3話 物欲センサーは怖いです
「我、ガチャろうと思う」
それは唐突に始まった。
「……は?」
アッシリアは思わず聞き返していた。
本当に唐突な話だったのだ。
ログインして、「蒼天」の自室から出ていつものようにアオイの元に参じてすぐ。玉座の間でくつろいでいたアオイとあいさつを交わしてからすぐ、ほぼ開口一番でアオイが口にしたのがその発言だったのだ。
「……えっと、事情を説明してもらえる?」
「ガチャがある。ならば引かずにはいられまい?」
ふふん、と胸を張りつつ、アオイはみずからの玉座に腰掛けながら扇子を仰いでいた。
特に暑いわけでもない。単に尊大さを出すためのアピールでしかない。
だが、その狙いは的確である。
アオイが座る玉座の周囲には「蒼天」のメンバーであるPKKたちがいる。
PKKたちは壁沿いに直立不動しながら、中央の玉座に座るアオイの守護をしているようだ。もっともアオイを守れるほどの実力が彼らにあるわけではないのだが、それでも守護をしようとするほどに、彼らは心酔しているような表情でアオイを見上げていた。
たしかにアオイにはカリスマ性がある。
幼なじみであるタマモにもカリスマ性はあるが、タマモとはまるで違うタイプのカリスマだった。
タマモの場合は、皆が自然とその背中を追ってしまうもの。たとえ中には折り合いが悪い者同士でも自然と手と手を取り合えるものだ。いわば、物語にある勇者のようなカリスマ性だ。
アオイの場合は、皆に頭を垂れ下げてしまうもの。そこには相手の意思は関係なく、アオイ自身が放つ強者の雰囲気ゆえに強制的に従わせるものだ。いわば、物語にある魔王のようなカリスマ性だった。
現時点では実力伯仲とは、とてもではないが言えないふたりだが、対極的な違いがあった。それこそまるでいずれは争い合う宿命であるかのように。
(まぁ、まかり間違ってもそんなことにはなりそうにないのだけど)
なにせアオイはタマモにぞっこんである。……かなり特殊な形ではあるが、アオイがタマモ一筋なことには変わりないのだ。
その特殊性が現実的な形にならなければ、ふたりの関係が悪化することはそうそうありえないだろう。
そのありえないことをしでかしてしまいそうなのが、アオイでもあるわけなのだが、それ以上のことを考えるのをアッシリアはやめた。
いまはとりあえずアオイに例の発言に対する理由を教えて貰うべきだろう。
「……とりあえず、事情を詳しく教えて貰える? 正直あなたがなにを言っているのか、さっぱりとわからないの」
「う、うむ。話す。話しますからとりあえず顔から手を離してください、お願いします」
「……あら?」
少し前までは玉座の下に、アオイを見上げられる場所にいたわけはずだったのだが、気づいたときにはアオイの顔が目の前にあった。
いや、アオイの顔面、正確には額を掴んでいた。
アオイは顔面蒼白で体を震わせている。
よく見れば、周囲のPKKたちも体を震わせていた。まるで生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えつつ、隣同士でしがみつき合っていた。
「……いつの間に」
「いや、いつの間にって、いきなり顔を掴んできたんじゃ、いや、掴んでこられたんですけど」
「それはごめんなさいね? あまりにも頭が痛くなる発言でちょっとイラッと来たの」
「ちょ、ちょっと?」
「それがなにか?」
「なんでもありません!」
「そう、ならいいけど」
とりあえず、このままだと話しづらいのでアッシリアはアオイの顔から手を離した。見ればアオイの額には指の痕がくっきりと残っている。ここ最近はアオイのオシオキにとアイアンクローを仕掛けているため、すっかりとアオイの額を掴むことに馴れてきているが、痕が残るほどなのは珍しいなと自分でも思ってしまった。
当のアオイは「し、死ぬかと思った」と体を震わせているが、アッシリアはあえて無視していた。
「それで? ガチャってなんのことよ? アバターを作製したときのはもう終わっているでしょう?」
「お知らせを見ておらんのか?」
「お知らせ?」
「うむ。そこの」
「は。こちらとなります」
アオイがPKKたちのひとりを見やる。そのPKKは短い返事をしてからアッシリアの元へと来ると、件の「お知らせ」を表示させていた。その内容を一通り読んでから「なるほど」とアッシリアは頷いていた。
「……私はまだガチャチケットを貰っていないけれど」
「自身のお知らせを読んでからでないと貰えぬ仕様のようだ」
「なるほど。……うん、これね」
言われてすぐに自身のメニューウインドウを開き、先ほど確認したお知らせを開くと、「10連ガチャチケット」が手のひらに現れた。それを見てアオイは満足げに頷いた。
「それでガチャをしようというわけ?」
「うむ。狙いは」
「スキルスクロールね。どういうスキルがあるかは知らないけれど、無償でスキルが得られるのはお得だもの」
特等のスキルスクロールはどのプレイヤーでも喉から手が出るほどに欲しがるものだろう。事実、アッシリアもスクロールの内容はわからなくても無償でスキル追加はおいしいと思っていた。それはアオイとて同じだと思っていたのだが、アオイはアッシリアの予想を斜め上であった。
「た・わ・け・が! いつ誰がそんなものを欲しいと言うた!? 我が狙うは5等のみ!」
くわっと目を見開きながら叫ぶアオイ。その様はタマモの付き合いで見た、アッシリアが生まれる前に放送されていた某機動戦士シリーズの格闘ものの主人公の師匠の台詞のようであった。PKKたちの中にはリアルタイムで見ていたものもいたのだろうか、「し、師匠だ」と呟くものもいたが、そんなことはアッシリアにはどうでもいいのだ。
「……5等って、誰も狙わなくない? むしろ残念賞でしょう?」
「わかっちゃいない! 貴様は我のことなどなにもわかっちゃいない! 我にとっては5等こそが特等である! かわいらしい動物のぬいぐるみ以上に欲しいものなどなにもない! ぬいぐるみに比べたら、スキルスクロールなど、ただのちり紙にすぎぬ!」
再度目を見開いて叫ぶアオイ。その様にはもはや熱意を通り越して、魂さえ宿っているように感じられた。
そんなアオイを面倒くさいと思いつつも、とりあえずアオイの狙いは理解できたアッシリアは「5等が出るまで付き合えばいいんでしょう」とため息を吐いた。もっとも5等なんて10連を一度でも引けば、ゴロゴロ出るはずだから特に苦労することもないだろうと思っていた。それが間違いだとわかるまでに時間はさほど掛からなかったのだが。
「それでは1回目じゃ!」
アオイは手に持ったチケットを使用した。アッシリアは「まぁ、これで終わりでしょう」と楽観視していた。だが、抽選結果が表示されるとアオイは天を仰ぎ、「なぜだ?」と拳を強く握りしめた。なにがあったのだろうとアッシリアはアオイの隣に回り、抽選結果を見て唖然となった。
「……なに、これ、チート?」
抽選結果を見てアッシリアが漏らしたのはその一言である。抽選結果はすべて特等のスキルスクロールのみだった。チートと言いたくなるのは無理もない。
だが、信じられないことだが、チートではない。10連で3等以上がひとつは確定されている。それがすべて3等以上になることもありえなくはない。
だが、今回の場合は3等を通り越して特等に至ってしまっているのだが、それとてありえなくはないのだ。その確率は天文学的な数字になるだろうが、ありえなくはない。しかし、そうそう起こることではない。そう、簡単に起こりえることではないはずなのだが、その起こりえるはずのないことが現実に起きていたのだ。アッシリアがチートと言ってしまうのも無理もないことであった。
「我はこんなものが欲しいわけじゃない! 我が欲しいのはこんなものではないのだ!」
手のひらに爪が食い込むほどに強く握りしめながら叫ぶアオイ。その姿に「この子もこじらせているなぁ」と思いつつも、「つ、次で出るんじゃない?」と落ち着けさせに行くアッシリア。それが間違いだったと後悔することをこのときのアッシリアは知らない。
「う、うむ! 次は、次こそはぬいぐるみじゃぁぁぁぁ!」
アオイは叫びながら10チケットを購入した。そうして購入した10連チケットで出たのはもたもや10個のスキルスクロールだったのは言うまでもない。その後目的のぬいるみが出るまで200連掛かったのだが、そのことをこのときのアッシリアは知るよしもなかった。こうして10連ガチャは各所で波乱を呼ぶことになったのだった。




