第65話 専属
「──それではお世話になりました」
レンは勢いよく頭を下げた。
目の前にいるのは「フィオーレ」メンバーの装備を作製したトロルだった。
装備すべての受領を終えて、トロルの店を後にする前に、装備作製の礼をしていたレン。その隣にはそのやりとりを見守っている焦炎王の姿がある。焦炎王は両目を閉じて佇んでいるが、その表情は穏やかそのものである。
「いやいや、気にしなくていいぜ。俺も楽しませて貰ったからな。特に神器を実際に見られるなんて考えてもいなかった。むしろ礼を言うというのであれば、俺がするべきさ」
「いや、でも」
「気にするな。むしろレンさんには頼みがあるしな」
「頼み、ですか?」
あぁ、と頷くレン。唐突に頼みがあると言われ、想定もしなかった言葉に虚を突かれてしまった。そんなレンを見てトロルはなんとも申し訳なさそうにしていたが、その目には好奇心が詰まりに詰まった泉が見えた。……なんとなく、トロルが言い出しそうなことを理解できたレン。そしてそれは現実となる。
「実はな、ミカヅチを今後も見せてほしいんだ。なにせ伝説の神器の片割れなんだ。一回だけしか見れないというのは、な」
「……まぁ、別にいいですよ。ミカヅチはまだ本当の姿ではないみたいですし」
「そう! まさにそれだよ! いまの段階でもそれは最上級の一振りなのに、それよりも先があるっていうんだからな! 気にならないわけがない! できれば、本当の姿になったミカヅチを研磨したい! もっと言えば、鍛え直してもみたい! 是非、お願いしたい!」
トロルの目はきらきらと輝いていた。これを断ることはできそうにない。加えてトロルの鍛冶の腕前は本物である。
レンは自身が装備している「不死鳥(劣)」シリーズを見やる。見た目はレンの好みであるが、それ以上にとても軽かったし、動きやすい。そのうえ防御力も高い。付与されているスキルは死亡することが前提であり、そのデメリットを含めるとピーキーなものだが、強力なものだったし、レンからしてみれば、今後も「フィオーレ」の装備をトロルにお願いしたいくらいだ。そのための代償がミカヅチのメンテナンスをトロルに専任するというものであれば、むしろこちらから依頼したいくらいであり、代償でもなんでもないのだ。
「こちらからお願いしたいほどですよ」
「なら、いいのか?」
「ええ。もちろん。今後も俺の所属するクランの装備作製もお願いしたいですし」
「おう! そのくらいであれば任せておけ! というか、もうレンさんのところの専属鍛冶師にでもなろうかね?」
「それはそれでありですね」
「だろう? まぁ、さすがにここから動くことはできねえけど、そういう選択肢もありっちゃありだよな!」
高笑いしながら言い切るトロル。「そうですね」とレンが返答した、そのとき。突如目の前にポップアップが表示された。
「鍛冶師トロルを「フィオーレ」専属鍛冶師として雇用しますか? YES NO 保留」
目の前に現れた選択肢に目が点となるレン。そんなレンにトロルは「どうかしたか?」と首を傾げていた。レンは「なんでもないですよ」と内心慌てつつも、かなり動揺していた。
(NPCの雇用? そんなことできるの? でもできるのであれば、お願いしたいけれど、俺の一存でお願いするのはまずいよな。タマちゃんとヒナギクにも相談しないと。それに雇用するってことは賃金も発生するだろうから、そのあたりのこともきちんと詰めておかないといけないし。うん、となると選択肢はひとつか)
レンは表示された選択肢から保留にカーソルを合わせた。レンとしては即座にYESにしておきたいところだが、こういうことをマスターであるタマモの許可なく、判断するのはまずい。ゆえに選択肢は保留一択だ。が、かなり前向きな保留であることは間違いない。タマモやヒナギクとてトロルの腕前を知れば、専属として雇用することに否はないはずだ。
「……専属鍛冶師の件は、うちのマスターと話し合いしないといけないので、いまは保留とさせてください。でも、俺からは推させていただきます。これ以上とない鍛冶師だと」
「お? いいのかい?」
「いえ、むしろそれはこちらの台詞ですね。本当に俺たちのところでいいんですか?」
ちらりと隣にいる焦炎王を見やるレン。焦炎王は口元に笑みを浮かべて、「構わぬよ」とだけ言った。
「専属になったからと言っても、他の依頼を受けられないわけではない。あくまでもそなたの所属するクランからの依頼を最優先するだけだ。他の依頼も通常通りに受けても問題はない。まぁ、そなたのクランの依頼を最優先するにため、他の依頼は若干後回しにすることにはなるが、トロルの店に依頼する者はめったにおらん。というか、ほぼ我くらいじゃな。その我にしてもせいぜい定期的なメンテナンスをして貰う程度じゃ。ゆえに問題はなかろう」
「ってわけだから、気にしなくていいぜ、レンさん。むしろ、専属になれるのであれば、こっちからお願いするぜ」
「わかりました。うちのマスターにはトロルさんからも「ぜひ」と言っていたと伝えておきます。早いうちに色好い返事ができるかと思います」
「おう、頼んだ!」
「はい」
トロルの言葉に返事をすると、またポップアップがあった。
「鍛冶師トロルと仮契約が結ばれました。正式な契約にはクランマスターからの許可が必要となります」
やはり勝手に正式契約はできないようだ。タマモとヒナギクとの話し合いは必須のようだが、とりあえず仮契約はできたようである。
「じゃあ、また後日伺いますね。そのときには色好い返事ができると思います」
「おう、よろしく頼むぜ!」
トロルは両腕を組んで満足げに頷いた。
この後日、「フィオーレ」は正式にトロルを専属鍛冶師として正式に雇用することになるのが、それはまた別の話となる。
とにかく、こうして「フィオーレ」とトロルの縁は結ばれることになったのだった。
トロルさんがなかなか退場してくれない←
でもそろそろ5章も終わりです




