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20話 暴走するアンリ

 大ババ様との話し合いを無事に終えた、タマモたち「フィオーレ」の面々は、そのまま上界であるアルトへと戻った──わけではなかった。


「むぅ、どうしましょうか?」


「そうだねぇ、どうしようか?」


「アンリはよくわかりませんが、くりますますならコレというものの方がよろしいのでは?」


「そうなんだけどね、いざ用意するとしても、なにを用意すればいいのかなぁと」


「そんなにあるんですか?」


「ええ、いろいろとあるのです。それこそ無数にあると言っても過言ではないかと」


「そ、そんなにですか? それではたしかになにを用意すればいいのかわからなくなるの無理もないかもしれませんね」


「あぁ、でも定型というか、お決まりのものであれば、数は少ないんだよ? ただ「クリスマスだから」っていろいろと用意しちゃうってパターンがあるんだ。無数にあるというのはそういうことだよ」


「そうなんですか。くりすますというのは奥が深いものなんですね」


 しみじみと頷くアンリ。そんなアンリを見やりながら、ヒナギクとタマモは笑っていた。ただひとり蚊帳の外にいるレンは、所在なさげにしていたのだが、タマモたちの視界にレンが入ることはない。


「……寂しいなぁ」


 ぼそりと呟くレンだが、その呟きが3人の耳に届きそうにはない。「フィオーレ」内では、レンだけが唯一できないことである。レンもできなくはないのだが、タマモたちに比べるとまったくと言っていいほどにできないのだ。


 ゆえにこの手の話になると、レンはなにも言えなくなってしまう。現にいまもレンはなにも言えないでいた。


 レンがなにも言えなくなっている理由。それはとても単純である。現在タマモたちが話している内容は「クリスマスに食べるごちそうについて」である。


 クリスマス自体は、プレゼントを配るということで決定しているのだが、それはあくまでもアオイからの依頼内容であり、クリスマス自体がプレゼントを配るだけで終了というわけではない。


 どうせならば、と「フィオーレ」内でクリスマスパーティーを開くのもありではないかという話になったのだ。


 とはいえ、大量にプレゼントを配るのだから、「フィオーレ」内でプレゼント交換というのは憚れる。というか、下手をすれば「プレゼントなんて見たくない」ということになりかねない。


 となれば、だ。プレゼント以外でクリスマスらしいことと言えば、パーティーを開くということになる。


 そしてパーティーと言えば、ごちそうだろう。それをどうするのかという話し合いをタマモたちは、アンリの実家にて行っていた。


 なぜアンリの実家なのかと言うと、アオイからの依頼内容にはなんの関係もないため、大ババ様の家の一角を貸して貰うのは憚れた。だからといってアンリの実家もどうかと思うが、当のアンリが「実家であれば問題ありません」と言い切ったのである。


 実際、アンリの実家は現在アンリの実兄であるアントンしか住んでいない。そのアントンにしても、現在の時間では畑仕事に出ているため家にはいなかった。仮にいたとしても、アントンであれば、特にうるさく言うこともないため、話し合いをするには問題もない。


 もっとも話し合いであれば、本拠地に戻ってからでも問題はなかったが、もし仮に里内で必要な食材があったとした場合、それを買いに戻るのは面倒だからという理由もあるにはあった。


 鉄は熱いうちに打てと言うが、話し合いの機運が高まっている現状で、時間を空けるのもなんではあった。


 そのため、里内で邪魔も入らず、かつ誰の迷惑にもならない場所となると、アンリの実家くらいしかなかったのだ。


 そうしてアンリの実家でクリスマスパーティーについての話し合いは徐々に白熱しはじめることになった。


「やっぱりここは、精がつくものを食べるべきかとアンリは思うのです! 具体的には」


 アンリは右拳を握りしめながら熱弁を振るった。しかしその視線はちらちらとタマモに向いている。その当のタマモは目をあからさまにそらしていた。ふたりのそれぞれの反応の違いを説明する必要はないだろう。あえて言えば、いつも通りである。ゆえにアンリがいつも通りに暴走しているというだけのこと。そしてその暴走の余波に巻き込まれないようにタマモが必死になっているということもまた。


「……まぁ、アンリちゃんが言いたい意味もわからないのではないけれど、クリスマスにそういうものはちょぉーと違うかなぁ?」


 暴走するアンリにヒナギクは苦笑いしていた。レンに至っては黙ってお茶を啜るだけであるため、アンリの暴走を止める者は誰もいない。


「ですが、ヒナギク様! くりすますは、恋人たちの祭典でもあるということ! 恋人たちが一夜をともに明かすとなれば、精がつくものを食べるのは当然と言えば当然であって」


「いや、まぁ、たしかにそうなんだけどね? でも、そういうことは」


「アンリならば問題ありません! むしろ、旦那様がお求めであれば、いついかなるときであろうと準備は」


「いやいやいや、落ち着こうか、アンリちゃん。はい、吸って吐いて、吸って吐いて」


「その呼吸はたしか、出産のときにするものでは?」


「はい?」


「……は! もしやヒナギク様はアンリに旦那様のお子を産むための応援をしているということですか?」


「……なにを言っているの、アンリちゃん?」


 アンリの突拍子もない一言にヒナギクは、真顔で言った。だが、アンリの暴走は止まらない。


「わかりました、ヒナギク様。アンリは今回こそは旦那様のお子を授かって──」


「今度もなにもそういうことをしたことないでしょう!?」


 アンリの暴走にさすがのタマモも叫ばずにはいられなかった。だが、その叫びもアンリの耳には届くことはない。むしろ、タマモを見やると、いきなり服に手を掛け始める始末である。そんなアンリをヒナギクは全力で止めた。羽交い締めをして動けないようにしたのだが、恋する乙女の底力というものなのか、ヒナギクが全力を賭してもなお、アンリは服を脱ごうとしていた。


「アンリちゃん、お願いだから落ち着いて!」


「アンリは落ち着いております! 今回こそは旦那様とのお子をですね!」


「それが落ち着いていないと言っているのぉ!」


 ヒナギクの叫びとアンリの叫びがアンリの実家内で響き渡る。余談だが、この声は家の外にまで聞こえていた。そしてその声を聞いて、ご近所さん方が邪推することとなったのだが、それはまた別の話である。


「今日こそ、アンリは旦那様のお子の母となるのです!」


「だから、そういうのはダメだってばー!」


 ヒナギクとアンリは邪推するご近所さん方の存在に気づくことなく、白熱する攻防を続けた。その攻防はアントンが帰ってくるまで続き、騒ぎの原因を聞いたアントンがため息混じりにアンリの頭にげんこつを落とすことで終結することになるのだった。

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