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11話 シンパシー

「──えっと、とりあえず、確認したいんですけど」


 いままでのことを振り返りつつ、ヒナギクは目の前のなんとも言えない光景を、あまり直視したくない光景を見やっていた。


「確認とな?」


 アオイは玉座に腰掛けながら、手すりに肘をついてヒナギクを見下ろしていた。その姿だけを見ると、尊大そうではある。だが、額にはくっきりと刻み込まれた人の手の痕が、玉座の周囲にはファンシーな動物のぬいぐるみに囲まれていた。それでもなお尊大そうに振る舞おうとしている姿を見ていると、これはロールプレイではなく、素での反応なんだろうなぁとヒナギクは思った。


(まぁ、アオイさんらしいかな?)


 尊大そうなのは実にアオイらしいことだ。そもそも一人称が「我」なのだから、その時点尊大そうなのは当たり前と言ってもいい。


 そんなアオイにそばに控えていたアッシリアが若干剣呑そうな光を宿す目で見つめていた。その視線にびくんとアオイの体が震えるが、それでもアオイは体を震わせながらもヒナギクを見下ろしていた。


「……確認ですけど、そのぬいぐるみさんたちをどうしたいですか?」


「どう、したいとは?」


 アオイは首を傾げながら、膝の上に乗せている金色の毛並みの狐のぬいぐるみを撫でていた。まるでアニメやゲームなどの裏組織のボスがペットを撫でながら部下の話を聞いているような構図だなぁとヒナギクは思ってしまった。


 もっとも撫でているのがペットではなく、狐のぬいぐるみであり、撫でているアオイの口元が若干だらしなくなっているのがなんとも残念ではあるが、それもまたアオイらしいことだと思うヒナギク。


 しかし当のアオイはヒナギクに残念な人扱いされているとは、まったく考えていないようで淡々とした口調でヒナギクの言葉の意味を確かめようとしていた。ヒナギクは右手の指を三本立てながら説明を始めた。


「ひとつめ。ぬいぐるみさんたちをどう処分するのかってこと。ふたつめはどれを処分して、どれを残すかってこと。最後はどれくらいまで処分するのかってことです。なんの指標もなしにこれだけのぬいぐるみさんたちを片付けるというのは無理があります。なので、アオイさんの要望を先に聞きたいんですけど」


「そうさのぅ。とりあえず、すべてを処分するというのは勘弁してほしいのぅ。どれもこれも我が必死になって手に入れた逸品であるからして、すべてを処分してほしくはないのじゃ」


「ふむふむ」


「その処分の方法にしても、捨てるというのは心が痛む。なにせこんなにも愛らしいぬいぐるみを捨てるなどというのは見ておられぬ! むしろなにも考えずに捨てられるのは、ただの外道鬼畜の行いよ! 我は外道鬼畜に堕ちるつもりはない!」


「……はぁ」


 アオイが目を見開いて熱弁を始める。その熱量にアッシリアが頭を抱えている。いや、頭を抱えているのはアッシリアだけではなく、アオイ以外の「蒼天」所属のプレイヤーすべてが頭を抱えているようだ。


 いくら好きでも限度はある。そんなことはヒナギクに言われなくても、アオイはわかっていることだろう。それでも、その熱を抑えることはできないようである。ヒナギクとしては同意することだが、現時点でそれを言ってもマイノリティーでしかないことは明らかなので、あえてなにも言わないが、心の中では「わかりますよ、アオイさん」と頷いていた。ただそのことはアッシリアには見通されているようで、アッシリアは余計に頭を抱え込んでいたが、その姿はヒナギクの視界には入らなかった。


「つまり捨てる以外の方法で処分ってことですね?」


「うむ。できれば譲渡という形が望ましいな。売却では、投げ売りにされる可能性が非常に高いし、いくら愛らしくともなんの効果もないぬいぐるみでは、二束三文にもならぬであろうよ。そんな二束三文以下の物品の扱いなど決まっている。そんな扱いをされるなど、この子たちがかわいそうであろう」


 手を強く握りしめながら、怒りに震えるアオイ。どうやら自分で言った光景を想像して、怒り狂うのを堪えているようである。端から見れば、なにやっているんだろう、この人という風にしか見えないだろう。


 しかしヒナギクにとっては共感できることなのだ。


 たしかに売却という形が一番後腐れのないことだ。


 だが、売却するということは、売却した後はこちらの意思を挟むことが一切できなくなるということでもある。


 売却とは、金銭を以て所有権を放棄し、所有権を相手に譲渡するということである。所有権を譲渡するのだから、こちらの意思はすべて無視されてしまう。たとえ元の所有者から見て非情と思えるような扱いを受けていたとしても、そのことに抗議することはできない。所有権はすでに自分にはなく、売却した側にあるのだ。ゆえに抗議などはできない。


 しかも今回の場合は命あるものではなく、ぬいぐるみである。もっと言えば、ただの物だ。高価な貴重品ではなく、二束三文にしかならない大量生産品。そんな物の扱いがどうなるのかなんて考えるまでもないことである。最終的に雨ざらしになるのは目に見えている。そうなる前に買い取り手が現れればいい。


 だが、買い取り手が現れなければ、最終的に行き着く先は変わらないのだ。そのうえ今回は物量が物量である。売却するにしても、これだけの量を一気に買い取れる者はそうそういない。仮にいたとしたら、相当酔狂な人物ということになってしまう。


「ゆえに売却は最終手段ということにしていただきたい。できれば譲渡という形で処分を願いたい」


「……わかりました。考慮しますね」


「すまぬな」


「いえ、気持ちはわかりますから」


「……そうか」


「はい」


 短いやりとりだったが、そのやりとりだけでヒナギクの心とアオイの心は繋がり合った。お互いにお互いの意思を理解し合えたのだ。まさにシンパシーである。だが、そんなふたりのやりとりを見て、アッシリア他の「蒼天」メンバーは絶句しているわけだが、そんな他のプレイヤーたちのことなどすでにふたりには見えていない。


「そしてどれを残すかだが、できれば全種類ひとつずつは残しておきたい。特にこの金色の狐のぬいぐるみだけは絶対に手元に残す! あとは銀色の狼のぬいぐるみも残しておきたい。このふたつはシークレット扱いのようなのでな。譲渡したくはない」


「なるほど」


 アオイは目を見開いて強く言い切りながら、膝の上の金色の狐のぬいぐるみをなで回していた。アオイの言うように動物のぬいぐるみは金色の狐と銀色の狼のぬいぐるみはシークレットのようであり、ほかのぬいぐるみとは違い、アオイもひとつずつしか入手できていないようだ。それ以外のぬいぐるみだと多い物だと10個近くはだぶっている。どれだけガチャを回したのだろうかと若干怖くなるが、気持ちはわからなくもないので強く言うつもりはない。

「つまりシークレットのふたつを含んだ全種類をひとつずつ確保した上で、残りはできれば譲渡という形で処分したってことでいいですか?」


「うむ。それが我からの要望である。頼めるか、ヒナギクよ」


 胸を張って強い光を宿したまなざしを向けるアオイ。そんなアオイのまなざしを一身に受けたヒナギクは一呼吸置いてから頷いた。


「できる限りのことをします」


「そうか、ありがとう」


「いえ、こういうときはお互い様ですから」


「そうか。助かるよ」


「いえ」


 ヒナギクとアオイは穏やかに笑い合った。その姿は長年の友であるかのように見えた。ただわかり合った内容が動物のぬいぐるみというファンシーな物品を通してなのが、なんとも残念である。が、そのことを指摘できるものは誰もいない。


 アッシリアとてもうなにも言えなくなっているのだ。むしろ好きにさせてしまっているので、この二人の暴走を止める者は誰もいない。


 誰にも止められないまま、アオイとヒナギクは依頼についての細かな打ち合わせを初めて行く。そんなふたりをアッシリアたちは黙って見守ることしかできずにいた。


 こうしてヒナギクはアオイの、いや、「蒼天」からのなんとも残念だが、切実な依頼を受けることになったのだった。

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