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27話 覚悟と罪を背負って

「──え? 剣舞?」


 アイナに師事しながら、アンリへの誕生日プレゼントを作る傍ら、タマモはある日、氷結王の山へと向かっていた。


 目的は氷結王に会う事ではなく、氷結王の住まう霊山で居住しているテンゼンに会うためだった。


 テンゼンは相変わらず山道の一部で本ホーラ(本わさび)を育てており、その日もちょうどホーラの手入れをしていた。陽光を浴びつつ、泥に塗れていたテンゼン。汗を搔きつつも、顔のいたるところに泥が付着しても、その外見ゆえに目を奪われる者も多いだろう。


 タマモ自身見た目は「美少女なのになぁ」と思うのだが、性別は真逆である。いわゆる男の娘と言っていい。あくまでも中身は男だが、アバターは女性である。それでも男の娘と言えば、男の娘になるのだろう。趣味は人それぞれであるからして、タマモがそのことを指摘することはない。


 そもそも趣味趣向で言えば、タマモとて人のことを指させるものではないのだ。大人としても淑女としても、テンゼンの外見のことはあえて触れないのがマナーであり、ルールである。そうタマモは思いつつ、テンゼンに会いに来た用件を伝えた。その返答が冒頭の一言である。


「はい、テンゼンさんは、たしかできると仰っていましたよね?」


「まぁ、一応ね。そんな本格的なのはできないというか、あくまでも我流というか、うちの爺さんにたたき込まれたものがあるというか」


 テンゼンはタマモの問いかけになんとも微妙な返事をした。タマモがテンゼンに剣舞のことを聞いたのは、テンゼン自身が以前に言っていたことを思い出したためである。氷結王に初めて会った日の宴の席で、「剣舞はせぬのか?」と氷結王が尋ねたのだ。そのときテンゼンは「面倒だからやだ」と断っていた。そのときにタマモも「剣舞ができるのですか?」と尋ねたのだ。テンゼンは「一応ね」とだけ答えていたが、実際に舞ってはくれなかった。


 だが、剣舞と言えば余興には相応しいと思ったのだ。剣舞自体、祭りなどの演目に数えられるほどのものであるし、人類が剣という武器を持ち始めた頃からある伝統的なものだ。それをクリスマス兼アンリの誕生日パーティーの演目のひとつにしても問題はない。どちらかと言えば、クリスマスというよりかは年始の方が合っている気もするが、クリスマスで剣舞をしてはいけないという法律はない。


「その剣舞をしてほしいのです」


「……いまから?」


「いえ、クリスマスにですよ」


「……クリスマスに剣舞?」


 ぽかんと口を開けながら、唖然とするテンゼンにタマモは元気よく「はい」とだけ頷いた。三本の尻尾が元気よく振られているが、そのことにタマモは気づいていないが、目の前で見ているテンゼンはぱしっと口元を抑えて視線を逸らした。「相変わらず、かわいいんだけど、どうすればいいのよ、僕」と呟いたが、その声はせせらぎによってかき消されてしまい、タマモの耳に届くことはなかった。テンゼンが相変わらずの奥手ヘタレである証左と言える。


「まぁ、クリスマスに剣舞というのはアンバランスというか、まるで合わない気もするのだけど、やること自体は別にいいよ?」


「本当ですか?」


「うん。でも、そうだね。ひとつ条件を出したいんだけど」


「条件、ですか?」


「うん。変装するための道具、用意してくれない?」


「はい?」


 テンゼンが言った意味をいまいち理解できず、タマモは聞き返した。テンゼンは「まぁ、そうなるよねぇ」と苦笑いしながら答えた。


「……理由は単純。レンがいるからだよ」


「レンさんが?」


「僕としてはあいつに会うのは問題ない。だけど、僕は一度あいつを斬った。僕なりの理由があるとしても、それでもあいつを斬ったことには変わりない。そのせいであいつはきっと僕のことをあまり好ましく思っていないだろう。いや、きっとあいつは僕を嫌っているはずさ」


「そんなことは──」


「いや、あるよ。僕だったらそうなるだろうからね。……それでも僕はあいつを斬った。斬らなければならなかったから」


 テンゼンはまぶたを閉じていた。まぶたを閉じながら、言葉を選んで喋っている。まぶたを閉じながら、テンゼンがなにを考えているのかはなんとなくだがわかる。レンのことをテンゼンは考えているのだ。それがどういう内容なのかはわからない。だが、レンをどれだけ大切に思っているのかはわかる。でなければ、変装なんてするわけもない。そのまま現れればいいだけなのだ。


 たとえレンがテンゼンを見ても、無視していればいい。なにを言われても、なにをされても相手をしなければいいだけなのだ。


 なのにテンゼンは変装をすることでそれを避けようとしている。なんとも思っていない相手にそこまでするわけがない。それだけテンゼンがレンを大切に思っていると言う証拠だった。


 その大切な存在を斬る。


 どれだけ精神的な負担になったのかはタマモには想像もできない。その負担と斬ったという罪の意識をテンゼンは背負った。いったいどれほどの覚悟を以てテンゼンは事を為したのか。


 タマモにはテンゼンがなぜそんなことをしたのかという理由も、その覚悟がどれほどのものであったのかも理解できない。想像もできない。


 わかるのはいま目の前にいるテンゼンは、そのすべてをひとりで抱え込んでいるという事実だけ。


 そんなテンゼンの意思を無視することはできない。


 ここに来たのはテンゼンとレンの関係を少しでも改善できればという思惑も多少はあったのだ。


 しかしその思惑通りに事を運ぶことはできなくなった。


 であれば、だ。余計なことを考え、しようとしたことへの謝罪も込めて、変装道具一式を用意するのは当然のことだった。


「……わかりました。変装道具一式をご用意するのです」


「うん、ありがとうね。爺さんの剣舞はあまり気が乗らないんだが、タマモさんの頼みであれば、嫌とは言えない」


「気が乗らない?」


「うちの爺さん、もうなにもわからなくなってしまっているからね。以前までの姿を知っていると、なんとも言えなくなるんだ。剣舞は昔の爺さんの姿を思い出させてくれるから、だからあまり乗り気がしないんだよ」


「……でしたら」


「いや、いいよ。感慨にふけりすぎているだけだからね。そろそろ決別をしないとね。その絶好の機会だ。むしろやらせてほしいくらいさ」


 テンゼンは笑う。その笑顔は無理をしているようには見えない。であれば、タマモが言うことはもうひとつだけである。


「……お願いしますね、テンゼンさん」


「あぁ、任された」


 テンゼンはとんと自身の胸を叩きながら言った。その表情は笑顔だが、その下がどうなっているのかはわからない。それでも請けてくれたのだ。


 タマモがするべきことはもう後悔ではない。テンゼンの気持ちを汲んでしっかりと準備することだけである。


 その後、タマモはテンゼンとどんな変装道具がいいのかを話し合い、アルトの街へと戻ったのだった。見送るテンゼンは変わらぬ笑顔のまま。その笑顔を、覚悟と罪を背負ったその姿を無駄にしないために。精一杯頑張ろうと再びタマモは決意を新たにした。

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