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21話 クリスマス当日は

「──この度は愚妹がご迷惑をおかけいたしました、眷属様とそのお仲間の方々」


「いえ、お気になさらずにですよ、アントンさん」


「いえ、そう言っていただくわけには参りませぬ。なにせ、実際にうちの愚妹めがご迷惑をおかけしましたので」


 はぁ、と小さくため息を吐きながら、アンリの兄であるアントンは頭を痛そうに押さえていた。その後、「失礼しました」と言ってから再び土下座である。土下座から顔を上げて、ため息を吐いた後に再び土下座というループが完成してしまっていた。


 そんなループを続けるアントンとその隣で、涙目になりながら頭を擦るアンリ。アントンは精神的なダメージで頭を押さえているのだが、アンリは物理的な痛みで頭を押さえていた。事実アンリの頭には大きなたんこぶができていた。


「うぅ、頭が痛いです」


「自業自得だ、馬鹿者」


 ゴンと盛大な音が居間に響く。アンリは「きゃう」とかわいらしい声を上げて、再び頭を押さえることになった。


「お兄様、ひどいです」


「なにを言うか、眷属様にあんなにご迷惑をおかけしたのだぞ? しかも眷属様だけではなく、そのお仲間の方々にもご迷惑をおかけするなど、言語道断よ」


「で、ですが、あれは」


「言い訳無用だ」


「きゃう!」


 再び盛大な音が居間に響く。この音が響くのはなにも今回だけではなく、アントンが帰ってからというもの何度も響いているのだ。それこそ除夜の鐘もかくやというほどに響き、そのたびにアンリはかわいらしい声を上げて涙目になっていた。


 そんな兄妹のやりとりを間近で眺めることになった「フィオーレ」の面々の反応は三者三様だった。心配のあまりオロオロと動揺する様と、見覚えどころか、心当たりしかない光景に顔を俯かせる様、顔を俯かせる様を見て苦笑いを浮かべる様と見事に分かれている。誰がどの反応なのかは言うまでもないだろう。


 そんな「フィオーレ」のメンバーの三者三様の反応を見ていないのか、それともあえて無視しているのかは定かではないが、アントンによる平謝りとアンリへの仕置きは何度も続いた。


「あ、あの、アントンさん。そのあたりで許してあげて欲しいのです」


 やがて、アントンからの謝罪とアンリへの仕置きが三十回目の大台を越えた頃、タマモはアントンを制止させようとした。タマモの言葉にアントンはちらりとアンリを見やり、「うぅ」と唸りながら頭を擦る様を見て、「はぁ」と小さくため息を吐いてから「わかりました」とだけ言って、ようやく謝罪と仕置きが終わることになった。


「ですが、最後にもう一度だけお詫びを。この度は本当にご迷惑をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。……アンリ」


「は、はい。申し訳ありませんでした、旦那様、ヒナギク様、レン様」


 アントンとアンリがそれぞれに土下座をした。そんな兄妹の姿になにを言えばいいかわからずに困惑してしまうタマモ。その両隣にいたヒナギクとレンはやはりそれぞれに顔を俯かせていたり、その様を見て苦笑いしていたりしていた。


 ほどなくしてアントンが頭を上げ、アンリもまた続いて頭を上げた。その頃にはアントンの表情は普段通りの穏やかなものに戻っていた。アンリはアントンの様子を窺うようにしていたが、「もう怒っていないよ」とアントンが言うことでようやく笑顔を取り戻した。その笑顔を見て、「アンリさんにはやっぱり笑顔が一番ですね」としみじみと思うタマモ。そんなタマモを見て「もうさっさとくっつけよ」と思わずにいられないヒナギクとレンだが、その心情をタマモが理解することはない。そんないつも通りな「フィオーレ」の光景にアントンは「ふふふ」と喉の奥を鳴らして笑っていた。


「眷属様はうちの愚妹を気に入ってくださっているご様子ですね」


「ふぇ?」


「そ、そうなのですか、旦那様」


 アントンの言葉にタマモは唖然とするが、アンリは目をきらきらと輝かせてタマモを見つめていた。その視線を浴びて、タマモは慌てるがすでにアンリは身を乗り出して、タマモのそばに向かっていたが、むんずとアントンがアンリの襟首を持って下がらせた。


「……アンリ」


「ひゃ、ひゃい」


「おまえは俺が散々仕置きしたのに、まだ理解しておらぬのか?」


「ひょ、ひょんなことないのです!」


「なら自重しなさい」


「ひゃ、ひゃい。わかりまひた!」


 アントンの笑顔の質が変わった。それまでの穏やかな笑みからやけに影が掛かった笑みを浮かべるアントン。その笑みにアンリは体をびくんと震わせると、汗をだらだらと搔きながら頭をぷるぷると振っていた。アントンが自重するように告げると、アンリは今度は何度も首を縦に振っていく。ふたりとも表情は笑顔なのだ。ただやけに迫力のある笑顔と泣き笑いという違いがあるだけである。ぶっちゃけ怖いと「フィオーレ」の面々の気持ちはひとつになったのは言うまでもない。


「……ご無礼をお許しください」


「い、いえ、お気になさらず」


「左様ですか。まぁ、今回のことは自分めが愚妹を調子に乗らせることを言ってしまいましたが、眷属様にお告げしたことに関しましては自分めの本心であることは、ご理解いただきたく」


「は、はぁ」


「気の抜けたご返事ですが、眷属様はご自身のお気持ちを理解してはおられぬようですかな?」


「と言われますと?」


「そのままの意味でございます。兄のひいき目なしでも、うちの愚妹めは器量よしであります。ただ、若干発育が少々悪いかなぁとは思わなくもありませぬが」


「お、お兄様!」


「ははは、許せ、アンリ。だが、おまえと同い年の女子と比べると、いくらか体つきは幼かろう? おまえも以前は胸を触って「むぅ」と唸っていたではないか」


「ななななな、なんでそれを」


「なんでと言われてもなぁ。俺が風呂から上がったのも気づかずに、姿見の前で服の上からよく触っていたしなぁ。あれは居心地が悪かったなぁ」


 しみじみと当時を振り返るアントンと顔を真っ赤になっているアンリ。だが、アントンの話は止まらない。


「まぁ、眷属様に育てて貰えばよかろう。よく言うではないか、女子の胸は良人によって育てて貰うのだ、とな」


「そ、そそそそそそんな話なんて」


「……眷属様をちらちらと眺めながら言っても説得力の欠片もないぞ?」


「は、はぅ」


 アンリは顔を俯かせ黙ってしまった。すでに耳どころか、首筋まで真っ赤になってしまっていた。その姿を見て、「なんか色っぽいな」とつい思ってしまうタマモとタマモがなにを考えているのかを理解してしまい、若干後悔してしまうヒナギクとレン。その有り様にアントンはまたおかしそうに笑っていた。


「まぁ、とにかくです。愚妹めはすでに眷属様に差し上げたのです。お好きなときに、ご自由にお楽しみください」


「そ、そんなことは」


「尻尾をそんなに左右に振られて仰られても説得力はありませぬな」


「ふ、ふぇぇぇぇ?」


 アントンの言葉にタマモはみずからの尻尾を確かめると、三本の尻尾は言葉通りに左右にこれでもかと振られていた。その光景に固まるタマモとなにやら覚悟を決めたかのように唇を真一文字に結ぶアンリ。そんなふたりを見て、アントンは穏やかに笑っていた。


「まぁ、うちの愚妹めとの進展は眷属様のご意思にお任せいたします。が、できれば当日はこの子の願いを聞いていただければ幸いです」


「当日と言われますと?」


「おや? アンリから聞いておられないのですか?」


「なにをです?」


 アントンの言っている意味がいまいち理解できないタマモ。それはタマモだけではなく、ヒナギクとレンもまたである。3人が揃って首を傾げる中、アンリだけは顔を逸らしていた。その様を見て「やれやれ」とアントンがため息を吐き、理由を話した。


「眷属様方が企画されているという、「くりすます」でしたかな? その日付は12月25日とのことですが、その日はちょうどこのアンリの誕生日でございます。大方、こやつは眷属様方に遠慮してしまい、そのことを伝えておらぬのでしょう」


「そ、そうなのですか、アンリさん?」


「……はい、くりすます当日は私の誕生日になります」


 ぼそりと呟くアンリにタマモたちは唖然となってしまったが、すぐにヒナギクが再起動を果たすと言った。


「じゃあ、ますます当日は私たちだけでパーティーだね。ケーキは2種類用意しないと」


「2種類って言うなら、二段にしないか? そっちの方が特別感があるし」


「あ、それいいですね。じゃあケーキは二段にしましょう。ひとつがクリスマス用で、もうひとつがアンリさんの誕生日用です」


「いいね。じゃあ、それで決定だね」


 アンリを除いた「フィオーレ」内でクリスマスパーティーとアンリの誕生日パーティーは同時に行われることが決定していく。その話し合いにアンリは慌てているが、その声は3人には届かない。


 アンリの慌てる姿にアントンは穏やかに、だが、どこか寂しそうに笑っていた。その兄の変化にアンリは気づくことはなかった。


 その後、3人の話し合いの結果、クリスマスとアンリの誕生日のパーティーは同時に行われることとなり、その際にアンリにそれぞれがプレゼントを贈ることが決定した。アンリは最後まで恐縮していたが、タマモたち3人とアントンにより押し切られてしまった。


 こうして「フィオーレ」のクリスマスはアンリの誕生日と並行することが決定したのだった。

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