一心不乱にアイナが造形してくれた髪飾りにと槌を振るい続けた。

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