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10話 中枢へ

「蒼天城」の中をアッシリアとデューカスの後を追う形で進んでいくヒナギク。


 その視線はあちらこちらへと向けられ、城の通路にある絵画や鎧などの調度品を見ていた。「おぉー」とか「へぇー」などの感嘆した声から「え?」や「……うわっ」などの戸惑いや若干引いた声も上がっている。


 ちなみに感嘆したものは大抵がアッシリアの選んだ絵画などである。中にはデューカスの選んだものもあるが、絵画などは大抵アッシリアが選んでいた。


 逆に戸惑いや若干引いた反応のものはデューカスの選んだ鎧や剣などである。装備品ではなく、あくまでも調度品のため、戦闘には使えないものばかりだ。


 アッシリアの選んだ絵画、デューカスの選んだ鎧や剣などはそれぞれの趣味がこれでもかと反映されていた。


 アッシリアの選んだ絵画は、和風テイストのものが多い。和食好きなアッシリアだが、その趣味もまた和風であるのだ。ラバーストラップやハンカチなどの小物は大抵浮世絵などが描かれている。さすがに服までは和風ではないが、家では和柄の服を着ているほどだ。そんなアッシリアが選んだ絵画は、浮世絵を想わせる和風のものだった。


 ヨーロピアンテイストな「蒼天城」にはまったく合わないが、それでもアッシリアが選んだのだと思うと、自然と感嘆としている自分がいることにヒナギクは気づいていた。


(どれだけ莉亜さんが好きなんだろう、私)


 ヒナギクにとって憧れの女性の片割れであるアッシリアこと秋山莉亜が好きな物であれば、自然と目で追ってしまうのだ。目で追うたびに「さすが莉亜さんだ」と思うのだ。そんな自身を顧みれば、どれだけ莉亜に憧れているんだろうと思わずにはいられないものの、そんな自分が決して嫌ではないのだから困ったものだ。中にはやや形容としがたい赤と黒の絵の具を交互に延々と塗り固められたものもあるが、芸術作品っぽいとしかヒナギクには言えなかった。


 対してデューカスが選んだ鎧や剣は、一言で言えば悪趣味である。禍々しい形状をした柄の中央に目玉がある剣だったり、苦渋に満ちた顔を象ったフルフェイスの兜、鮮血に染まった鎧など悪趣味の極みとも言えるような、RPGの魔王が棲む城にありそうなものばかり、どれもがいまにも動き出したり、呪われた装備のようにも見える。中には和風の甲冑もあるのだが、それまでの呪いの装備じみたものを見ていると、その甲冑も曰く付きのものではないかと思わずにはいられない。


 そんな様々な調度品が至る所に飾られている「蒼天城」の中をヒナギクは歩いていた。「蒼天城」自体は洋風の城である。が、ところどころに腹に一物を抱えていそうなプレイヤーがいるため、決して安全な城とは言えない。


 とはいえ、それも致し方がない。「蒼天城」はアッシリアたち曰く、PKたちの一大拠点である。そしてその主は「銀髪の魔王」と本格的に名乗り始めたアオイなのだ。そのアオイが率いるクランは現時点における最強のクランである「蒼天」だった。その「蒼天」の拠点であるからこそ「蒼天城」らしい。


 アッシリアは「そのまんまだけどね」と苦笑いしていたが、実際その通りなのだから、ヒナギクもフォローのしようがなかった。


 その「蒼天城」の中をアッシリアとデューカスのふたりの後を追う形で練り歩くことになるとは考えてもいなかった。


 そもそもなんで「蒼天城」にいるのか。それはアッシリアの「依頼」を受けるためである。

 アッシリアの「依頼」は、現在「蒼天」内で起きている重大な「問題」をともに解決してほしいというもの。


 その「問題」がなんなのかはまだ説明されてはいない。が、その「問題」を解決した場合、ヒナギクの望みを叶えてくれることになっていた。そのためにヒナギクはこうして「蒼天城」に来ているのだ。


 すべてはヒナギクの望みを叶えるためにである。


(まるでサンタさんみたいだ)


 ヒナギクの望みを叶えてくれると言うと、まるでアッシリアがサンタクロースのように感じられる。


 さすがにもうサンタクロースを信じてはいない。


 もっとも数年前までは信じていたことも事実であるため、あまり強く言えないわけなのだが、いまはいいだろう。


「……ヒナギク殿、ひとつよろしいですかな?」


 不意にデューカスが口を開いた。歩きながらではあるが、わずかに顔をこちらに向けている。ヒナギクを見つめる視線は、若干妖しくはあるが、基本的には穏やかな目をしていた。ただその穏やかささえも覆い尽くすような疲れがその顔にはあった。もっとも疲れているというのであれば、デューカスだけではなく、「蒼天」内にいるPKたちはみな一様に疲れた顔をしているのだが、いったいどうしたことなのだろうか。


「え? あ、はい」


「この時期に明空殿、いえ、アッシリア殿がお呼びしたことはいいのですが、いえ、大変ありがたいことではあります。ただ、なぜヒナギク殿なのかということが気に掛かりましてな」


「なぜ、と言いますと?」


「別にヒナギク殿でなくてもよかったのでは? と思ったのですよ。アッシリア殿はいまや「蒼天」所属のプレイヤーですが、以前は「ザ・ジャスティス」のマスターであったわけですし、当然顔は広いわけです。さすがにPKKたちを呼ぶことはできずとも、ほかの知り合いを選ぶことはできたわけです。その知り合いは当然ベータテスターの中でも重鎮クラスになる。なのにアッシリア殿が選ばれたのは、ベータテスターではなく、初期組のあなたです。いったいどういう繋がりでそうなったのかと少し不思議に思いましてな」


 デューカスはヒナギクを見つめながら言った。その言葉になんて返事をすればいいのか、一瞬ヒナギクは迷った。素直にリアルでの知り合いだからと言えばいいのだが、「蒼天城」に来る前にアッシリアからは「リアルでの知り合いであることは言わないように」と釘を刺されていた。


 なぜ釘を刺されたのかはいまいちわからないが、アッシリアが言うなと言うのであれば、その指示には素直に従っておくべきだった。


「……えっと」


「あぁ、答えにくいことでしたなら、別に答えずとも」


 デューカスはヒナギクの反応を見て、答えづらいことだと考えたのか、両手をこちらに向けて答えづらいことであれば、口にしなくてもいいと言ってくれた。見た目は若干、いや、大いに怪しいが、根は優しい人なのかもしれないとヒナギクが思ったのと同時に、それまで黙っていたアッシリアが口を開いた。


「……「武闘大会」で、ヒナギクさんがかわいいものが好きだと聞いたからですよ。宵空、いえ、デューカス殿も知っておいででしょうけど、私と姫がこの子たちのクランの手伝いをしていたでしょう? そのときにヒナギクさんがかわいいものが好きだということを知ったのです。かわいいもの好きであれば、今回の「問題」解決にはうってつけでしょう?」


「ふむ。なるほど。ですが、動機としてはいささか」


「私も本来であれば、ベータテスターの中でも重鎮クラスに手助けを依頼するつもりでしたが、どうにも反応が芳しくなかったのですよ。内容が内容でしたから無理もないんでしょうけども」


「……あぁ、それはたしかに。しかしいくらかわいい好きであっても、あれは」


 デューカスが若干頭を痛そうに押さえている。アッシリアもまた「そうですねぇ」とため息を吐くほどだ。


 いったいどういうことなのかがまるでわからない。


 わかるのは、アッシリアがヒナギクに助け船を出してくれたということ。その証拠にアッシリアは憂いているような表情を浮かべつつ、ヒナギクを見てわずかに笑っていた。その笑顔にヒナギクの胸が少し高鳴った。


「まぁ、とにかく、いまは数を捌くことが重要でしょう? その点彼女が所属するクランはあの「フィオーレ」ですから。「問題」解決の一助どころか、「問題」を解決してくれる可能性だってありますし」


「ふむ。たしかにそうですな。ヒナギク殿、いえ、「フィオーレ」方の影響力に期待するとしましょうか」


 デューカスとアッシリアの言いたい意味はいまいちわからない。だが、「フィオーレ」になにかしら期待していることは理解できた。


 いったいなにをさせられるんだろうと若干恐怖を覚えつつも、ヒナギクはふたりの後を追い、「蒼天城」の中枢への道を進んでいき、そして──。


「……うわぁ」


 ──百人は軽く入りそうなほどの広さの玉座の間と、その玉座の間を埋め尽くすほどの動物のぬいぐるみ、そしてそのぬいぐるみに囲まれて至福の表情を浮かべるアオイと対面し、ヒナギクはなんとも言えない声を上げることになったのだった。

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