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16話 ふたたびの試練

ギリで間に合った←汗

「──ふむ。揃って一時間、か。まぁ、妥当なところかの?」


「フィオーレ」の本拠地から所変わって、「風の妖狐の里」の入り口──タマモも少し前に受けた試練のゴールには、すでに「常春の招待状」持ちのタマモともともと里出身者であるアンリの姿があった。二人の前には老婆の姿から本来の妖艶な妖狐の姿に戻った大ババ様が懐から取り出した年代物の懐中時計を見つめていた。


 そんな大ババ様の対面側に座りながら、タマモもアンリも「そのとき」を待っていたが、大ババ様が不意に懐中時計を閉じて口にした一言によって、「そのとき」が訪れたことを理解した。


「ということは?」


「うむ。そろそろ──」


 大ババ様が視線を向けるのとほぼ同時に壁の一部がドゴンと大きな音を立てて崩れた。壁が崩れたことで土埃が舞っていくが、タマモもアンリもそのことを大して気にしなかった。そんなことよりも重要なことがあるのだから。


「──うむ。やはりそれなりに優秀じゃな。眷属サマとアンリがどうしてもと言うから受けさせたが、見込み違いではなかったようじゃの」


 大ババ様は口元をやや歪めた、シニカルな笑みを浮かべながら土埃の先を見つめていた。もうもうと立ちこめる土埃の先にはふたつの人影があった。どちらも肩を大きく動かしながら、ゆっくりとした足取りで半ば煙幕のようになった土埃の向こうからこちらにと近づいてきていた。


「とはいえ、さすがに眷属サマほどではなかったがの。まぁ、それでも合格は合格じゃな」


 土埃の先から近づいてくる二人を見やりながら大ババ様は言った。まるでその一言を待っていたかのように、二人は同時に口を開いた。


「「つ、疲れたぁ」」


 土埃の先から現れた二人は、試練を受けていたヒナギクとレンは同時に倒れ込んだ。揃って疲労困憊なのか、二人とも疲れ切った顔をしている。だが、それもわからなくはない。むしろ共感できるとタマモは言い切れるのだが、ふたりに試練を受けている間、大ババ様とアンリの三人でのんびりとお茶を啜っていたため、あまり余計なことは言えなかった。それでも労うことはできるので、「お疲れ様でした」とタマモは二人に労いの言葉を掛けた。


「あんなにもキツいって聞いていなかったんですけどぉ!」


「なに、あの嫌がらせの極致みたいな高難易度!? 本当にあれをタマちゃんが歴代最高記録で突破したの!?」


 声を掛けるとふたりはガバァっと勢いよく顔を上げながら言い募っていく。その内容が非難囂々であるが、それも無理もないことだった。嫌がらせの極致みたいな高難易度とヒナギクが言い放つ内容の試練を用意した当の大ババ様は口笛を吹くだけで、二人の批難などどこ吹く風のようである。


 わかっていたことだったが、やはり大ババ様の性格は、非常に癖が強い。癖は強いが、それと同じくらいに穏やかかつ思慮深くはある。ただ、その癖の強さが非常に難物なのだ。その難物さをふたりもまた「これでもか」と味わうことになった。ある意味「フィオーレ」の結束を高めるのにこれ以上とない結果だったと言えなくもないが、いまのヒナギクとレンにそれを言っても、矛先がタマモに移るだけだということは明らかなため、タマモはなにも言わずにただ苦笑いだけをしていた。


「お疲れ様でした、ヒナギク様、レン様」


 アンリは二人にあらかじめ用意していたおしぼりと疲労回復効果のある薬草を煎じたお茶を渡した。渡されたおしぼりでまず顔を拭いたあと、ふたりは同時にお茶を一気に呷った。喉を鳴らしながら旨そうにお茶を飲み干していくふたりの姿に、「本当に大変だったんですねぇ」と漏らすタマモ。タマモ自身も受けたときは大変な目に遭ったが、ほんのごくわずかな時間だった。


 しかしふたりは一時間も試練を受けていたのだ。その分疲労と負担は二人の方が大きかっただろう。もっともヒナギクたちは二人で試練を行った分、一人っきりで受けたタマモよりかは精神的な疲労は少なかっただろう。それに複数で行えたため、相談をすることだってできただろう。総合的に見れば、どっこいどっこいというところだろうが、相談できるかできないかの違いは大きかったはず。


 もっともその分だけ、大ババ様は試練をより厳しいものにした可能性もある。


 どんなことでも単独で行うよりも、複数で協力し合う方がより効率的であることは言うまでもない。ものによっては単独の方が効率的に行えるうえ難易度が下がるということもあるため、複数の方が必ずしも楽になるとは言い切れない。


 ただ、複数で行うと、単独時よりも難易度が上昇されてしまうということも往々にしてあるものだ。今回もそうなったであろうことは、ふたりの消耗具合と大ババ様の反応からして間違いはないだろう。


 正直、どれだけ難易度を上昇させられたのか、タマモには想像さえもできないが、ヒナギクとレンがここまで疲労困憊になってしまったことを踏まえたら、怖くて大ババ様には尋ねられない。


 もっともその高難易度を一時間で突破できたと考えれば、ふたりの実力の高さが如序に現れているのも言うまでもないだろう。その証拠に大ババ様は満足そうに頷いている。が、タマモのときのように手を差し伸べようとはしていない。最高評価ではないということを端的に言い表していた。


「まぁまぁの結果じゃが、試練を乗り越えたことは事実。そなたらを賓客として認めようか」


 大ババ様はそう言ってふたりの頭に手を置いた。タマモにはわからないが、「ようやくかぁ」とため息交じりに呟いているため、「常春の招待状」を無事に手に入れたことはわかった。


「おめでとうございます」とアンリともどもに祝福するが、ふたりは「ありがとう」と力なく頷くので精一杯のようだった。


(本当にどこまで追い込んだことやら)


 大ババ様の容赦のなさに少し引き気味になるタマモ。そんなタマモを無視して大ババ様は手を叩き言った。


「さて、それではクリスマスの具体的な話し合いをしようかのぅ。まぁ、積もる話もなんじゃし? 我が家に参られよ。それにそろそろそなたらは眠る時間であろう?」


 大ババ様は踵を返しつつも言った。たしかにそろそろログイン限界時間が迫っていた。本拠地に戻ってからもう一度来ることも可能だが、二度手間になってしまう。であれば、このまま大ババ様の家で泊まらせてもらう方が手間がない。加えてアンリも久しぶりに実家で過ごすことができる。一石二鳥である。


「そうですね。お世話になります。いいですよね、ヒナギクさん、レンさん?」


「「問題なーい」」


 ふたりは返事をするのも億劫なようだった。そんなふたりの姿に苦笑いするタマモ。アンリもまた苦笑いしていた。


「アンリさんもたまには実家に戻ってもいいですよ? お兄さんと積もる話もあるでしょうし」


「よろしいのですか?」


「はい、もちろんです。ボクたちが起きるまで兄妹水入らずで過ごしてきてください」


「……では、お言葉に甘えますね。お兄様にいろいろとお話をしたいこともありますので」


 アンリは笑いながら頷いてくれた。……決してタマモが嫌になって実家に戻るのが嬉しいというわけではないはずだ。


「とにかく、大ババ様の家に向かいましょう」


 タマモの言葉を合図にしたように三人はそれぞれに返事をしてくれた。その返事を聞いて大ババ様は「では、参りますか」と歩き出した。その後を「フィオーレ」の四人は追いかけていく。こうしてヒナギクとレンは無事に「常春の招待状」を得ることができたのだった。

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