9話 ポイントと職業
「さて、そんなわけで「武闘大会」に向けての特訓を始めるよ」
レンはやる気に満ち溢れてはつらつとしていた。
まるでいままではやる気などなかったのかと言いたくなるほどにテンションが高い。
そんなレンの姿に建築担当のクーを始めとした虫系モンスターたちが不満そうな鳴き声をあげていた。
特にクーは顔を真っ赤にして、「きゅー、きゅー!」と鳴いては跳ねていた。
タマモの耳には「いつもとやる気が違うぞ!」と不満を露にしているようにしか思えなかったが、当のレンはにこやかにクーたちに手を振るだけである。
……意思疏通ができていたかのようなあのやり取りはどこに行ってしまったのやら。
「さて特訓を始める前に、タマちゃんのステータスを確認してもいいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
レンに言われるままにタマモはステータスを表示させた。
タマモ 種族金毛の妖狐
レベル3
HP 60
MP 60
STR 3
VIT 4
DEX 4
AGI 3
INT 3
MEN 3
LUC 1
「……予想していたけど、だいぶ低いね?」
タマモのステータスを見たレンは苦笑いをしていた。
自分でも苦笑いをしてしまうほどにタマモのステータスは低い。
ナビアバターの言葉を信じれば、低ステータスなのは初期までであり、最終的には最強となれるようだが、この調子だとそれもいつになることやら。
そもそもいつ初期を抜け出せるのかもわからない。
こうして改めて自分の現状を確認するとため息も出なかった。
「……こんな低ステータスで本戦なんて」
「ん~。個人戦なら絶望を通り越して、諦めてと言うところだけど、クラン戦ならやりようはあるよ?」
レンは笑いながら、イベントリから胸当てを取り出すと、タマモに手渡してくれた。
「とりあえず、タマちゃんはいまのところ低ステータスでレベルもだいぶ低いけど、現状であればさほどデメリットというわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
「うん。時々運営からレポートがあるじゃん? あれには各種データが掲載されているけど、現時点での最高レベルはまだ9なんだよ。タマちゃんと比べると6も差があるけど、レベル1の時点からまだ8ポイントしか割り振っていない状態だということになる。タマちゃんと比べたら6ポイントの差だね。まぁ、初期能力が段違いだろうれど」
レンが人差し指を立てながら説明をしてくれている。説明をしてくれているのだが、タマモはすでに首を傾げていた。
(8ポイントってどういうことでしょう? レベル9なら16ポイント割り振っているはずでは?)
タマモはレベルが上がると割り振りのポイントを2ポイント得られていた。
いまのところタマモが得られたポイントは4ポイントだ。
となればほかのプレイヤーが8回レベルアップしたのであれば、当然ポイントは16得られているはずであり、タマモとのレベル差を考えても12ポイントの差があるはず。
だがなぜかレンは半分のポイントを言っていた。ゆえにタマモは首を傾げていた。
「どうしたの、タマちゃん?」
目の前で首を傾げられれば当然レンも気がついた。説明の途中ではあるが、まだ序盤で理解されないのは困るし、そもそも説明したのは小学校低学年でもわかる簡単な算数だった。
理解されないわけがないのに、首を傾げられた理由はなんなのか、レンもまた首を傾げつつ尋ねた。
「えっと計算がおかしいなって」
「え? だって、8回レベルアップしたのであれば割り振りポイントは8だよ?」
「いや、8ポイントならレベルアップは4回ですよ?」
「え?」
「え?」
レンとタマモはお互いに言っている意味がわからなかった。
認識に齟齬があるのはわかっていたが、それがどういうことなのかまではわからなかった。
おそらくはどちらかが間違っている。だがどちらが間違っているのかまではわからなかった。
実際のところ、ふたりとも間違ってはいないのだ。
より正確に言えば、レンの言っていることが正しいのだが、レンの言っていることを間違いにしてしまう事情がタマモには存在していた。
そしてその事情をタマモは口にした。
「だって、レベルアップしたときにもらえる割り振りポイントは2ポイントですよね?」
「いや、1ポイントだよ?」
「え?」
「え?」
再びレンとタマモは首を傾げ合った。これで本日二度目となるが、双方ともにそんなことを気にしていられる状況ではなかった。
「えっと、タマちゃん。もしかしてレベルアップしたときに2ポイントもらっているの?」
「はい。そうですよ? それが普通じゃないんですか?」
いままで2回レベルアップしたが、2回とも2ポイントもらっていたので、タマモはそれがこのゲームの仕様だと思っていた。
だが本来、エターナルカイザーオンラインでは、一次職のレベルアップで得られる割り振りポイントは1ポイントだけであった。
2ポイント貰えるようになるのは、二次職からであることは現時点では運営しか知らない。
ゆえに現時点で2ポイントを得られているタマモは明らかに異常なのだが、そのことをタマモはこのときまで知らなかった。
そしてタマモが知らなかったのはそのことだけではない。
「そう言えばレンさん」
「な、なに?」
割り振りポイントを2倍得ているという謎現象だけでもレンの頭を痛ませているのだが、タマモははさらなる爆弾を投下しようとしていた。
もちろんタマモは無自覚だ。無自覚のまま、爆弾をためらいなく投下した。
「職業っていつ選べるんですか?」
「……はい?」
「いや、だから職業ってどうやったら就けるんでしょうか? 早くボクも職業に就きたいんですけど、やり方が」
「ちょっと待って! もう一度ステータスを見せて!」
「え、はい」
レンの勢いは凄まじかった。
なにがあったのだろうと思いながらもレンに言われた通り、ステータスを表示させるタマモ。
そのステータスをレンは改めてまじしまじと眺めて、一言。
「……ない」
「え?」
「職業がない!?」
レンは驚愕としながら叫んだ。その叫びにタマモは首を再び傾げたのだった。