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12話 依頼達成のため

「──さぁて、どうしようかなぁ」


 玉座の間を出たヒナギクは「蒼天城」の廊下をアッシリアとデューカスの後を追いかけて出口へと向かっていた。


 依頼を受けたはいいが、どうやって依頼を達成するかという方法が思いつかなかったためである。


「まぁ、すぐに案が出るわけでもない。少し時間を置こう。そうさな、来週にまた来てくれ。そのときまでに案をまとめてくれているとありがたいな」


 アオイはすぐに案が出なかったことに対して、なにも言わなかった。そもそもアオイ自身が思いつかなかったことである。それを依頼を受けたからと言って、すぐに思いつかなかったからとヒナギクを責め立てるつもりはなかったようだ。


 それどころか、案を纏める時間さえくれた。まぁ、依頼が依頼なため、ある意味では当たり前なことではあるのだが、それでも時間を貰えたことは純粋にありがたいことであった。


 だが、時間を貰えてもいまのところ、案どころか、アイディアひとつさえないわけなのだが。


 それでも依頼を受けた以上は全力を尽くす。そうしてヒナギクは現在思考を巡らしている。


「う~ん」


 出口に向かいながらも、ヒナギクは後ろで手を組みながら、廊下の天井を眺めて唸っていた。唸っている理由は、もちろんアオイからの依頼である大量の動物のぬいぐるみたちの処分についてだ。正確には処分というよりかは、ほぼすべてを譲渡しなければならないというとんでもない内容の依頼である。


 もっとも内容がとんでもなくなってしまったのは、ヒナギクがアオイの「投げ売り同然で放置されている動物のぬいぐるみなど見たくない!」という言葉に同意してしまったがためである。


 もし同意さえしなければ、多少は依頼の内容も異なったのかもしれなかった。そうすれば、もう少し依頼の難易度は低かっただろう。


 しかし賽は投げられたのだ。それをなかったことにはできないし、いまさら「たられば」を口にしてもどうしようもないのだ。


 ゆえにいまさら自身の発言に対する後悔の念などはなかった。むしろそんなことをしている暇があれば、現状への打破について思考を巡らす方がいい。それがヒナギクのあり方だった。


 頓着しない。さばさばとしている。酷薄などなど、さまざまな言い方はあれど、ヒナギクのあり方は総じて物の見方が冷静であるということ。そこには余計な感情が付加されることはない。わかりやすく言えば、徹底的なリアリスト。それがヒナギクを表すのに相応しい言葉であろう。


 そんなヒナギクだが、いまは若干悩んではいた。


 普段のヒナギクであれば、大量にある在庫の処分方法は売却ないし廃棄という形を取るのだ。


 感情的に考えると、在庫への思い入れなどがどうしても付加されてしまう。その結果、なかなか片付けが沿革に進まなくなってしまう。それを避けるためにはさっさと廃棄するか売却するのが一番手っ取り早いのだ。

 

 実際レンの部屋の片付けを手伝ったときも、ヒナギクは泣きながら「やめてぇ!」と叫ぶレンの声を無視して、幼なじみがめっきり読まなくなった漫画やプレイしなくなったゲームなどを売却ないし廃棄していった。結果レンの部屋はとてもすっきりとした。


 反面レンは泣き腫れた顔でベッドに腰掛けていたが、所詮些事であるとヒナギクはいまでも思っている。もっともレンからしてみれば、「悪魔め」と呟くほどにいまなお根に持っていることではあるのだが、ヒナギクに取ってみればどこ吹く風である。


 そんなヒナギクの観点からしてみれば、今回のことははっきりと言って無駄なことである。

 譲渡したところで、最終的にはすり切れてぼろぼろになるのは目に見えている。


 たしかに廃棄したり、投げ売りされるよりかは大切にしてもらえるだろうが、最終的に行き着く先は変わらないのだ。であれば、泣こうが騒がれようがさっさと処分するのが一番後腐れのないことである。


 だが、いまやそれはできない。当のヒナギク本人が感情に引っ張られてしまったが故である。


 普段はすることのない後悔が若干頭をよぎる。


 だが、今回ばかりは致し方がない。


 なにせ今回は物が物だけに仕方がないのだ。


(動物のぬいぐるみさんが雨ざらしに遭うなんて耐えられないもんね)


 ヒナギクにとっても今回の依頼はなんとしてでもこなしたいのだ。自分に興味があることに対してだけとレンには言われるかもしれないが、ヒナギクとて人間である。自身に興味があることや好きな物を優遇してしまうのは無理もない。


 ゆえに今回の依頼内容になったことへの後悔はほとんどない。微塵もないとは言い切れないが、今回に関しては致し方がないと納得している。


 納得した以上はどうすれば依頼達成ができるのかということ。いまのところ思いつくことがあまりない。


 一番のネックが譲渡しないといけないということである。しかし譲渡しようにも相手はプレイヤーということになる。


 今回の特別ガチャの外れ枠である動物のぬいぐるみは、ほぼすべてのプレイヤーが持っていることだろう。しかもほぼすべてのプレイヤーが大量に持っていることは明らかだ。


 そんなぬいぐるみを譲渡するなんて無理に決まっている。むしろ逆であれば、いくらでも集まるだろうが、譲渡するとなるととたんに破綻することになってしまう。


「……むぅ」


 ヒナギクは改めて唸る。だが、唸ったところで現実はなにも変わらない。とはいえ思考放棄したところで意味はないのだ。


(どうしたらいいかなぁ?)


 ヒナギクが引き取れても持っていないぬいぐるみくらい。多少は減少するが、ほとんど焼け石に水同然で、さしたる意味はない。


 そのほかのプレイヤーでも物好きな人であれば、持っていないぬいぐるみを引き取ってくれるかもしれないが、全体からしてみればわずかな量である。やはりさしたる意味はなかった。


 どうするべきか。いや、どうしたら大量にぬいぐるみを減らせるのか。


「……むぅ、難しいなぁ」


 これがもしぬいぐるみになにかしらの付加価値があれば、譲渡するのもたやすかったことであろう。たとえば所持数によってアイテムドロップ率の上昇や特定の戦闘においてステータスやスキルにバフがあるかとか。そういうなにかしらの付加価値があれば、譲渡するという形はたやすかった。


 だが、ぬいぐるみには特殊な能力はなにもない。よって付加価値も当然ないのだ。せいぜいあってもシークレット扱いだろう2種類のぬいぐるみくらいか。それにしたってシークレットという程度であって、これと言った能力はなにもない。


「どうしようかなぁ」


 ヒナギクは再び唸る。しかしなにも思い浮かばない。延々と同じことを繰り返しているが、一切の進展はなかった。困ったなぁとヒナギクが思っていると──。


「ヒナギクさん、そろそろ出口だから」


「熱心なのはいいことですが、前方くらいは見た方がよろしいかと」


「あ、ごめんなさい」


 ──前方を歩いていたアッシリアとデューカスに苦笑いされてしまった。考えすぎてしまったなぁ、と思いつつも自分から蒔いた種ではある。だから考え込んでもやりすぎとは思えない。だが、前方くらいは見るべきではある。素直に謝り、前方を見やるとたしかに「蒼天城」の入り口の門が見えていた。


 すっかりと熱中していたんだなぁと思いつつ、アッシリアとデューカスがそれぞれに門を開くようにと指示を出しているのをぼんやりと眺めていると、ふとひとりのPKに目が向いた。

(あの人ってたしか──)


「蒼天城」に入る前にいろいろと注意をしてくれたPKだったはず。たしか弟妹がいるという話をしていたはずである。


「……ん?」


 弟妹という単語にヒナギクは動きを止めた。停滞していた思考が徐々に巡り始め、そして──。


「そうだ!」


 ヒナギクはそれなりに大きな声を上げた。その声にアッシリアとデューカスだけではなく、その場にいたほぼ全員が驚いた顔をしているが、ヒナギクの視界には入っていない。


「これなら問題ない!」


 ヒナギクは若干鼻息を荒くしつつ言った。その言葉にほぼすべてのプレイヤーが驚いた顔をしていたが、アッシリアとデューカスは慌てながらもヒナギクに問いかけていた。


「なにか思いついたの?」


「まさか、早すぎでは?」


「だけど」


 アッシリアもデューカスも困惑しているが、ふたりの困惑をよそにヒナギクは言った。


「はい、思いつきました。これなら問題ないし、もしかしたら他の人のぬいぐるみもどうにかできるかもです」


「え、そんなに?」


「いったい、どうやって」


 アッシリアもデューカスも困惑を通り越して疑問視している。それでもヒナギクは自信を持っていた。


「それはですねぇ」


 ヒナギクは胸を張りつつも、自身が思いついたアイディアを口にするのだった。

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