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8話 この従姉妹どもは(byアッシリア

 胸が高鳴っていた。


 自分でもどうかなと思うほどの高鳴りがある。


 だが、それも仕方がないとも思えていた。


 なにせ、ずっと会いたかった人だ。


 ずっと会うことを望んでいた人だった。


 でも、なかなかタイミングが合わなかったため、最初に会ったとき以来、子供の頃に会ったっきりだった人。


 ヒナギク──天海希望が憧れ続けている人。それがまりも姉様である。


 まりも姉様は優れた人だ。


 文武両道かつ人品は言うまでもなく、その思考は神算鬼謀そのもの。ヒナギク程度の考えなど一瞬で読み取ってしまう人だ。憧れの人ではあるが、その点だけを言えば少し恐ろしくある。だが、それより一層ヒナギクの憧れを加速させてくれる。


 体はやや小柄だが、とても整った見目をしていて、その様はまるで人形のように美しい。立てば芍薬~と言うが、それはまりも姉様にこそ相応しいものであるとヒナギクは自信をもって言える。


 そんなまりも姉様にヒナギクは常日頃から会いたいと願っていた。子供の頃からずっと憧れて、大好きな人なのだから会いたいと思うのは当然のことだ。


 そんなまりも姉様が「エターナルカイザーオンライン」をプレイしている。だが、最前線の攻略組であるようで、「アルト」には来られないとのこと。掲示板の情報によれば、最前線は現在エリア5のあたりのようだ。


 あくまでもエリア5に到達しただけで、連戦はまだできないようであるが、正式リリースからまだ数ヶ月。せいぜい百数十日程度でアルトから5つ先のエリアまで到達しているのだから、攻略組の熱量に関しては脱帽である。その攻略組の一角にまりも姉様がいるというのであれば、なおさらだが。


 もっとも攻略組がのめりこむのもわかるのだ。かく言うヒナギクにしても、幼なじみであるレンに誘われたから始めたのだが、数ヶ月経ってもなお、やめようとは思わない。あいにく学校があるため、昼間のログインはできていないが、学校がなければ日中でもログインしたいほどには、ヒナギクはこのゲームにのめりこんでいる。


 VRMMOというものに触れるのはこれが初めてということもある。普通のMMOであれば、やはりレンに誘われていくらかプレイしたことはあった。だが、このゲームほどにはのめり込むことはなかった。


 というのもすでにリリースされて数年が経っていたゲームであったからか、攻略され尽くされているうえ、PKもそれなりに幅を利かせていて、安全にプレイすることがやや難しかった。PK対策として大規模なクランに加入することがプレイヤー間では推奨されていたが、そのためにクランに加入する条件としてLV100以上とか、メインシナリオ全踏破などの大変厳しいものばかり、中には初心者を救済するためのクランもいくらか存在していたが、そういったクランは弱小~中堅あたりのクランであって、PK対策にはやや弱かった。

 

 その分攻略され尽くされていることが影響して、攻略情報を集めることはたやすかった。が、その攻略を集めるための掲示板も初めてMMOに触れるプレイヤーにはなかなかに厳しかった。ネットマナーはもちろん、その掲示板ごとに必須のマナー等もあり、そしてそれらはすべて自分で調べて実践するのが当たり前という風潮があり、下手な投稿をすると一斉に叩き始めるという、なんとも利用しづらいものだった。


 ゲーム自体はオーソドックスな西洋系のファンタジーもので、それなりに面白くはあったが、上述した問題によってヒナギクは早々にプレイしなくなってしまった。レンは誘った手前、ある程度はプレイしていたようだが、シナリオ途中で小規模なレイドボスとの戦闘に勝てずにやめてしまった。正確にはレイドボスと戦闘可能となる一定人数まで参加するプレイヤーが集まらず、それ以上のプレイが続行不可となったのだ。


 そのときのレンはソロプレイヤーだったが、ソロプレイヤーではレイドボスと戦闘することはできなかった。かといって野良パーティーを募集しても、参加者は集まることはなかった。基本的にレイドボスは複数のクランが集まって戦闘するものであり、クランに加入していなかったレンには参加条件を満たすことができなかった。


 かといってそのときにはレンはすでに初心者の域は逸脱しており、初心者救済のクランに加入することもできなかった。それ以外のクランもたいていはクラン同士の繋がりがあるため、それぞれのクランのマスターの紹介状がないと加入するどころか、門前払いを食らう始末だった。


 そんな理不尽すぎるゲームだったが、ゲーム自体は面白かったのだ。面白かったが、プレイするための条件がいろいろと厳しすぎたため、レンとヒナギクだけではなく、新規のプレイヤーはなかなか増えず、そのうえ攻略され尽くされていたこともあり、徐々に過疎化していき、ついにはサービス終了を迎えることになったのだ。サービス終了時にログインしていたプレイヤーはほんのわずかであり、最盛期を思うとなんとも物悲しいものだったようだ。


 そんなMMOをプレイしていたこともあり、ヒナギクは当初「EKO」をプレイすることに消極的だった。


 あのゲームみたいなことになったらと思うと、どうにもプレイする意欲がわかなかったのだ。


 だが、いざプレイしてみると、負のイメージは一気に払拭された。


 いまのところ、クラン加入が必須なイベント戦闘もなく、そのクランに加入するのもマスターの一存だけで加入条件が厳しいわけでもない。


 プレイヤー間の関係も懐疑的だったり、罵倒や罵声が飛び交う険悪だったりなどということはない。中にはそういうプレイヤーたちもいるが、それは全体からみれば、ほんのわずかという程度のこと。


 ほとんどのプレイヤーは他者を尊重しているし、新規のプレイヤーに丁寧に接している。中にはヒナギクたちがプレイしていたMMOに手を出し、早々にやめてしまったというプレイヤーもいた。その手のプレイヤーに会うと、「面白かったんだけど、民度がねぇ」とため息をともに吐き合うことになる。


 ヒナギク自身、あのゲームは面白かった。ただ面白さ以上に面倒かつ民度の低さに辟易することが多かったのだ。


 そんなゲームと比べて「EKO」には面倒さはない。まぁ、肝心の「EK」を成長や各種システム周りにはツッコみたいことが多々ある物の、「そういうシステムなんだしなぁ」と思えばそこまで不満はない。


 なによりもVRだからこその臨場感がたまらない。特に食事関係は実際に食事をしているのではないかと思うほどにリアルである。ヒナギク自身お年頃なため、女性にとって最大の秘密とも言える体重。その体重を一切気にすることなく、食事ができるというのはヒナギクにとっては画期的としか言いようがない。


 むろん食事だけではなく、戦闘だって本当に命のやりとりをしているかのように感じられた。実際に命のやりとりをしたことはヒナギクにはないが、背中を伝う汗や体に走る痛みなどはリアルそのものだった。


 そんな経験をさせてくれる「EKO」にヒナギクはどんどんとのめり込んでいった。その「EKO」を憧れのまりも姉様もプレイしているのだ。より一層にのめり込むのはもはや必定だった。


 だが、まりも姉様は攻略組。初期の街でのんびりプレイをしているヒナギクにははるかの雲の上にいるようなものだ。


 ゆえにゲーム内で出会うことはほぼできないと諦めていたのだ。


 だが、そこに救世主が現れた。


 それがまりも姉様の親友であり幼なじみであるアリアこと秋山莉亜のアバターであるアッシリアだ。


 アッシリアを介してであれば、まりも姉様と会うことは可能だろう。なにせふたりは親友である。当然フレンド登録はしてあるはず。となれば、だ。アッシリアに頼み込んでまりも姉様のところに連れて行ってもらうことも可能ということだ。いや、むしろそれ以外にまりも姉様と会う手段などヒナギクにはないのだ。


「お願いです。アッシリアさん。まりも姉様とお会いさせてください!」


 ヒナギクは渾身の土下座をアッシリアに向かって行った。それはかつてタマモが農業ギルドのマスターと受付チーフであるリィンの前で行ったジャンピング土下座そのものであった。遠縁の親戚ゆえに血のつながりなど、ほぼわずかと言ってもいいほどなのだが、その様子を見る者が見れば、「ああ、血のつながりを感じる」と言わざるをえない。さすが従姉妹同士だと言ってもいい。


 そんな従姉妹同士であるヒナギクとタマモをよく知るアッシリアが「本当にこの従姉妹どもは」と内心で頭を抱えていたことは言うまでもない。


 タマモは言うまでもなく残念な存在だが、それは従妹であるヒナギクにも言えることなのである。


 二人揃って見た目は文句なしなのだが、中身が揃って残念であるのだ。そんな残念すぎる従姉妹たちの姿を思い浮かべながら、アッシリアが深いため息を吐いたのは言うまでもないことであった。


 だが、ヒナギクはアッシリアが現在進行形で精神的なダメージを負っていることには気づかず、土下座を敢行していた。膝の痛みがあるはずなのに、その痛みをまるで表に出さない姿はなぜか神聖ささえ感じてしまう。


 しかし、ヒナギクが考えていることは「まりも姉様ぁぁぁぁぁぁ!」である。その様はどこかのPKKのクランのマスターのようであるが、方向性は異なる。ヒナギクは憧れを含めた「LIKE」であるのに対し、あちらはなかなかに危険な方向の「LOVE」である。同じ好きであっても方向性はある意味真逆であった。


 もっともそのことを知らないヒナギクにとっては、自分同様に同じ人物に対して憧れを向ける存在がいることなど露にも考えていなかった。そしてその人物のことをよく知っているアッシリアにとっては、悩みの種がまたひとつ増えたようなものである。


 お腹が痛くなる新しい案件の発生にアッシリアが辟易していることを知らずに、ヒナギクはただ土下座をし続けたのだ。すべては──。


「まりも姉様と再会するために!」


 ──憧れの人であるまりも姉様との再会のためである。そんなヒナギクの心情をあっさりと読み取ったアッシリアは再び深いため息を吐いてから、重たい口を開いていった。

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