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Ex-21 叶わぬ願いに想いを馳せて

5章ラストです。

今回はいままでになかった人視点となります。

 金毛の妖狐。


 かつて存在していたという「神獣」の眷属にして、通常の妖狐よりもはるかに強力な種族。一説には妖狐の長たる一族にあたる。が、少なくとも私はいままで見かけたことはなかった。少なくともここ最近までは。


 気が遠くなるほどの長い月日を生きてきた私だが、その長い月日の間でも金毛の妖狐を見ることはついぞなかった。


 だが、その金毛の妖狐とこんなところで出会うことになるとは思っていなかったし、友になるとも考えていなかった。


 なにせそんな光景は一度も見たことがなかった。戯れに何度か見たことはあったけれど、その何度か見た光景の中に彼女と出会うというものはなかった。私の目を以ても見通せないものがある。それは純粋に驚くべきものだった。


 だからこそ、私は私の素性を偽ることにした。


 私が出会った金毛の妖狐はとても臆病な個体で、よく怯え、よく泣き、そしてとてもきれいに笑う子だった。


 その笑顔を守ってあげたい。いつのまにかそう思うようになっていた。


 私がその気になれば、そのあたりにいるモンスターには負けない。どころか、服従させることも可能だ。さすがに四竜王やその眷属の長相手に勝ち目はない。だが、通常の眷属相手ならまともに戦えるとは思う。やってみたいと思ったことはないから断定はできないけれども。


 だから守ることはできると思っていた。


 だからこそ「目」を使って見てみたのだが、私はどうやらあまり彼女と長く一緒にはいられないようだ。


 なにせある一定の期間から先に私の姿は、彼女のそばにはなかった。かといって羽化をしたわけでもない。仮に羽化を果たしたところで、私は彼女のそばにいるつもりだ。だからそばに私がいないということは、つまりそういうことなのだろう。


 別に怖いわけではない。


 長い日々を、それこそ気が遠くなるほどの日々を私は生きてきた。


 ともに生まれた兄や姉、弟妹たちはいた。だが、誰もがみな息絶えた。私が知る限り、私の種族はもうほぼ存在していない。いわば絶滅しているようなもの。もしかすれば私は最後の個体という可能性とてある。


 まぁ、無理もないかなとは思う。


 羽化するまでの時間があまりにも長すぎて、その前に死んでしまう者があまりにも多すぎた。


 だから絶滅してしまったとしてもおかしくはない。私が最後の生き残りということになってもおかしくはない。


 種族として絶えた、としてもそのこと自体は怖くない。


 というよりも同族がもういないと言われても、「そうか」としか反応しようがない。できれば私たちの楽園のような場所があればいいのだけど、そんなものはこの長い日々の中でも一度も見かけたことはなかった。


 そもそも同族に対して私は同族であるということしか思うことはない。同族だからといって仲良くしなければならないわけじゃない。人間を見ればわかるように、同族であっても敵対視することなんていくらでもあるのだ。それが私の種族に起こらないということはありえない。たとえその数が非常に少なかったとしても、複数集まれば争いが起こるというのはどんな種族であっても同じことだ。一対一でなければ、どんな種族も諍いを起こしてしまう。それは人も私たちエンシェントクロウラーも同じだ。


 そんな死生観を私はもともと持っているのか、それとも長い日々を生きたことで自然と培ってしまったのかはわからない。いや、もう覚えていない。覚えていられるほど、私の生きてきた月日は短くない。


 その月日の間でいろんなものを得て、失ってきた。


 私自身の「目」はその日々の中で得たし、自身を偽る力も得られた。だからこそ生き延びることができたということもあるだろう。


 その「目」を以てしても私の存在が近いうちに見えなくなる。それがいつになるのかはわからない。だが、決定的な日がある。その日を越えた先に私はいない。その日こそが私の居なくなる日なのだろう。それがどういうものなのかはまだわからない。


 だが、少なくとも彼女の中に修羅が宿ることはたしかだ。その日以降の彼女からは笑顔が消える。信頼していたものに裏切られたという形でだ。その裏切りの内容が私という存在に関わるものであることは間違いない。なにせ彼女は信頼していたものに対して憎悪に満ちた目を向けるようになるのだ。それがその信頼するものには、極上の美酒にあたる行為であることはなんとも言えないのだが。


『出会わぬ方が幸せだったのかな?』


 彼女と出会ったことは偶然だった。


 でも、いま思えば必然だったのかもしれない。彼女をより強き存在とするために必要な犠牲。それが私なのだろう。


『ずいぶんと、くそったれなことだ』


 こんなことになるのであれば、出会わない方がよかったのかもしれない。


 しかし出会うことが必然であれば、避けること自体が不可能なのであれば、彼女が傷つくことは避けられない現実なのだ。


 それでも思う。なぜこうなるのだろうと。


 私はただ彼女の笑顔を見たかっただけなのだが、それさえも神は許してくれないのだろう。

『主神エルドよ。あなたはなにを考えている?』


 会ったこともない神様を恨むのはこれで何度目だろうか。彼女とともにあろうと決めて、「目」を使って以来、何度も恨んだ。だが、いくら恨んでも時の流れは止まらない。加速はしないが、減速もしてくれない。


 布石は打ってあるが、それでも彼女とともにあれないのは悲しい。


 だが、変えられないのであれば、いまはただ受け入れよう。いつかは彼女が笑顔でいられるようになることを信じて。


「クー様?」


 不意に声を掛けられた。


 見れば、「布石」である風の妖狐がいた。名前はアンリ。見目麗しい少女だ。彼女に、タマモにぞっこんな美しき妖狐。彼女は私がいなくなってもタマモと一緒にいる。これから先もずっと。それはいまのタマモも、そして本来のタマモのそばでも、だ。


 もっとも本来のタマモのそばにいられる理由はいまのところわからない。しかしともにはいられるのだ。私とは違って。それが少しだけ妬ましい。


『なんだ、アンリ?』


「いえ、用事はないのですが、なにか遠くを眺めておられるようでしたので」


『……少し空を眺めていただけだ』


「空を、ですか?」


『うむ。空の色がとても美しくてな』


「そう、ですか?」


『ああ。といってもアンリにはまだわからぬかな? 私のように千年も生きていると、一日一日がとても特別に思えてしまうのでね』


「そうなんですか?」


『ああ、そうだよ。汝にもいずれわかるさ。タマモの隣にいながらね』


 少し胸が痛んだ。私とは違って彼女といつまでもそばにいられる彼女がとても羨ましい。だが、仕方がない。すでに私は受け入れているのだから。だから仕方がない。


『アンリよ』


「はい?」


『タマモをよろしく頼むぞ?』


「当たり前です。アンリは、旦那様の妻ですから。でも、クー様」


『うん?』


「おひとりだけ蚊帳の外なのはよろしくありません。クー様も旦那様にとってなくてはならないお方のひとりなのです。だから蚊帳の外はよろしくありません』


『そんなつもりは』


「あります!」


 顔を近づけてじっと睨んでくるアンリ。その目も顔もとても真剣だ。真剣に私の身を案じてくれている。


(まったく、これだからこの娘は。妬ましいと思うし、羨ましいとも思うのに、不思議と応援できてしまう。本当にタマモにふさわしい子だ)


 アンリの温かさ。それこそがタマモを支えるのに必要なものだった。だからこそ私はアンリにタマモを任せたのだ。私の分まで彼女を支えてほしいから。


『……そうだな。とはいえ、タマモたちはまだ寝ているであろうが』


「起きてこられたら、一緒にお話しましょう。今日はなにをするとか」


『そうだな。そうしよう』


 タマモたちが普段使っている丸太のテーブルからアンリの腕の中に向かって飛び込むと、アンリはいつものように抱きかかえてくれる。アンリのぬくもりに包まれながら、私は今日タマモたちとなにをしようかと考えていた。そのことが不思議と楽しくてたまらなかった。


(叶うのであれば、いつまでも続いてほしいものだ)


 叶わないとわかっていてもそう願わずにはいられない。そんなひとときを愛おしく思いながら、私はアンリとともにタマモたちが起きるのを待つのだった。

これにて5章は終了となります。次回から6章ですが、開始は11月からとさせていただきます。

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