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22話 相談相手

 クリスマス当日がアンリの誕生日であることを知ったタマモたち「フィオーレ」の面々は、「フィオーレ」内でのクリスマスパーティーとアンリの誕生日パーティーを同時に行うことを決めた。


 アンリは最後まで恐縮としていたのだが、アンリの意見が聞き受けられることはなかった。というのもアンリのそれは「本当は嬉しいくせに、迷惑をかけてしまうかもしれないと思って遠慮しているだけ」と実兄のアントンが言ったため、タマモたちが「ならば問題はない」と満場一致したためである。


 そうしてクリスマス兼アンリの誕生日パーティーが開催されることが決定した翌日──現実での翌日、ヒナギクとレンは揃ってアルトの街中を練り歩いていた。


「誕生日のお祝いとクリスマスパーティーを同じ日に行うっていままでなかったね」


 腕を組みつつ、ヒナギクは街中を歩く。その隣を歩くレンは時折ヒナギクの体を引き寄せて、通行人とぶつからないように配慮していた。ヒナギクは思慮深くはあるのだが、いかんせん、考え事に集中していると、とたんに周りが見えなくなってしまうという悪癖がある。今回もその悪癖が遺憾なく発揮して、何度か通行人──プレイヤー、NPC問わずとぶつかりかけていた。が、ぶつかりそうになったところを、レンが引き寄せることでどうにか回避していた。


 レンは「前を見ろよ」とヒナギクを引き寄せるたびに言うが、当のヒナギクは「ちゃんと見ているよ」と唇を尖らせる。レンは「どこがだよ」と頭を抱えるも、ヒナギクの「私の代わりにレンが見てくれているから大丈夫」と笑いながら言ってしまうため、レンはそれ以上なにも言えなくなってしまうのだ。


 そんなふたりのやりとりを見て、通行人の一部は微笑ましいものを見ているかのような目を向けている。在りし日の青春でも思い出しているのだろうか、そのまなざしはとても穏やかだ。


 しかし全員が全員そんな目を向けてくれるわけもなく、中には血涙しながら忌々しそうにふたりを見やる者たちもいるが、その視線にふたりは気づくことなく歩き去ってしまう。その後ろ姿に「爆発しろ」だの「リア充めぇぇぇ」という怨念が向けられるが、その怨念さえもふたりには届かない。


 とはいえ、そういう怨念が向くのも無理からぬこと。なにせ端から見れば、ふたりのやりとりカップルのそれとしか思えない光景であるのだが、両人ともにお互いをそういう目で見たことはないとはっきりと否定する。……否定はしているのだが、端から見れば、どう見てもお互いをそういう目で見ているとしか思えないのだが、当事者ふたりにとってはお互いを「ただの腐れ縁の幼なじみ」としか思っていないのだ。ふたりの言動を冷静に見比べた場合、大抵のプレイヤーは「どこが?」と真顔で言うことだろう。その返答にふたりが「……え?」と困惑するのは間違いない。


 実際、クランマスターであるタマモも同じことを言い、そしてヒナギクとレンが困惑した様子で返答していたのだが、それは余談である。


 とにかく、現在ふたりはアルトの街中へと買い出しに訪れていた。クリスマス実行委員としての活動の前に、パーティーで食べるごちそうや飾り付けのための材料やらを買いに来ていたのだ。


 だが、問題もある。


 クリスマスパーティーと誕生日のお祝いというのは似て非なるものである。クリスマスパーティーと言えば、一般的なイメージはチキンとケーキだろう。さすがにターキーを食べるというご家庭はわりと少数だろうが、チキンを食べるというのはほぼ大半のはず。そしてチキンと言えば、創業者の立像が出迎えてくれる某ファーストフード店を結びつける人は多いが、残念ながらEKO内では出店していないため、食べることはおろか買うこともできない。


 となれば、チキン系のものを作ればいいということになるのだが、そこに誕生日のお祝いということがネックとなる。


 誕生日のお祝いと言えば、ケーキはクリスマスと共通しているが、ごちそうだけは共通していない。無論、当事者の好みにもよるため、クリスマス同様にチキンという可能性もなくもないだろうが、そこまで多いというわけではない。むしろ少数派だろう。誕生日だからこそ、普段は食べられないようなものを食べるということも多い。どちらも一年に一回だけのものだが、趣向はだいぶ異なってしまうのが実情だろう。


 その趣向の異なる誕生日とクリスマスを同時に行う。考えてみれば、なかなかに無茶のあることではあるし、ヒナギクもレンもいままでクリスマスと誕生日を同時に行っているという友人知人と出会ったことはないため、どうしたらいいのかがいまいちわからないのだ。


 しかしすでに決まったことを、いまさら「難しいからやっぱりなし」と言うのは憚れるし、なによりも当事者であるアンリよりもマスターであるタマモが一番乗り気なのだ。それをやっぱりなしとするのは、どうにも憚れた。……正直、誰よりも乗り気な姿を見ていると、「アンリの想いに応えるつもりはない」とどうして言えるのかと言いたくなるのだが、そのあたりの事情が複雑であることはヒナギクもレンも重々承知している。その一方で「もうさっさとくっつけよ」と言いたくなるが、あえてその言葉をぐっとふたりは堪えている。


「クリスマスと誕生日が一緒というのはなかなか難しいよね」


「飾り付けやケーキとかは共通しているけれど、メインの料理やプレゼントが難しいよな」


「だよねぇ。でも、難しいと言っていまさらなしにするつもりは私にはないよ」


「それは俺も一緒だよ。でも、実際どうしたらいいんだろうな?」


「そうだねぇ」


 いまさらなしにするつもりはない。ないのだが、実際問題どうすればいいのかはさっぱりである。


 こればっかりは頼りの綱とも言えるネット検索でも出てはこない。正確に言えばなくはないが、個々人でだいぶ趣向が異なってしまうため、アンリに合うかどうかもわからないのだ。

 どうせならアンリには楽しんで欲しいのだが、どうすればアンリに楽しんでもらえるのかもわからない。同じ「フィオーレ」のメンバーとして接しているが、まだ知り合ってから二か月ほどなのだ。なんでもわかるほどにアンリのことを知っているわけでもない。一応は好みはわかるつもりだが、それと喜んでくれるプレゼントや特別な日に食べる料理の好みに関しては別物だった。


「どうしたらいいかな?」


「どうするべきかなぁ。まぁ、アンリちゃんは狐だから、肉系のものを用意するとか」


「でも、里は農耕していたし、むしろ菜食の方がいいんじゃない?」


「あー、それもそうか。でも、特別なら」


「だけど、普段の味でも」


「「うーん」」


 ヒナギクとレンは揃って唸った。お互いの言うことはお互いに一理あると想うのだが、これと言って決め手がないのである。


 どうしたらアンリが喜んでくれるうえに、クリスマスらしく誕生日らしくできるのか。実に難題であった。


 それでも諦めるという発想はない。ないが、どうすればいいのかがわからない。ふたりが唸りながらアルトの街を練り歩いていると──。


「おや、いい若い者がふたりして唸ってどうしたかね?」


 ──ふと聞き覚えのある声が聞こえてきた。見れば、人間の老婆に擬態している大ババ様がいた。なぜと思ったが、よく見てみれば大ババ様が経営している宿屋の目の前であった。その大ババ様の手には買い物袋が握られており、宿で使う食材の買い出しをしていたのだということがわかる。


「あー、そのアンリちゃんのことで」


「アンリ? アンリがどうかしたのかえ?」


「いや、例の件の同日がアンリちゃんの誕生日と聞いたので」


「あー、そういやそうだったか。あの子のことだ。どうせ自分では言わなかったのだろう? 大方言ったのはアントンだろうね。まったく、あの娘は昔からそういうところは変わらない。まったく困った子だよ」


 やれやれとため息を吐く大ババ様。だが、その表情は優しげである。意外な表情だなぁと思いつつも、大ババ様ならば、あるいはとふたりはそれぞれに思い至った。アンリは大ババ様の里の子。しかも大ババ様とはそれなりに親交がある。ならばアンリが喜ぶことも熟知しているのではないかと思ったのだ。


「あの、アンリちゃんの誕生日の相談をしても?」


「あぁ、構わんよ。一緒に住んでいるとはいえ、まだ二ヶ月ほどじゃ、あの子のことを完全に理解しているとは言えぬだろうし」


「……お恥ずかしながら」


「まぁ、気にすることはでない。そうだね、立ち話もなんだし、宿で話すとしようか」


「お言葉に甘えさせて貰います」


「気にすることじゃない。あの子を預かって貰っているんだ。むしろ、こちらとしてもお礼をするべきだろうからね。これで礼を返せるわけじゃないが、気にせず受け取ってくれればいいさ」


 そう言って、大ババ様は宿屋へと入っていく。その後に続いてふたりも宿屋の敷地を跨いだ。少しは進展があるといいなと思いつつ、ふたりは大ババ様の力を借りることにしたのだった。

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