Ex-18 邂逅
今日から特別編となります。
「ほ、ほえぇぇぇ?」
それはアンリがタマモの元へと通うようになってから、半月ほど経った頃のことだった。
『ほぅ、風の妖狐か。久方ぶりに見たものだ』
ありえない存在と邂逅したのだ。その存在はとても大きな芋虫。クロウラーと呼ばれるモンスターだった。
だが、それだけであれば、アンリもさほど驚くことはなかった。クロウラーなどアンリが住んでいた「風の妖狐の里」に行けば、いくらでも見かけるのだ。害虫とも益虫とも呼ばれる存在ではあるのだが。
それはクロウラーが畑の農作物を食い荒らしてしまうからであるが、その一方でこちらからから餌付けをすれば、クロウラーはお返しにと絹糸をプレゼントしてくれるため、害虫でもあり益虫でもあるという、なんとも言えない困った存在として語られているのだ。
中には奇矯な妖狐もいて、クロウラーを見て「かわいい」と思う者もいる。アンリは残念ながらクロウラーを見ても「かわいい」とは思わないが、話しかけることくらいはある。だが、百年近いアンリの人生でもその逆を、クロウラー側から話しかけられることはなかった。
「え、えっと、あなたが話しかけているの?」
『私以外にはおらんだろう? それともあなたの目には私以外に私のような存在がいるのかね?』
クロウラーはじっとアンリを見上げていた。
つぶらな瞳をしているのに、その口調はどこか紳士や淑女を思わせるような気品を感じられた。だが、気品の他にもそのクロウラーは妙な威厳を感じられた。それこそアンリとは隔絶した格のようなものを感じられたのだ。
「い、いえ、あなた以外にはおりません」
『そうであろうな。少なくとも私以外にもクロウラーはこの一帯には生息しているが、私と同じ種族の者は生息しておらん』
クロウラーが纏う雰囲気に敬語で話しかけるアンリ。そんなアンリに苦笑しつつも、アンリたちがいる雑木林、タマモが開墾していた雑木林には他のクロウラーも生息していることを告げるも、自分とはまるで違う存在だと目の前にいるクロウラーは言っていた。
だが、アンリの目から見たら目の前のクロウラーは、アンリの見知っているクロウラーとなんら変わらないようにしか見えない。
しかし、ほかのクロウラーから感じたことのない気品さと格が目の前のクロウラーにはあったのだ。いったいどういうことなのだろうとアンリが思っていると、目の前のクロウラーはその正体を口にした。
『なにせ、私が同種族と最後に出会ったのは、かれこれ千年くらい前だから無理もなかろうがな』
「……はい?」
千年という一言に言葉を失うアンリ。一瞬冗談かと思ったが、目の前にいるクロウラーからは冗談を言っているようには見えなかった。本当に千年は生きているのだろう。だが、千年を生きるクロウラーなんて聞いたことがなかった。……ある一種を除いては。
「……あの、もしかしてなのですが」
『うむ?』
「エンシェントバタフライ、いえ、いまのお姿だとエンシェントクロウラー様、でしょうか?」
『おや、私の種族名を知っているのか。ずいぶんと物知りな妖狐だ』
「お、お褒めいただき光栄です!」
アンリはたたずまいを直して、直角にお辞儀をしていた。
エンシェントバタフライ──。
それはバタフライと呼ばれるモンスターの最上位種にして、虫系モンスターにおける王とも呼ばれる存在。だが、完全変態を遂げるまでに千年もの月日を掛けることとなるうえ、幼虫の姿ではさほど強くないため、上位のモンスターに狩られてしまいがちであるため、その個体数は非常に少なく、幻や伝説の存在として語られるモンスターだった。
しかし、完全変態を遂げたエンシェントバタフライは、上位ドラゴンさえも歯牙に掛けないほどの実力を誇る。その強さとカリスマ性は幼虫時点のエンシェントクロウラーからか持ち出すからか、虫系モンスターはエンシェントクロウラーと邂逅すると、みずからの王として崇め奉るようになるのだ。
そしてエンシェントクロウラーは、生きた月日によってその強さが変わる。目の前のエンシェントクロウラーの言葉を信じるのであれば、千年を生きた個体となると、その実力は下位のドラゴン並ということになる。
(こんなにも小さいのにドラゴン並の実力者)
エンシェントバタフライのことを大ババ様から聞いていなかったら、アンリも目の前の存在を軽んじていただろう。だが、聞き及んでいたらとてもではないが、軽んじることなどできるわけもない。
むしろ軽んじてしまったら、それこそ瞬殺されるだけである。なにせ目の前にいるのは下位のドラゴンと同等の存在なのだから。
『そんなにかしこまらなくても構わない。興味本位であなたに話しかけているだけなのだから。それよりもなにをしているのか話して貰ってもよいかね?』
「えぇっと」
どうしたものかとアンリは思った。その日もアンリはタマモに話しかけるためという名目で里の外に、タマモが開墾中の畑にと来ていた。
だが、結局タマモに話しかけることもできないまま、タマモは作業を終えてしまっていた。すでに畑にはタマモの姿はない。作業を終えて、そそくさとリーンが務めている農業ギルドに戻ってしまっている。
『……最近、金毛の妖狐と知り合ったのだがね、その関係と思ってもよいかな?』
エンシェントクロウラーの一言にアンリは、吹き出してしまいそうになった。そう、目の前にいるエンシェントクロウラーは、タマモに「クー」と名付けられた個体であったのだ。そのことはアンリ自身わかっていたのだ。そのクーに話しかけられることになるとは考えてもいなかったのである。
なにせアンリにとってクーはただのクロウラーとしか思っていなかった。それがまさかの超大物であり、アンリの目的をだいたい察せられてしまっているのだから、二の句を告げられなくなるのも無理もないことである。
『……その反応を見ると当たりか。やれやれ、あの子は見目麗しい女性に好かれやすいのかな?』
クーはおかしそうに笑っていた。「きゅきゅきゅ」と鳴いているようにしか聞こえないが、アンリの頭の中ではクーの声がちゃんと人の言葉で聞こえてくるのだ。その内容はなんとも言えないものである。アンリ自身、それなりに見目は整っているとは思っているが、見目麗しいとまでは思っていないため、どう答えていいのかがわからなかった。
『まぁ、よいか。それであの子になんの用かな? 用件次第では私も手荒なまねに出るしかないのだが……あなたの場合はあの子に恋慕しているだけだろうから、そんなまねはしなくてもよいと思っているのだが、違うかな?』
「あ、あぅぅぅ」
『おっと、これはいじめすぎたかな? まぁ、間違ってはいないからよいかな?』
クーは意地悪なことを言ってくれた。その言葉にアンリはただ顔を紅くするしかなかった。
『まぁ、とにかく積もる話もあることだ。少し腰を落ち着けて話すとしようか』
「は、はい、クー様」
クーの言葉に頷くと、クーはこっちに来いと言うかのように触覚を器用に動かして手招きをしながら、地面を這いずっていく。その後を追いかけながら、大変なことになったなぁと心の底から思うアンリであった。
隠れた実力者だったクーでした。
個人的にはマスコットキャラがメチャクチャ強いというのは、わりと好きです←




