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18話 女の戦い

ギリギリになってしまった←汗

「さて、具体的な話をいたしましょうかの。眷属サマ方は、どのくらいの量のぬいぐるみを配ろうとされておられるので?」


 大ババ様は上座でたたずまいを直しながら尋ねてきた。その視線はいくらか鋭い。


 すでに試しは終わっているはずだが、まだなにかしらの試しを受けているように思えてならない。特に矢面に立たされているタマモにとってはそうだろうなと思うヒナギク。


(今回は私が主体なんだけど、あの人タマちゃんにばかり話を振っているよね)


 大ババ様にとってはタマモこそが重要であり、タマモ以外はさほどというところなのだろう。たとえ今回タマモがヒナギクの補佐であろうと、大ババ様にとってはそんなことは関係ないようだった。


 とはいえ、だ。


 クリスマス実行委員長としては、「仕方がないかなぁ」と退く気はない。むしろ、ここで退いてはクリスマス実行委員長は名乗れない。ヒナギクは発憤して口を開いた。


「数はざっと百万は越えると思います」


 ヒナギクの言葉に「ん?」と声を漏らしながら、大ババ様はヒナギクを見やる。その視線はなにかを計っているかのようで、妙に落ち着かない。だが、そんなもの関係あるかと奮い立たせてから続けた。


「あくまでも百万は目分ですが、確実に越えると思います。ただ、その全部を配るわけではありません。今回はとある人が持つ大量のぬいぐるみを確実に消化できればいいわけですから、それでも数千はあると思いますけど」


「ふむ、数千個のぬいぐるみかぇ。百万越えに比べれば、まぁ、マシではあるかな? どう思われますかの、眷属サマ」


 ちらりとタマモを見やる大ババ様。どうしてもタマモをメインにしたがるようだが、あくまでも今回のメインは自分である。タマモはそのサブでしかない。そのサブであるタマモにばかり話を振る。どうにも我慢はならない。


 別にタマモが嫌いというわけではない。ただ、こちらもちゃんと見ろと言いたい。この場にはタマモしかいないわけじゃない。他にも人はいるのだと。そう言いたくなる。


「みなさんのご助力をお願いしたいと思います。確実に数千個はここで消費したいと思っています。むろん、それ以上の数を消費できるのであれば、言うことはありませんが」


 タマモに話を振る大ババ様に対して、強引にその方向性をみずからに向けさせるヒナギク。大ババ様はすっと目を細めてヒナギクを見やるが、ヒナギクはその視線を真っ向から受け止めて睨み付けた。「ほぅ?」と大ババ様が口元を歪めて笑う。火を点けてしまった気がするも、すでに後の祭りだ。まぁ、着火しようが、鎮火しようがヒナギクにとってはどうでもいいことである。


 重要なのは、話し合いのテーブルであるのに、ヒナギクを見ていない現状を変えることからだ。でなければ、いつまで経っても話は終わらないのだ。


「あと、ひとつ言いたいことがあるんですけど」


「なにかな?」


「タマちゃんは今回サブなんです。メインは私です。だから話をするのは基本的に私であって、タマちゃんと話をしてもさほど意味はありません」


 はっきりと言い切った。その瞬間、わずかに空気が凍り付いた気がした。アンリは「ひ、ヒナギク様!?」と慌てているが、ヒナギクの耳にはアンリの声は届いていないし、アンリを見てもいない。ヒナギクの目に写るのは大ババ様だけ。その大ババ様は相変わらず口元に笑みを浮かべているが、若干身に纏っている空気が硬い。いや、鋭いと言う方が正しいか。しかし、どんなに鋭い空気を纏おうが、ヒナギクがやることは変わらない。徹底的にやるだけである。


「なかかな面白いことを抜かす、小娘であるのぅ」


「事実を言ったまでです。先ほども言いましたが、今回の責任者は私なんです。だから私に話を通してください。タマちゃんでも構いませんけれど、今回の全権を任されているのは私ですから」


「はっ、全権とな? たかが雇われの分際でよくまぁ抜かすのぅ」


「たとえ雇われた身であったとしても、権利を持っていることはたしかです。もちろん、そちらが望むのであれば、この里との折衝役はタマちゃんに任せるつもりですが、その前に私と大ババ様とでいろいろと詰めなければなりませんけど」


「ふむ、たしかにな。しかしそなたにできるかのぅ?」


「そうですね。こちらも同じことをそのまま言わせていただきますね」


 にこり、と大ババ様にヒナギクが笑いかけると、アンリがそばで「あわわわわ」と取り乱していた。その反応はかわいらしいものだが、いまはどうでもいい。大事なのは大ババ様に責任者が誰なのかをわからせることである。……若干ケンカ腰になってしまっているが、こればかりは致し方がない。最初にふっかけてきたのは大ババ様であり、ヒナギクはそれを買っただけである。


「言うではないか、小娘」


「事実を申したまでですが?」


「くくく、我相手によくまぁ抜かすわ」


「お褒めいただき光栄です」


 大ババ様共々ににこにこと笑い合う。ただそれだけなのに、周りの空気がどんよりと重たくなっていった。アンリはすでに声を出せないほどに狼狽えている。タマモも大ババ様とヒナギクを交互に見やってどうしたものかと悩んでいるようだ。レンに至っては頭を押さえて「やっちゃったなぁ」と呟いていた。大ババ様の係累の妖狐たちは誰もが黙っていた。が、それは怒っているわけではなく、面白がっているだけのようだった。それは大ババ様も同じだとヒナギクは感じ取っていた。


(試されているよね。対等の付き合いができるかどうかの確認をしているという方が正しいかもだけど)


 今回の件でヒナギクが自身と対等のやりとりが行えるかどうかを大ババ様なりに確かめているというのは明らかだった。もっと言えば格付けの最中と言えばいいだろうか。対等か否か。対等ではないと判断されれば、ヒナギクの立場はただのお飾りになる。それはそれで問題はないかもしれない。むしろ、タマモに全権を譲った方が手っ取り早いと言うこともありえる。


 だが、今回依頼を受けたのはヒナギクである。ゆえに主体となるのも当然ヒナギクとなるべきだ。要所要所で担当者を決めるというのはいい。だが、全権を譲るというのでは話は別だ。はっきりと言えば、プライドの問題である。


 下手なプライドなど犬に喰わせればいいとヒナギクは思う。下手なプライドで現場が混乱するならば、そんなものはいらない。犬に、いや、燃えるゴミの日に生ゴミとして捨ててしまえばいい。


 今回の依頼はまだ始まったばかりだ。ゆえにプライドが引っかかるということはない。だが、その一方で始まったばかりだからこそ最初に示しておく必要があるとも言える。ヒナギクが選んだのはもちろん後者である。


 ゆえにここは退けない。退く気もない。退いてたまるものか、とヒナギクは強い意志を持って大ババ様を見つめる。すると「ふっ」と小さく大ババ様が笑った。


「まぁ、よいかな? まだ具体的に示してもらってはおらん。が、その負けん気だけは気に入った。よい、ここからはそなたと話をしよう。むろん、取るに足らんと判断したら眷属サマに降らせて貰うがよいかの?」


「ええ、もちろん」


「では、改めて話をするとしようか、小娘」


「ヒナギクです」


「名を呼んでほしいのであれば、認めさせてみせろ」


「では、すぐにでも」


「楽しみにさせてもらうかの」


 大ババ様はにやにやと笑っている。一応は認めてくれた。が、まだ対等ではない。いまはそれでいい。すぐにでも認めさせればいいだけだった。


(いまにぎゃふんと言わせてあげるんだから)


 ヒナギクは決意を秘めながら大ババ様との話し合いを再開した。にやにやと笑うその笑みを浮かべなくさせてやる。そう決意するのだった。

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