13話 時期も時期なので
「──プレゼント?」
呆気に取られた顔でアオイがオウム返しをした。そんなアオイを若干胸を張りながらヒナギクは見つめていた。
「はい、それが私の出した結論ですね」
「……あー、んー」
胸を張るヒナギクを見て、アオイはなんとも言えない顔をしていた。その顔にアッシリアとデューカスは揃って苦笑いをしていた。
なにせいまのアオイの表情は少し前の彼女たちも浮かべていたものだった。だが、それはすでに過去のことである。ふたりはすでにヒナギクの出したアイディアに乗っていた。とはいえ、まだ詰めるところはあるので、案というよりはまだアイディアの段階ではある。
しかしアッシリアもデューカスも悪くはないという結論に至っていた。そのため、ヒナギクを連れて玉座の間にと舞い戻ったのだ。
最初アオイは「忘れ物か?」と戻ってきたヒナギクを見て言った。そんなアオイに「アイディアが思いつきました」と言い放った。その言葉にさすがのアオイも「……はぇ?」と素っ頓狂な声を上げていた。
アオイもまさか別れてすぐにアイディアを出して戻ってくるとは考えてもいなかったのだろう。
その考えてもいなかったことをやらかしたヒナギクは、ふふんと胸を張っていた。それから数分。アオイはなんとも言えない顔をしてヒナギクを見つめている。アオイが思っていることはヒナギクはなんとなく予想できていた。
そしてその予想は現実の物となった。
「……のぅ、ヒナギクよ」
「はい?」
「そなた、ふざけておるか?」
「いいえ、本気です」
「そ、そうか。そう、なのか」
ふぅと深いため息を吐くアオイ。想定通りの反応だなぁと思うヒナギク。「こうなると続く言葉も決まっているよね」とアオイの次の言葉がどうなるかも想像できた。そしてそれはやはり想像通りだった。
「……正直に言うと、少し」
「「少し落胆した」ってところですか?」
「うん? あー、まぁ、そうさな」
ヒナギクに言おうとしていた言葉を先に言われて、若干驚いた顔を浮かべるアオイ。そんなアオイに向かってヒナギクは言い切った。
「まず。「プレゼント」と言っても「誰」に対してなのか。それはもちろんプレイヤー、ではありません」
「む?」
「なにせ、プレイヤーたちもすでに大量にぬいぐるみを持っているでしょう。特別ガチャは三等以上のアイテムがひとつ確定で手に入ります。逆に言えば、ひとつ以外はほぼ三等以下のアイテムになるということです。そのことを踏まえれば、ほぼすべてのプレイヤーは五等のぬいぐるみを複数手に入れていることでしょう。そんなプレイヤーにぬいぐるみを押しつけたところで意味はありません。むしろ嫌がらせにしかならない」
「……うむ」
肘を突きながらアオイは、ヒナギクの話を聞いていた。少なくとも話を聞いてもいい程度には思われたようだった。「まずは第一関門突破だね」とヒナギクは思いながら続けた。
「だからプレゼントするのは、プレイヤーではありません」
「ならば誰とする?」
「NPCです」
「なに?」
「正確にはNPCの子供たちにですね」
「NPCの子供たち、か。しかしいきなりプレゼントと言ってものぅ」
「そちらも大丈夫です。そろそろ時期ということもありますからね」
「時期?」
「ええ。そろそろクリスマスですから」
「もしや、クリスマスプレゼントとして配るつもりかえ?」
「はい」
ヒナギクは頷いた。そう、ヒナギクが思いついたアイディアというのは、クリスマスプレゼントとしてぬいぐるみを配布するということ。それもプレイヤー相手ではなく、NPCの子供相手にである。
これならば、アオイがだぶりにだぶらせた大量のぬいぐるみも処分できるし、プレイヤーたちが死蔵することになるぬいぐるみさえも回収できるかもしれない。
むろん、子供たちの数にも限りはあるので、ひとりひとつでは余る可能性もある。その場合はひとりに対して複数のぬいぐるみをプレゼントすればいい。まぁ、そのままプレゼントするのは問題があるため、いくらかの加工は必要になるだろう。
たとえば、親子ライオンセットとか、兄弟子犬セットなどにすればいい。その場合の加工費については、アオイと相談することになるだろうが、大量のぬいぐるみを処分できるとなれば、さしたる問題ということもなるまい。
そもそもこの「蒼天城」のような巨大な城を抱えるアオイなのだ。その資金力は相当のものがあるだろう。まぁ、その資金力も今回のガチャで相応に消費していたのかもしれないが。それでも「蒼天城」を維持できる程度にはあるはずだ。その維持費からいくらかの持ち出しとなるだろうが、大量の死蔵品をいつまでも抱えているよりかはましだろう。
「……ふむ。ぬいぐるみを大量に放出できるうえに、各重鎮プレイヤーに貸しを作れるかの? どの重鎮もぬいぐるみの処分には頭を抱えていることであろうし」
「ちなみにその重鎮プレイヤーたちもわりと乗り気みたいね。何人かに尋ねてみたけれど、「ぜひに」って返事が来ている。渡りの船ってところみたいよ」
「加えて、隠しステータスであるNPCへの信頼度も稼げるのではないかと考えている模様ですな」
「ふむ。なるほどのぅ」
デューカスの言った信頼度というのは、ステータスには表示されていない隠しステータスと呼ばれる物である。あくまでも信頼度というのはプレイヤーたちが仮に呼称するもので、正式な名称ではない。が、たしかに存在しうるものだと言われている。
その理由としては、それぞれのプレイヤーによってNPCからの反応が著しく異なるということである。
あるプレイヤーには辛辣でも、別のプレイヤーには親密になって接してくれるというNPCが多いのだ。たとえば、大ババ様がタマモに対する態度とそのほかのプレイヤーに対しては大いに異なるということが挙げられる。
もっとも大ババ様は妖狐だったということもあるが、それでもタマモと他のプレイヤーとでは明確に差が生じていることは事実である。
大ババ様以外のNPCにもその信頼度は適用されているが、マスクデータであるため、ステータスには表示されていないが、確実に反映はされているというのが検証班と呼ばれる一部のプレイヤーたちの結論であった。
今回のクリスマスプレゼントはプレイヤーたちの死蔵品となっているぬいぐるみを一気に消費できるうえに、信頼度もそれなりに稼げるようになるのではないかと重鎮プレイヤーたちは考えているようだった。
その重鎮プレイヤーたちにも貸しを作れるし、アオイ自身が望むぬいぐるみを大切にしてくれる者への譲渡という要望も応えられる。加えてNPCへの信頼度も稼げるのだ。その分加工費がいくらか掛かるだろうが、メリットの方がはるかに大きい。はっきりと言えば、ローリスクハイリターンとでも言える状況に持って行けるのだ。やらない理由はない。むしろやる理由の方が大きいだろう。
「……ふむ。悪くないな。むしろ、リスクがほぼないのに、リターンが大きいというのは魅力的じゃな。まぁ、いくらか詰めねばならぬ部分もあるが、それも些事であろうよ。うむ、いいだろう。任せよう」
「それじゃあ」
「ああ、そなたのアイディアを買わせて貰う。加えてもうひとつ依頼をしよう。此度のクリスマスプレゼントの実行委員とでも言うべきかな? その中心をそなたに任せたいがよいかの? 報酬は先のスクロールをもう三本上乗せじゃ」
「別に最初のままでも」
「それはいかん。そなたはすでに相応の結果を出した。だというのに別の働きを求めるのに、元の報酬のままというのは下策であるし、信頼を損なうことになる。それに相応の働きを求めるのであれば、相応の報酬は必要となる。ゆえにスクロールを報酬として差しだすのは当然じゃろう。あとは、こちらにも若干の理由があるが」
「はい?」
「まぁ、それはいい。とにかく受けてくれるな、ヒナギク」
「はい、もちろん」
「ならば契約成立じゃな。しばらくの間よろしく頼むぞ」
アオイは玉座を降りると笑ってヒナギクに手を差しだした。差しだされた手をヒナギクは握り返し、新たな契約、クリスマス実行委員としての契約を交わすことになるのだった。こうしてアオイの暴走から始まったヒナギクへの依頼は新しい局面にと至るのだった。




