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31話 今日も平和な玉森家

10日ぶりな更新になりました。

今回も現実視点となります。

 そこは真っ暗な部屋だった。


 光ひとつない部屋だった。


 その部屋の中にまりもはひとり佇んでいた・

 

「──さて、被告人まりも。正直に証言しなさい」


 ぱっと光が当てられた。


 スポットライトほどの強い光ではない。が、目の前に光源を突きつけられれば、目がくらむのは当然のことだった。


 まりもは「うっ」と小さく呻きながら、手で目の前を隠す。が、その手を搔い潜るようにして再び突きつけられてしまう。


「あなたは夫と嫁という存在と同時に関係を持ちながらも、別の女性に恋慕をするという、おおよそありえない不純的な交遊関係を持っていることをここに認めますか?」


「……なんですか、それは? 言われている意味がまったく理解できないのですよ」


「被告人まりも。当法廷において、必要事項以外の発言はあなたには認められておりません。ただちに質問に正直に」


「というか、法廷ってなんですか、法廷って! 意味がわからないのですよ!」


「法廷とは──」


「あ、やっぱりいいです。広から始まる分厚い本の内容をそらんじられそうなので」


「……まりもってば、ノリが悪いぃ~。そんなんじゃ、想い人に嫌われちゃうZ☆O」


「……Z☆Oってはしゃぐ年じゃないでしょう、お母様は」


 はぁぁと大きなため息を吐くまりも。そんなまりもの言葉にまりなは「もぉ~、失礼しちゃわねぇ~」と頬を膨らませる。仕草だけを見ればかわいらしいと思えなくもないが、実年齢がアラフォーであることは言うまでもない。


 そんなアラフォーなまりなに、年甲斐もなくはしゃぐ母の姿にまりもは頭を押さえていた。嫌いというわけではないのだ。ただ、もう少し落ち着きを持ってくれと言いたいだけなのである。頼むから届け、この想い。しかしまりもの気持ちは母には決して届かないのは言うまでもないことだろう。


「それよりもそろそろカーテンを開けてください。加えてテーブルランプを突きつけるのもやめてください。暗くてまぶしいのですよ!」


「もう、わがままねぇ、まりもは」


 やれやれと肩を竦めながら、まりなは指を鳴らした。その音を合図にして部屋の中がぱっと明るくなった。具体的に言えば、玉森家メイド隊の面々が一斉にカーテンを開けたからである。ちなみに現在まりもたちがいるのは、玉森家のダイニングである。そのダイニングの一角──まりもの席で寸劇未満のやりとりは行われていたのである。


 ちなみにだが、まりもの父である玉森家当主もその場にいる。いるのだが、まりもの視界にもまりなの視界にも当主の姿は映っていない。当主は黙々と食事を取っている。目尻に若干光る物が見えているのだが、そのことに気づいているのはメイド隊の面々だけであり、当主の妻と娘は一切そのことに気づいていない。いとあわれである。


「……家族団らんなのに、なぜ私はぼっち飯なのだろうな」


 ぼそりと哀愁漂う一言をもらす当主に、メイド隊の面々が一斉に顔を逸らした。その反応に当主の目から光が消えた。やはりあわれである。


「それでまりも。お母さんに教えなさい。いったいどんな女の子なの? そしていつその子との間に子供を作って、お母さんに孫を抱かせてくれるの?」


「……とりあえず、お母様には女性同士では子供が作れないという普遍的な事実を再確認ししてほしいのですよ」


「愛があれば、子供は作れるのよ!」


 くわっと目を見開きながらとんでもないことを言い放つまりな。「……まりなさん、さすがにそれは無理だと思うのだが」と当主が突っ込むが、まりなの耳にはその声は届かない。


「いや、愛があろうと女性同士で子供は作れないと」


「ほにゃらら細胞があるから大丈夫!」


「いやいやいや、そういう問題では」


「そういう問題よ! お母さんはね! 野蛮なケダモノにまりもが手込めにされるなんて考えたくないの! むしろ手込めにされるよりも、まりもが手込めにする方がいいの! そっちの方が萌えるの!」


「なにを言っているんだ、あんたは!?」


 まりもは敬語をやめて叫んでいた。まだ前半部分であれば、ある程度は納得できなくもないのだ。手塩を掛けて育てた娘が奪われることなど我慢できない。そう思う親は一定数はいるものだ。が、後半部分は明らかに問題しかない。というか、半ばまりな自身の趣味趣向をぶちまけたようなものである。


「なにを? 決まっているでしょう? まりもとその子が合体した結果よ!」


「お願いだから、少し黙ってください! いや、黙りやがるのです!」


 くわわっと目を見開きながら叫ぶまりな。言っていることがぶっ飛びすぎていて、まりもは重度の頭痛に襲われているのだが、まりなはまりもの体調などまるっと無視していた。そんなまりなの姿にメイド隊のとある副長は「さすがは奥様です。その有り様は見習うべきでしょう」と涙ぐみながら頷いている。やはり同じ穴の狢であるようだった。


「それで? どんな子なの? 莉亜ちゃんにはないお胸がある子? でも、莉亜ちゃんにはあの素敵な美脚の持ち主なのよ? あなたはお胸と美脚のどっちを選ぶの? いいえ、どちらも選べないというのはわかるわ。だけどね、二兎を追う者は一兎を得ずと言うでしょう? だからどんなに選べなくても選ばなきゃいけないの! それが人生というものなのよ!」


 まりなは涙ながらに語った。言っている内容は決して間違いではなかった。発言自体は暴走しているというのに、内容は頷けるものであるのがなんとも厄介だ。そんな母の姿にまりもは再び深いため息を吐いた。


「そもそも好きと言っていないのですよ。あくまでもいいなぁと思っている程度ですし、それに意味ないですから」


「意味がないってどうして?」


「だって、あの子は」


 データだけの存在だと言おうとしたまりもだったが、途中で口を噤んでいた。わかっていることなのに言えなかった。少し前は言えたのに、いまは言えない。それが不思議だった。そんなまりもの反応を見て、まりなは「……ふむ」と小さく頷くと、優しげに笑った。それまでの暴走っぷりが嘘だったかのように。それこそ幻を見ていたのでないかと思うほどに、その笑顔は慈愛に満ちあふれたものだった。


「大丈夫よ、まりも。相手がどういう存在であるにせよ、あなたが抱く想いは本物なの。その本物を否定してはいけない。想いは誰にも否定できないの。そりゃ中には相手の迷惑にしかならないものもある。でも、あなたのはそれは相手の迷惑にはならない。ならば否定されることはないの。だから自分から否定してはダメ。自信がないからと言って否定してはダメよ。ちゃんと自分の気持ちと向き合うの」


「向き合う、ですか?」


「ええ。だから自信を持ちなさい。あなたは私の、いいえ、私とこの人の自慢の娘だもの。あなたなら決して間違えることはないって、お母さんは信じているもの」


 にこやかに笑いながら、まりなは夫である当主を見やる。「……本当にそういうところだな、あなたは」と当主は苦笑いしながら頬を染めていた。「あら? いまさら気づきまして?」とくすくすと口元に手を当てて笑うまりな。なんとも仲のいい両親の姿に、まりもは若干気恥ずかしくなるが、ふたりの有り様は理想的な夫婦のそれのように見えた。


(……ボクもこういう風になれるのですかね)


 まりもの頭に浮かぶのは朗らかに笑うアンリの姿。アンリはNPCでしかない。現実には存在しない。サービスが終了してしまったらそれでもう会えなくなってしまう。だから必要以上の想いは抱かない方がいいとわかっている。それでも母は自信を持てと言う。その言葉に従うべきなのかはまだわからない。だが、背を押されたことはたしかだった。


「だからね、まりも」


 背を押してくれたことに「ありがとうございます」とお礼を言おうとした。が、それよりも早くまりなの手ががしりとまりもの肩を掴む。少し前までの慈愛に満ちた笑顔はどこかに消えて、いまはニタァァと不気味な笑みを浮かべていた。


「さっさと抱いて、身ごもらせちゃえ☆」


「あんたって人はぁぁぁぁぁ!」


 あまりにもなダメ発言にまりもは叫んだ。そのやりとりに「途中まではいい話だったのになぁ」とメイド隊の面々が思ったのは言うまでもない。


「まぁ、我が家らしいかな?」


 妻と娘のそれぞれの反応に当主は苦笑いしながらそう言った。今日も玉森家は平和であった。

まりなさんがまったく言うことを聞いてくれない件←

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