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34話 いたたまれない気持ち

「……じぃ~」


「……見られていると、やりづらいんスけど、ヒナギクさん」


「安心して、あんたなんかを見ているつもりはないから」


「いや、ガン見しているっスよ?」


「超シャッラプ」


「……はい。申し訳ありません」


 所変わらず、「蒼天城」の一室にて、レンはいたたまれない気持ちと戦っていた。


 正確には、めちゃくちゃ鋭いヒナギクの視線と戦っていたのだ。


 そのせいか、VR空間だというのにも関わらず、レンは片手でお腹を押さえていた。きりきりとお腹が痛むためである。その顔色も若干青いのだが、レンの変化にヒナギクは無頓着であった。いや、その視線はより鋭さを増すばかり。


「俺がなにをしたの?」とレンは言いたいわけだが、ヒナギクがレンの言葉を聞いてくれることはない。


 普段であれば聞いてくれるのだ。そう、普段のヒナギクや現実でのヒナギクもちゃんと話は聞いてくれる。逆に黙っていると「いいから言え」と言われるほどには。


 そんなヒナギクが現在は話を聞いてくれない。


 その理由はレンにはいまいちわからなかった。


 なにかをした覚えがレンにはないのだ。


 ヒナギクに危害を加えたことなどない。


 せいぜい幼少期にバカなことをしたことくらいで、それ以降喧嘩以外でヒナギクを傷つけた覚えはない。


 いや、喧嘩をしてもヒナギクを傷つけないようにいつも狙う場所は気をつけていた。


 顔やお腹はもちろんのこと、肩も狙わないようにしていた。


 顔めがけて攻撃したとしても、いつも寸止めにするように注意をしている。それは現実でもこのゲーム内でも変わらないことだ。……ヒナギクは無遠慮に顔だろうとお腹だろうと攻撃を仕掛けてくるのだが、そこもまたヒナギクらしいことだとレンは思っていた。


 いまレンを襲う鋭いまなざしもまたヒナギクらしいことではある。その理由はレンにはとんと理解できないことなのだが。


(……そもそもなんでこんなに睨んでくるのかが意味わからないんだよなぁ。でも、それを言うと「あ?」の一言が返ってくるだけだろうし。そんな優しさの欠片どころか、殺意混じりの一言なんて欲しくないし)


 そう、下手な発言はレン自身の首を物理的に締めかねない。下手なことを言うのは得策ではない。


 しかしなにも言わないのはそれはそれで問題がある。ヒナギクの視線がより一層に鋭くなりかねないのだ。


 そんな視線をずっと浴びるのは勘弁願いたい。


 だが、いったいなぜそうなったのかがレンには理解できない。


 これと言ったことはなにもしていない。


 なのに、ヒナギクは怒っている。


 いったいなぜ?


(いくら考えてもまったくわからん)


 ゲームやアニメで鈍感主人公というものはいる。視聴時やプレイ時にはやきもきとされるものだが、同じような立場に立つと、なんとなく気持ちは理解できた。なんでこういう態度を取られるのか、まったく理解できないというのがよく理解できた。


(共感できたとしても、現実的にはどうしようもないよなぁ)


 そう共感はできた。共感はできても、それ以上どうすればいいのかがさっぱりとわからないということには変わらない。進展はまったくしていない。


 これ以上どうしたらいいのよと言いたくなるが、その問いかけにヒナギクが答えてくれることはない。


「悩んでおるなぁ、レンよ」


 ヒナギクは答えてくれないが、第三者は答えてくれる。ただし、第三者と書いて「悪魔」なし「魔王」と読むような人物だが。


「……いや、特に悩むようなことでは──」


「あ?」


「……なんでもございません」


 ぎろりと睨み付けてからの「あ?」は、殺意をこれでもかと込められたヒナギクからの一言は、レンの精神をこれでもかと削ってくれるものだった。


 レンは視線を逸らしながらも、第三者(悪魔)に助けを求めた。ちなみに第三者(悪魔)は現在レンとヒナギクの間に位置する場所に腰掛けていた。アオイは書類を眺めつつ、茶を啜っていた。その表情はとても楽しそうだ。「悪魔め」とレンとしては言いたくなることだが、アオイからは「お褒めいただき光栄じゃな」と返すだけなのは目に見えていたので、レンはなにも言わずに笑うことしかできない。


「なんじゃ? そのいかにも楽しそうな表情は」


 にやにやと楽しそうにアオイは笑っている。レンとしては笑い事じゃないんですけどと言いたくなることなのだが、アオイとしては笑えることなのだろう。他人の不幸は蜜の味というところか。当事者としては勘弁して欲しいことなのだが、アオイは「だって我関係ないもん」と言いかねない。むしろ言うだろう。アオイはそういう人だということをレンは自覚していたし、その自覚は「蒼天」のメンバー全員の共通認識でもあるのだが、さすがにそこまではレンもわからないことであった。


「それでレンよ。なぜそんな楽しそうにしているのじゃ?」


「いや、楽しくないっす。いまにも血反吐が」


「……あ?」


「……なんでもないです。なんでもないので、睨まないでください、ヒナギクさん」


 アオイと話しているのに、余計なことを言うと、ヒナギクからドスの利いた一言を貰うことになる。下手なことは言えない。でも言わないとろくに話にならない。レンにしてみれば、「なんなの、これ」と言いたくなることだったが、やはり余計なことは言わない方が得策である。背筋に伝う冷たい汗の感触からレンはしみじみとそう思った。


「……まぁ、我から言わせて貰えば、素直に言えばいいんでないかということかの。どちらもな?」


 レンの状況をある程度楽しんだからなのか、アオイは満足げに笑ってからこほんと咳払いをすると、それまでの悪魔じみた笑みから穏やかな表情を浮かべてそう言った。


「素直に?」


「うむ。言えることはそれだけじゃの」


 ずずっと茶を啜ってから、アオイはまた書類に目を落とした。「これまたつまらぬ小細工をしておるのぉ」と呆れた顔をしていた。もうレンやヒナギクとのやりとりに関わるつもりはないようである。


 手助けはもう得られない。


 とはいえ、指針は得られた気がする。


 あとはレンがどうするかということ。


 どうするべきなのか。


 考えることはしなかった。


 レンは「ひ、ヒナギク!」と声を若干裏返しながら、対面側にいるヒナギクを見やる。ヒナギクは「……なに?」と不機嫌を露わにしながら返事をした。そんなヒナギクにレンは──。


「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!」


 ──全力での土下座を披露するのだった。

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