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19話 話し合い終了?


 その後の話し合いは、わりとスムーズだった。


 大ババ様がヒナギクを多少なりとも認めたからなのか、それともヒナギクの負けん気がそうさせたのかまでは定かではないものの、大ババ様が最初のようにタマモにばかり話を振らなくなったのはたしかであった。


「母上は人が悪い」


 そう漏らしたのは、大ババ様の長男である次期里長であった。次期里長にとっても大ババ様の露骨な態度は、辟易とするものがあったのだろう。


 ヒナギクは一般的なヒューマンではあるが、ヒナギクの仲間には「金毛の妖狐」たるタマモがいる。妖狐たちが崇め奉る存在のパーティーメンバーがヒナギクなのだ。


 そのヒナギク相手にあの態度。ひいては「金毛の妖狐」たるタマモ──眷属様に対する無礼でもある。その無礼を酒の席でも、泥酔状態でもないにも関わらずやらかしたのだ。


 次期里長にとっては気が気でならない状況だったことは間違いないだろう。


 もっと言えば、生きた心地はしなかったこともまた間違いないことだろう。


 ただ、彼にとって幸運だったのは、タマモがあまり「金毛の妖狐」らしくなかったということだ。


 ゆえにその怒りが「風の妖狐」族に向かなかったのだ。むしろ、当のタマモは大ババ様とヒナギクのやりとりを前に、どうすればいいのかと困惑していたほどだ。


 そんなタマモの姿は普通ならば、「これが眷属様?」と映るだろう。もっと言えば、伝説と謳われ、妖狐であれば誰もが憧憬のまなざしを向ける存在たる「金毛の妖狐」が、蓋を開ければこんなことで狼狽えるのかと、落胆されていた。


 だが、それもタマモの容姿が幼子のそれであることが幸いしていた。これが大人の姿であったならば、それこそ落胆からの軽視に繋がっていた可能性もなくはない。


 しかしタマモはゲーム内でもリアルでも見た目はロリータであるが、実年齢はギリギリ十代であるため、合法ロリと言えなくもないのかもしれない。


 だが、長命種である妖狐たちにとって十代というのは、幼子同然である。実際里長の屋敷に集まった妖狐たちの中で、もっとも年齢が若いアンリでさえも、百歳近いのだ。そのアンリからして十代なんて「少し前までお母様のお腹の中にいられたのですね」と言わざるをえない年齢でしかない。そのアンリよりも圧倒的に長い日々を生きた妖狐たから見れば、産まれて間もないとしか言いようがないのだ。


 そんなタマモに修羅場を諫めることなんてできるわけがない。そう思うのが普通だろう。ゆえにタマモが狼狽えていたとしても、それも無理もないとしか思われなかった。いや、それどころか、その狼狽える姿を見て大抵の妖狐たちが「きゅん」と胸を高鳴らせてしまっていた。


 特に女性の妖狐たちは頬を染めて口元を押さえる始末。中には男性の妖狐も同じように頬を染めていたが、その後女性の妖狐たち、その男性の妖狐にとっては母ないし姉や妹にあたる女性の妖狐から、絶対零度と思えるほどに冷たすぎるまなざしを受けて、体を震わせて顔を俯かせっていたが。


 容姿と長命種である妖狐という存在が幸いしたため、里長の屋敷に集まった妖狐たちがタマモを軽視することはなかった。逆に、タマモの地位がより確固たるものにへとなったのだ。以前までははっきりと言えば珍獣扱いだったのだ。だが、今回の件で非公認のアイドル的な存在へとクラスチェンジしてしまっていた。むろん、タマモがそのことを知るよしもない。


 ……なお余談だが、後に里内でひっそりとタマモのグッズが販売されることとなり、ひとりの妖狐が、黒みが掛かった緑色の髪をした大人しそうな女性の妖狐が大半を買い占めることとなったのだが、それが誰なのかは言うまでもないだろう。その際に「旦那様、素敵です」と頬を染めていたこともまた言うまでもない。

 

 そんなこんなでヒナギクと大ババ様の話し合いは円滑かつスムーズに進んでいった。その円滑さに、「少し前までのやりとりはなんだったんだ」と思った者が大半だろう。


 もっとも当事者であるふたりにとっては、必要な課程だったとしか言いようがない。その課程を経た結果、話し合いは無事に終了することとなった。


「──まぁ、こんなところか?」


「はい。ひとまずはこれで」


「ふむ。なかなか有意義ではあったの」


「ええ、そうですね」


 お互いににこやかに笑うヒナギクと大ババ様。表面だけを見れば、仲がよく見えるのが不思議だ。が、よく見るとヒナギクのこめかみにうっすらと青筋が浮かんでいるし、大ババ様の口元が若干痙攣していた。それがどういうことなのかは、たしかめるまでもない。そしてそのことを誰も指摘はしない。触らぬ神に祟りなし。それはどの世界でも、どの種族であろうとも共通して言えることだ。


 この場にいるのは神ではない。神ではないが、悪鬼さえも震わせるほどの迫力を持った女傑ふたりである。その怒りに触れるべきではない。誰もがはっきりと理解し、納得しこう思った。「このふたり、同じ人種だ」と。決して怒らせてはならない存在同士のやりとりだったのだと。そう理解し、納得していた。


 そんな決して怒らすべきではないふたりは、いまだに笑っている。笑いながらどちらからでもなく、握手を交わしている。ただ握手を交わしている腕にはどちらもこれでもかと言うほどに力が込められているのだが、それもまた触れるべきではないだろう。


「では、今後もお願いしますね(次はけちょんけちょんにしてやるからね、この若作りババア)」


「うむ。任せるがよい(勝手に吼えていろ、尻の青い小娘が)」


 表面上のやりとりはとても穏やかなのだが、この場にいるほぼ全員にはなぜか声にならざるふたりの声が聞こえていたが、そのことを指摘できる者は誰もいなかった。


 だが、ある意味対立に近い状況になりつつも、平穏無事に話し合いが終了したことは事実である。


「ふふふふふ」


「あはははは」


 が、若干乾いたふたりの笑い声が非常に不気味であった。その不気味な笑い声を耳にして、誰もが顔を逸らし、誰もが体を震わせていたことも事実である。


 とにかく、こうしてクリスマス実行委員たる「フィオーレ」と「風の妖狐」たちは協力して、クリスマスに挑むことが決定したのだった。

大ババ様の精神年齢が若々しいというべきなのか、ヒナギクの精神年齢が年相応ではないというべきなのかはそれぞれの判断にお任せ致します←

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