63話 氷と炎の剣
ようやく武器の受け取りができました←
「──これが依頼の品である炎と氷のウォーリア・オブ・ドラゴンの素材を使った剣二振りとなります」
トロルが店の奥から運んできたのは、揺らめく炎のような両刃剣と透き通った氷のような片刃剣だった。
両刃剣がレンの持ち込んだクリムゾンリザードの素材で作ったもので、片刃剣が焦炎王の持ち込んだセルリアンリザードの素材で作ったものであることは間違いない。刀身はどちらも同じくらいの長さだった。重量は見た目で言えば、クリムゾンリザードの剣の方が重そうだが、実際のところは持つまではわからない。
(まぁ、セルリアンリザードの方は焦炎王様のだから、持つことはないだろうけれど)
あくまでも焦炎王はレンと一緒に素材を持ち込んだというだけのことであり、セルリアンリザードの剣は焦炎王自身が使うものなのは、間違いないはずだった。
ただ、うっすらと反対側が見えるほどに透き通った氷の剣は、とてもきれいだった。試しに少しだけ振ってみたいとは思う。が、勝手に振るうわけにはいかないだろう。そう、勝手に振るうわけにはいかない。だが、焦炎王自身に尋ねて許可が貰えれば話は変わるわけだが。
それでも最初は焦炎王が振るってからである。そうレンが思っていた、そのとき。
「ふむ。レンよ、それぞれに持ってみよ」
「え? いいんですか?」
「あぁ、構わぬ」
「で、では、失礼します」
レンは一礼をしてから、二振りの剣を見やる。やはり最初は氷の剣からだった。本来なら自分自身で持ち込んだ炎の剣からだろうけれど、レンの目を捉えたのは、美しき氷の剣だった。
レンは右手で氷の剣を握り、「わぁ」と思わず声を漏らしていた。
「軽いですね。剣とは思えないくらいに軽い」
氷の剣はその見た目の通り、重量自体はそこまで重くない。むしろ軽い部類であった。もっともいくら軽くても、この剣で切りつけたら、皮膚は当然裂けるし、肉も切れる。骨もおそらくは断てるだろう。命を奪うことだって当然できる。
そもそも武器というものはそういうものだ。どんな武器だろうと、命を奪うことができることには変わらないのだ。
たとえゲームの中でとはいえ、相手をするのは命あるものだ。つい忘れてしまいがちになるが、そのことはどうあっても変わらない。そのことをこの剣を握っていると常に感じさせてくれる気がする。
「その剣の銘は「氷刀セルリアン」ということにしている。焦炎王様の依頼の通り、決して折れることはない、はずだ」
「はず?」
「いくらなんでも絶対に折れない剣というものは作れない。むしろ、そんなものを作れたら、世界中の鍛冶師は仕事がなくなってしまう。だが、できるだけ耐久性を高めてはいる。見た目は脆そうだが、あくまでも見た目だけだ。頑丈さについては折り紙付きだと言ってもいい」
トロルは自信満々に言い切った。試しにと「鑑定」をしてみると──。
氷刀セルリアン
レア度7
品質A
攻撃力45
耐久値999
ウォーリア・オブ・ドラゴンであるセルリアンリザードの素材をふんだんに使った匠渾身の一振り。とても軽く、振るうと割れた氷のような音が鳴る。「決して折れることのない剣」を目指し、打ち上げられた刀身はその見た目に反して高い耐久値を誇る。氷属性を付与。
──トロルの言う意味がよくわかる結果となった。耐久値999というのはおそらくはこのゲームにおける耐久値の最大値だとは思うが、実際のところはわからない。4桁超えの耐久値の武器も今後出てくる可能性もある。だが、いまのところこの剣を超える耐久性のある部武器はおそらく存在しないだろう。
レンは誰もいない方へと向けて軽く剣を振るった。すると「パキィン」という高い音が聞こえた。刀身にヒビが入ったわけではない。いまの音が結果にあった割れた氷の音なのだろうが、ちょっとだけ心臓に悪い。早速剣を壊してしまったのかと心配してしまったが、とりあえず無事そうなので問題はなさそうだ。
レンは氷刀を置かれていた台に戻すと、今度は自身が依頼した炎の剣を握った。炎の剣は見た目からして重厚そうなものだったが、その見た目どおりにそれなりの重さがあった。とはいえ、重すぎるというわけではない。せいぜいミカヅチよりもいくらか重いという程度で、振るうのに苦労することはなさそうだった。
だが、重さよりもレンが感じ入ったのはその熱だった。炎の剣は握ると手のひらを焼き尽くしそうなほどに熱かった。だが、熱いのにどこか心地よさを感じられた。
「それは「炎剣クリムゾン」と名付けた。「セルリアン」とは違って、これと言った要望はなかったが、俺の方で勝手にいじらせて貰っている」
「いじらせて?」
「あぁ。「セルリアン」が決して折れない剣であるのであれば、「クリムゾン」はすべてを断つ剣を目指した」
「すべてを断つ」
あぁ、と頷くトロルを視界の端に捉えつつ、「鑑定」をしてみるとトロルの言う意味がわかった。
炎剣クリムゾン
レア度7
品質A
攻撃力65
耐久値550
ウォーリア・オブ・ドラゴンであるクリムゾンリザードの素材をふんだんに使った匠渾身の一振り。その熱は刀身を超えて使い手にも伝わるほど。「すべてを断つ」ことを目指して打ち上げられたこの剣は万物を文字通り両断する。炎属性を付与。
「鑑定」の結果は若干抽象的だが、物理無効のモンスター相手にもダメージを与えられる能力を持つ剣であろうということはわかった。いわば攻撃に特化していた。耐久に特化した「セルリアン」とは真逆の武器のようだった。
「……ありがとう、トロルさん。満足の行く逸品です」
「それはよかったぜ。これは「クリムゾン」用の鞘だ」
トロルはそう言って取り出したのは一反の布だった。鞘であるはずなのに、その見た目はどう見ても布だった。
「これは?」
「鞘だ。「クリムゾン」はその形状からして普通の鞘では入らんから、特殊な合金で作ってある。見た目は布だし、納め方もそれを巻き付ける形になるが、決してレンさんを傷つけることもない」
「そう、ですか。わかりました。ちなみにこれは」
「あぁ、サービスってことで受け取ってくんな」
そう言ってウィンクするトロルだが、絶望的なほどに似合わない。とはいえ、それを口にするわけにも行かないので、「ありがとうございます」とだけお礼を言った。
「待て、レンよ。「セルリアン」も持って行け」
「え?」
「もともとそれはおまえの卒業祝いとして依頼したものだ。ゆえに遠慮せずに持って行け。そのことはトロルとて了承しておる」
「そう、なんですか?」
「まぁな。だから対を為すようにして作ったんだ。どちらもレンさん用だ。遠慮せずに持っていってくんな」
トロルは鞘をもうひとつ取り出した。その鞘は「クリムゾン」用のものとは違い、一般的な見た目の鞘だった。
「これで武器の受け渡しは終わりだ。あとは防具の方だな。持ってくるからちょっと待っていてくれ」
トロルは再び店の奥へと戻った。あの三着の服と軽鎧を持ってきてくれるのだろうが、その前に済ませておきたいことがあった。
「本当にいいんですか?」
「構わぬさ。我にはもう満足のいく剣がある。だから、それはおまえのものだ。それぞれ思う存分に使うとよい」
焦炎王は笑っている。
この笑みを見る限り、固辞したところで無駄だろう。それにレン自身「セルリアン」は気に入っている。となると答えはもう一つしかなかった。
「ありがとう、ございます」
「うむ」
焦炎王は短く返事をした。その返事を聞きながらレンはそれぞれの剣を受け取ったのだった。
武器は受け取れたけど、防具まではできなかった←




