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68話 復帰


「……お待たせ」


「お、お待たせしました」


「フィオーレ」の本拠地であるコテージのドアが、ギィィィという音とともにやけに重く開いた。 


 ドアの向こう側からは、レンと同じ「不死鳥(劣)」シリーズを装備したヒナギクとタマモがいた。


 ふたりの装備はレンとは若干意匠が異なっていた。


 レンの装備は全体的に不死鳥が施されているのだが、ヒナギクとタマモのそれはレンのものとは違い、ややデフォルメ調だった。それもそれぞれに異なっている。


 レンのものは入れ墨にありそうなほどの和柄テイストな不死鳥なのだが、ヒナギクの不死鳥はややファンシー気味で、不死鳥というよりも不死鳥さんと言う方が正しい。もっと言えば、手乗りできそうなほどに小さくかわいらしい不死鳥さんが描かれていた。


「……私の趣味に合わせたみたいに変わった」


 ぼそりと呟きつつも、ヒナギクの頬は若干紅く染まっている。レンの和柄テイストではなく、自身の趣味に合わせた形になった不死鳥さんを気に入りつつも、実際に身につけると若干の恥ずかしさがあるようだった。そんなヒナギクの姿に「むぅ、かわいらしいです。ヒナギク様はずるいと思うのです」とアンリが不満げに唇を尖らせて、そのふさふさの尻尾で地面を叩いている。「そなたも人のことは言えぬと思うがのぅ」とアンリを見ながら焦炎王が呟いていたが、アンリの耳には届いていないようである。


「ヒナギクさんは趣味に合わせているからいいですけど、ボクのは趣味でもなんでもないのですけど」


 ヒナギクとは対照的にタマモはなんとも言えない様子で深いため息を吐いていた。


 ヒナギク同様にデフォルメされた不死鳥が描かれているのだが、タマモのそれはヒナギクのファンシーよりもかなりすごいことになっている。はっきりと言えば、「これが不死鳥?」と誰もが首を傾げざるをえないのである。


 タマモの装備に描かれた不死鳥は、不死鳥らしく炎を纏ったものだ。燃えさかる炎の中に佇む不死鳥が描かれていた。言葉面を捉えれば、不死鳥というものをこれ以上表現できているものもそうはないだろう。あくまでも言葉面だけを捉えれば、だが。


 そう、タマモのそれはたしかに不死鳥ではある。不死鳥ではあるのだ。が、問題なのはそのデフォルメされた姿であった。


 タマモの不死鳥はヒナギクの不死鳥さんよりも大きく描かれている。手乗りサイズではない。下手をすれば、レンのそれよりも大きいだろう。とても大きなヒヨコだった。そう、タマモの不死鳥はレンのそれよりも大きなヒヨコさんだった。極彩色な毛並みのとても大きなヒヨコさんが全身にでかでかと描かれているのだ。ご丁寧なことにわざわざ吹き出し付きで「PIYO」と呟いてもいる。誰が見ても迷いなく、「ヒヨコじゃん」と断言するほどにそれはヒヨコだった。


 しかもヒヨコは一羽だけではない。何羽ものヒヨコさんが、炎を纏ったヒヨコさんがそれぞれアクションを取っていた。驚いているものもいれば、片方の翼をまるで親指を立てたようにしてニヒルに笑うものもいるし、なぜか怒っているヒヨコさんや泣きじゃくっているヒヨコさん、しまいには孵ったばかりなのか、頭に殻をつけたままの個体もいる。それらすべては炎を纏っている。大抵は「なんで炎を纏っているんだ?」と思うことだろう。中には「ヒヨコさんを生きたまま焼いている!?」とか「なんて残酷な」と思う者もいるだろう。


 だが、これがぜんぶ不死鳥だということを伝えたら、おそらくはかなり首を傾げつつも「なるほど?」と頷くことだろう。ただその後にまず間違いなく、「なんで不死鳥なのにヒヨコなの?」と言うことになるだろうが。


 そんな不死鳥(?)が描かれた装備を身につけたタマモの姿に、焦炎王は「なんともまぁかわいらしいものじゃなぁ」と微笑ましそうに見つめている。まるで我が子を見やる母親のような慈愛じみた視線であった。そんな焦炎王とは異なり、アンリはなんの反応も示さない。いや、まだなんのコメントも口にしていなかった。焦炎王が「アンリ?」と声を掛けるも、アンリは答えない。答えないまま、アンリは腰を掛けていた丸太テーブルから力強く立ち上がると、タマモのそばにまで踏みならすようにして近づいていき、そして──。


「お、お持ち帰り希望です! 旦那様がとっっっっっっってもかわいらしいのです!」


 ──目にハートマークを浮かべながらタマモにと全力で抱きついたのだ。タマモが「あ、アンリさん、落ち着いてください!」と慌てるも、アンリの耳には届いていないのか。「かわいいです。かわいすぎです! なんなんですか、旦那様はアンリの理性を試したいのですか!?」とやや興奮しきった様子でアンリは叫んでいた。その表情は若干怖い。いや、若干を通り越して怖い。怖すぎるくらいに怖い。


 だが、まだアンリだけだからいいのだ。ここに某魔王様がいたら、まず間違いなく血を見ることになったことだろう。その血が返り血なのか、それとも鼻から溢れたパッションによるものなのかはあえて言うまい。


「……まぁ、愛はそれぞれに形があるからのぅ」


 焦炎王はお茶を啜りながら言った。誰も好き好んで馬に蹴られたくない。それは焦炎王とて同じことなのだろう。その表情はまるで悟りを開いたかのようにとても静かで穏やかなものだった。


「……この不死鳥(劣)シリーズって装備する人で見た目が変わるのかな?」


「……そうじゃない? だって当初はあんたのそれと同じだったし。でも装備したら急に変わったから」


「ふぅん」


「……まぁ、素材元が素材元じゃ。それくらいの変化があってもおかしくはなかろうて」


 焦炎王がまたお茶を啜る。ヒナギクが「素材元?」と首を傾げるが、なんと言っていいのかがいまひとつレンにはわからなかった。


「……まぁ、変わった人がいるから」


「ふぅん?」


 よくわからないとヒナギクの顔に書いてあるが、それ以上なんて言うべきなのかがレンにはわからなかった。だが、素材元であるフェニックスの性格を踏まえると、これくらいの変化はあって当然と考えるべきだろう。いくらかの問題があるのがなんとも言えないところではあるのだが。


「とにかく、これで装備更新も終わりかな?」


「そうだね。あと、あんたが復帰すれば、元通りかな?」


 ヒナギクがじっとレンを見つめていた。修行が終わるまでは「フィオーレ」から離脱する。それは「アルト」を出るときにレンが口にしたこと。そしてその修行は終わった。兄であるテンゼンに勝てる実力がついたとは思えない。


 だが、いくらか差は埋められた気はする。あくまでも気はするだけだが。なにせテンゼンの本気がどれほどのものなのかがレンにはわからないのだ。が、途方もなく開いていることはわかる。その途方もない差がどこまで縮まったのかは、実際に闘うまではわからない。


 それでも「アルト」を出るときよりもレンは強くなった。そう自信を持って言うことができた。だからこそ、ヒナギクへの答えはひとつだけだった。


「……またよろしくな」


「うん」


 ヒナギクは短く返事をした。返事をしたヒナギクは笑っていた。その笑顔はリアルでのそれとなんら変わらない。レンが守りたいとずっと願う笑顔そのものだった。その笑顔を眺めながらレンは改めて帰ってきたなぁと思うのだった。


 こうしてレンの修行の旅は一応の終わりを告げた。

これにて5章の本編はおしまいですね。次回から特別編です。

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