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26話 一から作ります

 それは一軒の石造りの家だった。


 玄関であるドアを開けると、まず顔を合わせるのは壁や棚に置かれたアクセサリーの数々。その次に見えるのはテーブルに置かれた作りかけのネックレスらしきもの。その傍らにはカッティングされた宝石──おそらくはラピスラズリだろうか、深い青の宝石があった。


 部屋にはいくらかの扉があり、ほとんどが木造だが、ひとつだけ家と同じ鉄の扉があった。話を聞けば、インゴットから手作りしているということだったので、扉の向こう側は炉と鉱床があるのだろう。扉にはノブはなく、取っ手があり、それを引いて開く構造のようだった。扉と取っ手にはそれぞれ錆と色褪があり、使い込まれているというのがよくわかる。


 使い込まれているというのはその扉だけではなく、家全体に及んでいた。特に顕著なのが、その扉というだけのこと。家全体の所々に経年劣化が見え、昔から工房として使い込まれているのがわかる。だが、劣化は見えるものの、まだまだ現役で使えるだろう。まるで家全体が熟練の職人のようだとも思える。


 その工房の一角。鉄扉の先の炉の前にタマモたちはいた。


「──というわけで、いざアクセサリー作りに挑戦です!」


 通りすがりの宝石職人ことアイナのテンションは高かった。満面の笑みを浮かべて、勢いよく天に向かって拳を突き上げるほどに高かった。


 いまにも「いぇーい」とか言いそうなほどにテンションが高かった。


 テンアゲすぎると言えるほどに高かった。


 そんなアイナとともにタマモは「いえーい」と若干力なく拳を突き上げていた。「なんでこんなことになったんだろう?」という疑問がありありと表情に出ているが、一応やる気はあるのだ。


 他ならぬアンリのためである。やる気を出さない方がおかしいというのはタマモ談であるが、ヒナギクとレンがいれば、「それでよくアンリちゃんの気持ちを受け入れないとか言えるよね?」と突っ込まれることは確実であろうが、「それはそれ、これはこれ」とタマモが言い返すこともまた確実である。


「狐ちゃーん? テンション低いよー? お姉さんに食べられたいのかなぁ?」


 そんなタマモにテンションを上げるように言うアイナ。言っていることは明らかにアウトであるが、運営がアイナを「オシオキルーム」に呼ぶことはない。現在運営は某GMへのオシオキとお話の真っ最中であり、アイナに関わっている余裕が皆無なのである。そのため、アイナのセクハラを抑止できる存在は誰もいない。タマモだけでアイナの魔の手から逃れなければならないのだ。事実上の孤軍奮闘である。


「黙るのです、痴女さん。さっさと作り方を教えやがれですよ」


「もー、かわいくなーい! ちゃんとおねだりしてくれないと教えてあげないよー?」


 にやにやと笑いながら、マウントを取るアイナ。誘ったのはアイナだが、請けたのはタマモである。上下関係がきっちりと構築されてしまっているため、タマモとしても強くは言えない。だからといって、アイナにおねだりなどしたくない。するとすれば、強請ることくらいだろう。同じ字であるのに読み方も意味合いもまるで異なるが、アイナ相手にはそうするしかないのだ。いや、そうするべきなのだとタマモは心の底から思った。


「それ以上ほざくならば、お母様にお伝えしますよ?」


「……むぅ。ご当主様ではなく、奥様と来たか。さすがは狐ちゃん。私のことをよくわかっているね」


 アイナの表情が変わった。それまでタマモをいたぶって遊んでいたかのような悪魔的な笑みだったのだが、いまや笑みを消して焦りの色を隠せないでいる。


 アイナの中身であるメイドの藍那は、タマモの父である玉森家当主には強いのだが、タマモの母である玉森夫人こと玉森まりなには滅法弱いのだ。もっともまりなにはその当主自体も敵わない。玉森家のヒエラルキートップが誰であるのかは誰の目からでも明白であろう。


 そのまりなにアイナの所業を伝える。それはアイナの泣き所であり、アイナはこれ以上タマモで遊ぶことができなくなったのだ。いわば詰みである。


「ふふふ、初手で私を詰ませるなんて。成長したね、狐ちゃん」


 アイナはほろりと涙を流しながら、タマモを見やる。だが、アイナとは違い、タマモは難の感慨も見せることはない。「さっさと教えやがれです」の一点張りである。アイナは小さくため息を吐きつつ、「はいはい」と頷いたのだ。


「とりあえず、炉に火は入れてあるから、まずはインゴットからだね」


「インゴットから作るんですか?」


「ん~、そこまでこだわらないならいいけれど、どうせなら最初からこだわるのもいいんじゃない? 大切な子なんでしょう?」


 アイナはそれまでの発言が嘘であるかのように穏やかに笑った。そんなアイナを見て「本当にそういうところですよ」と呆れつつも、タマモは頷いた。


「なら、最初から作ってみるのもありでしょう? それに生産技能を取っておくのも悪くはないよ。いつ必要になるのかもわからないし、必要なときになってからスキルを上げるというのも面倒だものね」


 アイナの言うことはもっともであった。生産技能を取っておくことは別に悪いことではない。現在タマモが取得している生産技能は調理のみである。ここに鍛冶と彫金のスキルを追加したところでさほど痛手はない。むしろ、今後のことを踏まえるとありと言える。いつまでも絹糸だけで生計を立てていけるとはタマモ自身考えていなかった。絹糸の他にも生計を立てられるなにかを選ぶとすれば、アイナを師にして鍛冶と彫金のスキルを上げるのも悪くはない。そう思ったのだ。


「じゃあ、インゴットからお願いするのです」


「はいはい、承知しました。では、早速やろうか」


「はい」


 タマモは深く頷いた。


 こうしてアンリの誕生日プレゼントをタマモは一から作ることになったのだった。

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