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8話 その笑顔の下に

 レンの素性がちょっとだけわかります。

「「武闘大会」かぁ。どんな強い人がいるんだろうなぁ~」


 レンのテンションがおかしくなっている。


 なにせレンはタマモとヒナギクの前でくるくると回転しながら、とても楽しそうにしているのだ。


 普段のレンとはだいぶ違う姿にタマモは困惑を隠せなかった。


 ヒナギクは慣れているからなのか、ため息を吐くだけだが。


「レンさん、だいぶテンションがアゲアゲになっていますけど、大丈夫なんですかね?」


「いつものことだよ、タマちゃん。あいつ、こと戦闘になると少し性格変わっちゃうんだよねぇ」


「……バトルジャンキーですか?」


「……そこまでは行かないとは思うけれど、バトルマニアなところはあるね。まぁ、いろいろと事情があるんだけど」


 やれやれとため息を吐きながらも、ヒナギクの目はどこか穏やかだった。


 レンに呆れつつも、「仕方がないなぁ」と優し気に見守っている。その姿にタマモはほんのわずかに胸が痛んだ。


 余人では立ち入ることができない絆がふたりにはあるように思えたのだ。


「事情って、どんなものですか?」


 だが、それを認めたくなくて、そしてそんなヒナギクになってほしくなくて、タマモはレンの事情を聞いていた。


 いくら仲間になったとはいえ、まだほんの数週間も経っていないのだ。


 そもそもリアルで会ったこともない。なのにレンの事情に深く立ち入るのはかえって失礼だとタマモは思ったが、それでも聞いていた。聞いてしまっていた。


「失敗したなぁ」と思ったが、すでに口にした言葉であり、それを撤回するよりもヒナギクが語りだす方が若干早かった。


「……レンはお母さんを知らないんだ」


「え?」


「レンが産まれてすぐに蒸発しちゃってね。だからレンが産まれる前の写真や映像の中のお母さんしか、あいつは知らない。別にレンを産んだせいというわけではないと思うし、レンのお父さんやお兄さんたちはレンのせいにはしていない。していないけれど、あいつはそう思っているんだ。「俺が産まれなければ、母さんはいなくならなかったんじゃないか」って。ずっとそう思っているんだ。それこそ子供の頃からずっと」


「そんなことは」


「うん。私もそう思う。けれど、あのバカ、頑固だから。すぎるくらいに頑固だからさ、自分の考えを改めることなんてめったにないんだ。だからあいつはずっと自分を責めている。ああして笑いながらもずっと自分を責め続けているんだよ」


「……レンさんがレンさん自身を」


 ヒナギクの視線はレンに固定されていた。その当のレンは楽し気に笑いながらも、依然としてくるくると回転している。


 さっきとまるで変わっていない。変わっていないのに、その姿から受ける印象は真逆になってしまった。


 いまのレンは見ためよりも子供っぽく見える。


 タマモと同年代であれば、まだ十代の少年だろう。


 その十代の少年が物心をついてからずっと自分を責め続けていた。


 自分が産まれたことを呪い続けていた。


 それはどれほどに辛いことなのか、タマモには想像もできなかったし、そんなレンを見ていることしかできなかったヒナギクの悲しみがどれほどのものなのかもやはり想像もできなかった。


「だからなのかな? あいつはなにがなんでも強くなろうとするんだよね。お肉が好きというのも手っ取り早く身体を大きくさせるためみたいだし、いままでいろんなゲームをしてきたのもすべては戦闘を、ギリギリの戦闘をして強くなるためのきっかけを得るため。このゲームを始めたのもそう。VRMMOならいままでのゲームとは違って、実際に戦闘をしているような経験を得られるから。すべては弱い自分と訣別するため。もう誰も失わないようにするため。その力で自分と自分の周りのすべてを守りたいから。……子供みたいな考えなんだけどね」


 ふふふとヒナギクは笑っていた。笑いながらもレンの行動を否定はしていなかった。


「あとね、普段のゲームだとあいつオジさんキャラを選ぶことが多いんだ」


「オジさんキャラ、ですか?」


「うん。そういう人ってさ、歴戦の戦士とか騎士ってイメージがあるじゃない? イメージだけだったとしても、そのイメージを通して強くなるためのなにかをえられるんじゃないかって思っているみたい。でもこのゲームだとアバターをあまり弄れないから、ああしてリアルの姿に近い状態でプレイしているのは新鮮なんだろうね。いつもよりもはしゃいでいるから」


 ヒナギクがまた笑った。その笑顔はいままで見てきたヒナギクの笑顔の中で、一番きれいなものだった。


 胸がまたずきりと痛んだ。だが、その痛みをタマモは堪えた。


「だからってわけじゃないけれど、あいつに付き合ってもらっていいかな?」


「……いまさらですよ、ヒナギクさん。ボクたちは仲間じゃないですか。違いますか?」


「そうだね。タマちゃんのように優しい人と仲間になれてよかったよ」


 ヒナギクが再度笑う。その笑顔は言葉通り喜びのもののようにも見えるが、同じくらいに悲しみに染まっていた。


 それがどういう理由なのかは考えるまでもない。考えたくもない。


 タマモはあえて見ないようにして、レンを見つめた。


 するとちょうど回転を終えたレンがこっちにやってきていた。


 屈託のない笑顔を浮かべるレン。しかしその笑顔の下でいままでどれほどの懺悔があったのか。


 あまりにも純粋すぎる笑顔にタマモの胸はいままでとは違う痛みを発していた。


「よぉし、「武闘大会」で本戦出場を目指して頑張ろうね!」


 レンが笑う。その笑顔と言葉にヒナギクは苦笑いしながら頷いた。


 タマモもまた「はい」とだけ頷いた。こうしてタマモたちの「武闘大会」の出場は決まったのだった。

 レンの素性を知ったタマモでした。

 ちょっと重すぎるかなと思いましたが、あえて断行しました。

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