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1話 好きなものにも限度があります

 好きなもの。


 それは誰にだってあるものだ。


 人によって好きなものという定義には違いがある。


 たとえば、食べ物。


 肉が好きな人もいれば、野菜が好きな人、魚が好きな人もいる。反対にそれらが苦手な人もいる。


 同じ好きであっても脂身たっぷりな肉が好きな人もいれば、あっさりとした赤身肉が好きな人もいる。


 好きなものというのは、人によって様々である。


 人の数だけ好きなものには差異がある。


 だが、どんなに好きであったとしても、目の前に数えるのも嫌になるくらいに存在していたらどういう反応を示すのかは、大概の人は同じことになるだろう。


「……うわぁ」


「……これはまた」


 ヒナギクとアッシリアはそれぞれに頬を引きつらせていた。


 ヒナギクもアッシリアもどうにか声を出してはいるが、一言言うので精一杯でそれ以上は言葉を詰まらせていた。


 彼女たちが言葉を詰まらせ、頬を引きつらせているのにはわけがあった。


「……まぁ、その、なんだ。用件は見てわかると思うのだがのぅ」


 彼女たちの目の前には手を組んで神妙な顔をして思考しているアオイがいた。アオイの周りにはデフォルメされた動物のぬいぐるみが山のように積まれていた。アオイの膝の上にはデフォルメされた狐のぬいぐるみがちょこんと乗っているのだが、そのことについてはあえて触れまい。


 問題は別に存在しているのだ。


「単刀直入に聞きたい。これ、どうしたらいいの、我?」


 アオイは神妙そうな顔をしつつ、口元はだらしなく緩みきっていた。緩みきった口元のまま、困り果てた人が言うようなことを口にしていた。


「……困っているようには見えないんだけど?」


「なにを言うか、ヒナギクよ。我はほとほと困っておるのだぞ?」


「でも、明らかに嬉しそうだよ?」


「嬉しくないわけがなかろう!? だが、物には限度というものがあるのだ!」


 くわっと目を見開きつつ叫ぶアオイ。叫びつつも膝の上にある狐のぬいぐるみを撫でるという、怒るのか撫でるのか、どちらかにした方がいいのではないかと言いたくなるようなことを彼女はしているのだが、あえてそのことをヒナギクは指摘しなかった。


 アオイの趣味がかわいいものが大好きだということは、タマモとのやりとりでなんとなく知ってはいた。だが、ここまでファンシー気味だったとは想定外だった。ヒナギクの趣味もファンシー系ではあるのだが、アオイのそれはヒナギクの限度を遙かに超過しているようだ。

 が、目の前の光景だけは当のアオイにとっても想定外だったようだ。


「……なぜ、欲しいものはなかなか手に入らぬくせに、一度手に入ると次々に手に入ってしまうのだろうな」


「……あ-」


 アオイは狐のぬいぐるみをなで回しつつも、ふっと小さく息を漏らしつつ笑っている。その笑顔はどこか悲哀を感じさせなくもないのだが、ぬいぐるみをなで回しながらだらしなく口元が歪んでいる様を見ていると、とたんに悲哀はどこかへと家出してしまった。


「……あなたの場合は資金に物を言わせすぎな気がするけれど」


「なにを言うか、「明空」よ! こんなにも愛らしいものを手に入れずにいられるか!? いいや、我には無理だ! 無理だった! だからこうなったのだ!」


 くわわっと再び目を見開きながら叫ぶアオイとそんなアオイにため息を吐くアッシリア。ことの顛末をすでにアオイ自身が語ってしまっているが、要は身から出た錆ということだ。


 もっともどうして錆が出てしまったのかは理由がきちんとあるわけなのだが。


「というわけでだ、ヒナギクよ。これをどうにかする手助けを願いたい。報酬は特等だったスキルスクロールを三つでどうだろうか?」


「……いや、あの、破格すぎるかと」


「それだけ困っているということなのだ。それにスキルスクロールは腐るほどあるからのぅ」


「……狙いが逆だと思うんだけど」


「であろうな。だが、それでこその我よ!」


「……いばることじゃねえだろうが」


「ま、待て! 「明空」よ! それはいかん。それは痛──ぎぃやぁぁぁぁぁーっ」


 アオイはふふんと胸を張った。が、すぐにアッシリアがその額をむんずと強く握りしめていく。アオイが痛みに喘ぎ、アッシリアの腕をパンパンと何度も叩いている。降参の合図であるタップを何度もしているわけなのだが、アッシリアは止まらない。そしてアオイの叫びも止まらない。


「……なんだかなぁ」


 目の前に山積みにされたぬいぐるみを見上げながら、ヒナギクは深いため息を吐いた。


 ヒナギクがため息を吐く原因になった動物のぬいぐるみ。それがどの経緯で手に入ったのかというと、それはレンが「フィオーレ」に復帰した数日後、いまから二週間ほど前、運営からの特別なお知らせが原因だった。

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