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雪降る日にあなたと

今年最後の更新その二となります。

その一は何でも屋です。

同時刻に更新しています。うまく更新できていたら、ですけども。

 年末年始というものは、嫌が応にも必ず訪れる。


 そんなことは百年近い月日を生きてきたアンリにとっては、当たり前なことだった。


 例年であれば、新年に向けた準備をする。家の掃除だったり、新年最初の食事であるおせちやお雑煮を作る準備だったり、ご近所さん方への挨拶をしたり、といろいろと忙しかった。

 だが、それらすべてが終われば、あとはゆっくりと過ごせる。


 普段は畑仕事で忙しい兄とともに里の中にある寺へとお参りし、境内で配られる甘酒を一緒に飲む。ただ兄は酒がわりと好きな人なため、一緒に配られるお神酒をついついと飲み過ぎてしまうので、最終的にはアンリが兄の大きな体を支えて家に連れて帰る羽目になる。


 それでもアンリは毎年兄と一緒にお参りをすることを楽しみにしていた。普段はしっかり者の大好きな兄がその時ばかりはへべれけになり、その兄を介抱することが楽しかった。もっと小さい頃は兄の負担にしかならなかったことを気に病んでいたこともあった。その反動だろうか、兄以上に家事ができるようになってからは、兄の面倒を見ることが楽しくてたまらなくなったのだ。


 そんな兄とアンリを見てご近所さんたちは、「本当に仲がいい兄妹だ」と褒めてくれる。時折、「お兄さんが若干アンリちゃんを大切にしすぎるけれども」と苦笑いすることもあるが。


 アンリにとって兄は世界のすべてと言ってもいい。兄の背中を見て育ち、兄の背中に守られて、その兄の背を支えること。それがアンリのすべてだった。


 だから、今年もいつも通りの年末になることを疑ってもいなかった。


 だが、そんな年末はあっさりと崩れ去った。


 しかしそれは悪い意味ではない。いい意味で崩れ去った。兄が口うるさく言うようになった「良人を見つけろ」という一言が現実のものになったからである。


「……もう年末ですね」


 アンリは「フィオーレ」の本拠地内にあるリビングに掛かっているカレンダーを見ながら、しみじみと呟いた。


「フィオーレ」のメンバーは、まだ全員就寝中である。それはアンリにとっての「良人」たるタマモもまた同じ。


 タマモたちが起きるまで、アンリは常にひとりっきりだが、さみしくはなかった。


 少しすれば、タマモたちが起きてくるのだ。それを待つのがとても楽しいのだ。待っている間に、畑仕事をしたり、部屋の掃除をしたりといろいろとすることもあるので、時間が過ぎるのはあっという間だ。


 それは年末になっても変わらない。まだ年内最終日というわけではないが、ヒナギク曰く最終日には年越しそばを食べるという。


 年越しそばは毎年兄と一緒に食べていた。両親と死別するまでは家族四人で食べていた。が、両親がいなくなってから兄以外と年越しそばを食べるのは初めてのことだった。


 年越しそば自体は毎年食べるものだから、特にこれと言った感慨はないはずなのだが、今年はタマモたちと初めて食べる年越しそばである。それが少し、いや、大いにアンリは楽しみにしていた。


 年越しそばを食べるのが楽しみ、と言うととたんに食いしん坊にされてしまうが、メインはあくまでも年越しそばを食べることではなく、タマモたちと食べることである。結果は同じでもその課程こそが楽しみなのだ。


「材料は足りているでしょうか? ナッチ(ほうれん草)はありますし、海老もいいものを手に入れました。お出汁は今日から仕込むとヒナギク様が仰っていましたし、おそばは挽き立てが一番ですからまだいいとして」


 必要なものを指折り数えていくアンリ。必要なものはあらかた用意してあるのだが、それでも漏れはあるかもしれないと念のために確認を行っていく。……余談だが、アンリの確認は年越しそばを全員で食べると決定したときから毎日行われていることだった。そのたびに「足りていないものはありませんね」と結論に至るのだ。もはやルーチンワークと化していると言っても過言ではない。


 そんなルーチンワークと化した確認作業を笑いながら行っていくアンリ。誰が見ても楽しそうだと思うだろう。実際にアンリは確認作業だけでも十分なほどに楽しんでいた。準備段階でこんなに楽しんでいたら、本番はどうなってしまうんだろうとアンリ自身時折思うが、楽しみなものは楽しみなのだからこればかりはどうしようもないことである。


「かまぼこは~」


 そうしてリビングではアンリの確認作業をする鼻歌交じりの声がしばらくの間、響いていた。


「うん、問題ありませんね」


 確認作業を終えたアンリは、パンと軽い音を立てて手を合わせた。その表情はアンリ自身ではわからないが、満面の笑みである。おそらくその笑みを見た者はたいてい頬を染めることになるだろう。


 そんな誰もが頬を染める笑みを浮かべていたアンリは、ふと視線を窓の外にへと向けた。確認作業を楽しんでいたから気づけなかったが、いつのまにか少し寒さを感じるようになったのだ。


 その理由を確かめるために窓を見やると、窓の外では白いものがゆっくりと降っていた。


「……雪、ですか」


 窓の外ではしんしんと雪が降っていた。


 里ではあまり見かけないもので、ついついとアンリは外に出てしまっていた。


「わぁ」


 外はまだ雪化粧をしているわけではなかったが、徐々に地肌が雪に染まりつつあった。畑もうっすらと雪が積もりつつある。その雪の中でもクーたち虫系モンスターズは我関さずと過ごしていた。それどころか、我先にと雪の上を転がっていく始末である。犬猫ならいざ知らず、虫たちが雪の上を楽しそうに転がるという、なかなかにレアな光景であった。昆虫の研究者がいたら卒倒しそうな光景とも言えた。


「……クー様たち、寒くないのでしょうか?」


 そんなありえない光景を見てアンリが思ったのは、クーたちは寒くないのかということである。間違ってはいない。間違ってはいないが、どこかずれていると言わざるをえない感想だったが、そのことを指摘できる者は誰もいない。タマモたちはまだ誰も起き出していないのだから無理もないことであろう。


「……まだ時間はありますよね」


 タマモたちはまだ起き出してはいなかった。ならばまだ時間的猶予はあるだろう。念のためにとアンリは三人それぞれの部屋へと向かってみたが、誰も起きてはいなかった。


 そうして三人が起きていないことを確認したアンリは「よし!」と頷きながら、再び外へと出た。三人が起きていないことを確認している間に、雪は少し積もっていた。そんな雪を前にしてアンリはきょろきょろと周辺を見回してから──。


「えい!」


 ──若干積もった雪に向かってダイブした。


 念のためにダイブしたのは雪が積もった畑だった。それもまだ収穫したばかりでなにも植えていないスペースにである。


 そのスペースではすでに虫系モンスターズが雪遊びをしていたが、アンリはその輪に入らないように注意しながら、虫系モンスターズがいないスペースに飛び込んだ。そしてそのままくるくるとまだ薄らと積もった雪の上を転がっていった。


「……はぁ、雪に塗れるのは初めてです」


 雪というよりも泥まみれに近い姿になっているが、それでもアンリにとっては雪塗れなのだ。空を見上げれば、雪は勢いを増して降っていた。その雪を地面に寝転びながら見上げていくアンリ。「子供みたいなことをしているなぁ」と自分でも思うが、やめることはできなかった。


 雪を見るのは初めてではない。


 里で降ることはほとんどないが、それでも稀に雪が降ることもある。


 だが、いまみたいに雪の上を転がることは一度もしたことがなかったし、しようとも思ったこともなかった。


 しかしクーたちが雪遊びをしているのを見ていたら、アンリはなんとなくしてみたくなってしまったのだ。その衝動には勝てず、結果雪と泥にアンリは塗れてしまったが、それでもアンリは満足だった。それこそ鼻歌をついついと口ずさむほどには。そうしていつもの巫女服を汚して地面を転がっていると──。


「あ、アンリさん!?」


 ──いきなりタマモの慌てた声が聞こえた。どうしたのだろうと体を起こすよりも先にタマモの焦った顔が視界に飛び込んできた。


「アンリさん、しっかりして──って、あれ?」


 タマモは焦った表情から一転して、不思議そうに首を傾げていた。とはいえ、それはアンリの台詞ではあるのだ。


「……えっと、旦那様? どうなさいましたか?」


「いや、どうなさいましたかって言われても、えー?」


 タマモは困惑していた。その理由がさっぱりと理解できないアンリは再度「どうなさいましたか」と尋ねながら起き上がった。


「……アンリさん、ひとつ聞くのですよ」


「はい?」


「なにをしていたのですか?」


 タマモは若干不機嫌そうにしていた。なぜ不機嫌になっているのかもわからず、アンリは「雪遊びですけど」と答えた。


 その返答にタマモは「はぁ?」と呆れつつため息を吐くと、頭をぼりぼりと搔いた。そして──。


「オシオキです」


「え?」


 ──タマモはアンリの頬を掴むと上下左右にと引っ張り出した。いきなりのことでアンリは慌てながら、「いひゃいです!」と抗議するもタマモは聞いてくれない。それどころか、涙目になって睨んでくる始末である。


 いったいなにをしたのでしょうか、とアンリが思っていると、タマモは「はぁ」と小さくため息を吐くと頬を引っ張るのをやめてくれた。


「……心配かけさせないでください」


「ほえ?」


「起きたらアンリさんが地面に倒れているのを見て、心臓が止まりかけたのです。なにか事件に巻き込まれたのか~とか、急な病気なのか~とか思ったのですよ」


「……ぁ」


「それがただの雪遊びと言われたら、オシオキするのも当然ですよね?」


「……ごめんなさい、旦那様」


 タマモたちが起きるまでのつもりだったのだが、すっかりと予定時間をオーバーしてしまっていたようだ。


 なにも知らないタマモにしてみれば、アンリが地面に倒れているようにしか見えないのは当たり前なことだった。


 もっとも近くでクーたちが危機感なく遊んでいるが、それさせも見えないほどにタマモが焦っていたということはそれだけタマモはアンリを大切にしてくれているという証拠だった。

 とはいえ、いつものように喜ぶことはできない。タマモに心配を掛けさせてしまったことは事実だし、少々後先考えなさすぎだったことも事実である。アンリは少し、いや、大いに反省した。


 尻尾も若干垂れ気味になってしまう。その垂れた尻尾を見て、タマモはまたため息を吐く。だが、それは呆れたものではなかった。


「……とりあえず、今後は書き置きなりしてくださいね。そうしてくれれば慌てませんから」


「……はい、留意します」


「よろしい。それよりも──」


 タマモは視線をアンリから空へと向けた。アンリもその視線を追う。雪はまだ降り続けている。その雪をぼんやりとタマモと眺めていく。たったそれだけのことなのだが、なぜか楽しいとアンリは思った。


「──きれいですね」


「……はい。とっても。降る雪はとてもきれいです」


「あー、まぁ、そう、ですね」


 なぜか若干歯切れが悪くなるタマモ。どうしたのだろうと思っていると、タマモは若干頬を染めて言った。


「雪もきれいですけど、いま言ったのはですね」


「はい?」


「……アンリさんに対しても、ですよ」


 ぼそりと呟くタマモ。その言葉の意味をすぐには理解できなかった。が理解するとアンリはみずからの頬に熱が溜まっていくのを感じた。


「あ、ありがとうございます」


「いえ、本当のことですし」


 ぷいっとそっぽを向くタマモ。頭の上の立ち耳はすっかりと真っ赤になっている。まるで夕日に染まる穂のようできれいだとアンリは思うが、タマモが余計に困ってしまいそうなのであえて言わないことにした。ただ代わりに行動をひとつ起こすことにした。


「旦那様」


「なんで──うわぁ!?」


 アンリはタマモの手を引いて地面に倒れ込む。体格の差もあり、タマモは耐えることもできずに地面に倒れこんだ。


「いたたた」


「ふふふ」


 いきなり引きずり込まれたことでタマモは痛そうに頭をさすっていたが、アンリをみやるとすぐに笑ってくれた。タマモとの距離はごくわずか。そのわずかな距離を埋める形でアンリはタマモと手を繋いでいる。


 雪は降る。


 しんしんと降り続ける。


 近くではクーたちが元気よく遊んでいる。


 だが、寒さも感じないし、音ももう聞こえない。アンリが見えて、聞こえて、感じるのはすべてタマモのことだけ。タマモの笑顔、楽しそうな声、そのぬくもりだけ。だからだろうか、普段は言わないようなことがするりと口からこぼれだした。


「旦那様」


「はい?」


「……アンリはいつまで経っても、旦那様をお慕い続けます。なのでいつまでもおそばに置いてください」


「……ボクはいつまであなたのそばにいられるか、わからないですよ?」


「なら、そのときまででいいです。それまではおそばに」


「……好きにしてください」


「はい、好きにさせていただきますね」


 素っ気ない返事だったが、それが照れ隠しなのだとアンリは思った。アンリは笑顔を浮かべて掴んでいた手に指を絡めていく。絡められた指をタマモもまた指を絡めてくれた。それが嬉しかった。


 アンリは「ふふふ」と笑いながら空を見上げる。空からはまだ雪が降っていた。降り続ける雪を大切な人のぬくもりを感じながらアンリはただ見つめ続けていた。

これにて今年のおたまの更新はおしまいです。

今年はダメダメでしたが、お付き合いいただきありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。

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