Ex-20 確認
クーからタマモとの仲を公認されたアンリは、まっすぐ里には帰らずにタマモの畑へと向かっていた。
正確にはタマモの畑のそばにある腐葉土置き場へと向かった。その手にはあらかじめ持ってきておいた米ぬかがあった。米ぬかを腐葉土置き場である穴の中に放り込むと、そばに置いてある棒でかき混ぜていく。
「……まだ腐葉土にはなっていませんね。まぁ、時間が掛かりますから当然でしょうけど」
かき混ぜてみたが、穴の上は当然としても穴の底もまだ腐っているようではなかった。
いくらか色は変わっているのだが、完全な腐葉土となるにはもう少し掛かりそうだ。もっとも通常の腐葉土よりも発酵が早いのは気になるが。
「……米ぬかを毎日入れていますけど、こんなにも早いものでしたっけ?」
米ぬかを毎日入れたところで、こんなにも発酵が早いというのはどうにも頷けない。頷けないが、まぁ、そういうこともあるだろうとアンリは思うことにした。
もともとアンリは畑仕事よりも家事をメインとしている。一族自体が農耕を主な産業としているため、始めたばかりの者よりもいくらか知識はあれど、深い知識とまではいかないレベルだ。
それでもこんなにも発酵が早いのはどうなんだろうと思わなくもないのだが、口にしたところでいまさらである。それに発酵を促した側であるアンリがいまさらとやかく言える筋合いでもない。
それにだ。この腐葉土はいわば、タマモとの初めての共同作業とも言えることなのだ。……タマモ本人があずかり知らぬという悲しさはあるものの、タマモと共同で作り上げる物。つまりはふたりで作り上げる愛の結晶であるのだ。アンリにとってはだが。
「……愛の結晶。つまりこの腐葉土はいわば、アンリとタマモ様の子供のような物と言っても差し支えもなければ、過言もないと言えるのでは?」
アンリは棒を握りながら、端から聞けばおかしなことを言い出していた。その際、握った棒からは「めきょっ」というわりとまずい音がしたのだが、アンリの耳には届かない。すでにアンリはめくるめくるみずからの世界にと飛び込んでいるためである。緑と黒の尻尾はぶんぶんと勢いよく振るわれている。
「ふふふ、この子はアンリとタマモ様の子供」
ポッと頬を染めつつ、非合法な薬でも使っているのかと思えるような、わりとサイコパスなことを言い出すアンリ。もしこの場に誰かがいれば、「なに言っているの?」とツッコまれるだろう。
しかし、その場には誰もいない。いるのはアンリだけである。正確に言えば、クー配下の虫系モンスターズがいたわけなのだが、その虫系モンスターズは一瞬黙る程度である。ただもし彼らが人語を介せるのであれば、口を揃えて「うわぁ」という言葉にならない声を上げていたことは間違いない。
そんな周りをドン引きさせるようなことを口にしつつも、そのことにまるで気づかないまま、アンリの思考は危険領域にまで達し始めていたが、やはりそのことを指摘できる者はだれもいなかった。……たったひとりを除いては。
「んあ? 誰かいるんかい?」
不意に背後から声が聞こえてきたので、アンリは慌てて幻術を用いて姿を変えた。実際の姿ではなく、一頭の狐に見えるように幻術を用いて、目の前にある茂みにと飛び込んだ。
それとほぼ同時に声の主が姿を現した。声の主は畑の向こうにある小川から、口の周りを丸い髭で覆われた男性が現れた。
「ん~? なんかかわいこちゃんがいたように見えたんだが、気のせいだったかね?」
首を傾げながら、当たりを見回す男性。アンリが見たのは初めてだった。
(だ、誰ですか、この変な人)
いきなり現れた男性をアンリは完全に不審者として扱っていた。
とはいえ、いきなり知らない男性が現れれば、年頃の女性であればそう思うのも無理もないことである。
仮にその男性がイケメンであったとしても、いきなり現れれば不審者として扱われてしまうのは無理もないことである。
そのうえ、その男性は残念ながらイケメンではなかった。むしろ、丸い髭を生やしたおじさんとしか見えない。実年齢がたとえ就活生だったとしても、現在の外見はどう見ても四十代、五十代の男性としか見えないのだ。
そんな男性が目の前でいきなり現れ、そのうえ若干怪しめな発言をしているのだ。アンリが訝しむのも無理もないことである。
「……やっぱり気のせいかなぁ? 緑の髪のきれいな子だったんだけど、まぁ、趣味ではなかったから別に構わんけど。少し年齢が外れていたしなぁ。もう少し、こうなぁ」
なんとも言えない発言をし始める男性にアンリはより恐怖を感じた。それまでは不審者? という風にしか見えなかった。だが、すでに完全な不審者判定となっていた。まだ不審者はアンリに気づいていない。
狐と言っても子狐姿であるため、茂みの中に隠れたアンリを男性は発見できないでいるようだった。このまま音もなく立ち去ろうとした、そのとき。
──ポキッ
つい足下の小枝を踏んでしまった。その音に男性が茂みを、アンリがいる茂みを見て「んあ? 狐?」と手を伸ばした来たのだ。アンリはたまらず男性の手を噛んだ。が、子狐姿では甘噛み程度にしかならなかったため、「これこれじゃれるな」と笑って済まされることになる。
「ん~? 珍しい毛並みの狐だなぁ。えっと」
男性はアンリの首根っこを掴むと、そのまま持ち上げた。幻術で姿を変えているためか、男性にとってアンリは子狐としか思っていない。そのため、あっさりと持ち上げられてしまったのだ。
そのまま男性はアンリを持ち上げ、あろうことかアンリの脚の間を見やったのだ。男性からの視点であれば、雌雄の確認という程度のつもりだった。それ以上の意図はない。
だが、アンリにしてみれば、短い袴の裾をめくりあげられ、下着を見られたということになる。幻術を用いてなければ、完全にアウトの光景であった。
しかし男性はそのことに気づくことなく、のほほんとした口調で確認した内容を口にした。
「ん~、雌かぁ~」
「きゃ、きゃ、きゃぁぁぁぁん!?」
アンリはたまらず叫び、尻尾で男性の顔を叩くと、ようやく男性はアンリを手放した。それも操作した尻尾での一撃のため、男性は即座に意識を手放しているが、アンリはそのことを確認する余裕もなく、脱兎のごとく逃げ出した。
「う、うぅぅぅ~!」
アンリは泣きながら逃げていく。
その顔は真っ赤になっていたのは言うまでもない。
ちなみに、後にアンリはタマモに男性──デントの所業を伝えることになり、タマモからのデントの好感度が思いっきり下ったことも言うまでもない。そしてその結果、デントが泣きに泣いたこともまた言うまでもないことであった。
まぁ、ラッキースケベということでした←




