第62話 ベルスの街の武具事情
「──ふぅ、いつもよりも早く終わったな。助かったぜ、レンさん」
「いえいえ、閉店作業中にお邪魔してしまったお詫びですから」
「それでも助かったぜ。ありがとうな」
トロルの店の閉店作業を手伝ったレン。
もっともレンが行えたことは、掃除がせいぜいという程度。それでもトロルは「助かった」とは言ってくれた。
掃除以外にもできれば、もう少し早く終わらせられることができたのだろうが、できないものはできないのだから致し方がない。
その分、店の隅々まで掃除をしたが、しょせん誰にもできることではあった。それでもお礼を言われるのは少しくすぐったくもあったが、悪い気はしなかった。同時にいくらか劣等感を強いられる光景を見ることにはなっているわけなのだが。
「……おまえの店、本当に売り上げが悪いのぅ。赤字一歩手前ではないか」
「どうにも経営は苦手でしてね」
「苦手と言うがな。おまえの場合は素材を厳選しているというのに、技術料を大して取らんからのぅ。最低価格と大して変わらんではないか」
「まぁ、自分はまともに飯を食えればいいので」
「馬鹿者。なにかあったときに蓄えは必要であろうに。まぁ、おまえらしいと言えば、そうなのだがな」
やれやれと肩を竦めながら、焦炎王が店の帳簿を見てため息を吐いていた。レンの劣等感を刺激させていたのは、買い出しから戻った焦炎王が店の帳簿を確認し始めたからである。最初は今日の売り上げを集計していただけだったのだが、突如として眉尻を下げ始めたのだ。
掃除をしていたレンは何事かと思っていたが、店の主であるトロルには心当たりがあるようで顔を青ざめていた。
「……トロルよ。これでは利益がほぼないのではないか?」
焦炎王の一言にトロルは顔を即座に逸らした。が、そんなトロルの顔をむんずと掴み、焦炎王は無理矢理顔を向けさせた。
「ロングソード一本151シル。甲虫の鎧一組404シル。鉄の大盾がひとつ252シル。なんだ、この中途半端な価格設定は? どれも最低価格よりほんのわずかに上乗せしただけではないか?」
「え、いや、まぁ、その、陛下からのご忠言に従い、少し値上げをですね」
「阿呆か、貴様! たしかに値上げをしろとは言ったが、数シル単位と誰が言った!? 貴様の腕はここら一帯で随一なのだから、もっとふんだくっても問題はない! せめてそれぞれ20シル、いや上限まで上げておけ!」
「いや、それはぼったくりすぎかなぁ~と」
「ド阿呆! それくらいの値段でも貴様の武具なら買い手は数多おるわ!」
焦炎王は掴む場所を顔から襟首に変えて、トロルに迫っていた。トロルは泣きそうな顔で焦炎王を抑えようとするが、トロルの力を以てしても焦炎王は止まらなかった。
ちなみに焦炎王が言う最低価格というのは、この「ベルス」における商工会が定めた最低価格のことである。
ロングソードなら一本150シル、甲虫の鎧一組は400シル。鉄の大盾であれば250シル、とそれぞれの最低価格は決まっている。同時に上限も最低価格から3割増しまでとなっている。その間であれば、それぞれの店の独自の裁量によって値段を決めるといのがこの「ベルス」における武具の値段となっていた。
というのも武具は作り手である鍛冶師の力量がそのまま性能に直結するものであるからだ。同じロングソードでも駆け出しの鍛冶師が打ち上げたものと、名工が作り上げた逸品では性能は天と地ほどの差がある。
とはいえ、同じ材料を使ったロングソードで値段も天と地ほどの差があるのも問題である。たしかに性能という面で埋めようのない差があろうとも、同じ素材のロングソードなのに値段に差がありすぎるとかえって混乱が起きる。
例えば、駆け出しの鍛冶師が名工と同じ値段で武具を売ってしまい、買い手からのクレームに悩まされたり、名工が駆け出しの鍛冶師と同じ値段で武具を売ってしまい、薄利多売すぎて潰れたり、名工のメンツを潰されたりなどなど。
なによりも買い手にとっては同じ素材の武具で値段と性能が違いすぎるというのは、財布の紐を固くさせてしまいかねない。その結果、駆け出しがいつまでも駆け出しのままということにもなりかねないし、名工が加齢による引退し、「ベルス」の街の武具の質の低下という事態まで引き起こしかねない。
そういう問題を未然に防ぐために「ベルス」の商工会では、鍛冶師の力量差は関係なく、一律の下限とその下限から三割増しまでという上限設定をしている。
もし上限だけであれば、それこそ天と地ほどの値段が同じ素材を使った武具で生じることになるし、すべてが一律になると割を食うのは名工ということになってしまう。
だが、下限と下限の三割増しまでという上限の設定であれば、問題はある程度解決できた。駆け出しの鍛冶師ならば下限にすれば、買い手も性能に関しては目を瞑るし、場合によっては買い手からの要望を受けて技量を上げられることもあるし、クレームに悩まされることもない。名工も駆け出しよりもいくらか高い値段であればメンツを保つこともできる。それでもいくらか割を食うかもしれないが、駆け出しと同じ値段で武具を売るよりかはマシとなる。
Win-Winな関係とまでは言わないものの、誰もが割を食いすぎないということになる。同時に誰もが多少の割を食うことにはなるが、下手したら暴動が起こったり、質の低下という洒落にならないレベルの問題が生じるよりかはマシという考えの元の値段設定となっていた。
が、トロルほどの低価格で武具を販売する店はなかった。見ようによっては薄利多売という風にも見えるかもしれないが、トロルの店ほどの値段設定だとかえって客は寄りつきづらい。最低価格同然の値段の店など、性能は言うまでもないという発想に至るのはある意味当然だった。
ゆえにトロルの腕前が「ベルス」において随一だと焦炎王が認めていたとしても、店には閑古鳥が鳴くことになるのはひとえにトロルのサービス精神が旺盛すぎるというのが一番の問題なのだ。
そのことを焦炎王は前々から指摘していたが、トロルがそれを改めなかったことが焦炎王の怒りの原因だった。
「……はぁ、おまえはさっさと嫁を貰って、嫁に経営を一任しろ。でないといつまでも割を食ってばかりだぞ」
「あ、あははは」
「あははは、ではないわ、たわけが」
焦炎王は「本当にこいつどうしようもねえな」と呆れていた。が、呆れつつも、見捨てようとしないのはトロルの人柄あってのものだろう。
「とりあえず、今回のでき次第では報酬は上乗せしておく。それを蓄えに回せ」
「いえ、さすがにそれは」
「いいから、蓄えにしろ」
「は、はぁ」
焦炎王がごり押し、トロルは引き下がる。その姿を見て、「この人って商売に向いていないなぁ」としみじみに思うレンであった。
「とりあえず、ものを見せよ、トロル」
「は、はい。では、少々お待ちを」
トロルがそう言って工房の奥から二振りの剣を持ってきた。その奥には三着の服や軽鎧があるようだが、まずは剣からのようだった。
「これが依頼の品となります」
レンと焦炎王の前に出されたのは、揺らめく炎のような刀身をした両刃剣と氷のように透き通った刀身の片刃剣だった。
装備の詳細まで行かなかったヨ←トオイメ




