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61話 多大な期待

1週間ぶりとなりました←汗

「──さて、渡すものは渡したと言いたいところだが、大事なことを忘れておらぬか?」


「大事なこと、ですか?」


 焦炎王に膝枕をして貰っていると、焦炎王が言ったのはよくわからないことだった。


 焦炎王曰く、大事なことをレンが忘れているということであるが、正直レンにとっては「はて?」と首を傾げることだった。


 ここ数日は卒業試験のことばかりを考えていたため、いろいろと抜け落ちてしまっている可能性はあるけれど、大事なことと言われてもそれに当てはまることはひとつも思いつかなかった。


(試験の準備の前はガルドさんと一緒にブレスを斬る特訓していたり、フェニックスさんからの鬼訓練を受けていたりしていたけど、それは大事と言えば大事だけど、焦炎王様が改めて言うほどのことじゃないよな?)


 改めて考えてみても思いつくものはやはりない。


 だが、なにか引っかかるものがあることはたしかである。いや、正確に言えば、なにか引っかかりを感じたのだ。


 ガルドやフェニックスとの特訓と訓練のほかにもなにかあった気がする。ただ、それほど直近のことではなく、何日も前のこと、それこそ一ヶ月くらい前になにか──。


「……あ」


「思い出したか?」


 にやにやと見下ろしながら笑う焦炎王。その笑みにようやく言いたい意味がわかった。そしてたしかにこれは大事なことだったと思いだし、レンは慌てて起き上がった。


「トロルさんのところに行かないと!」


 そう、トロルに装備作製の依頼をしていたことである。アルトから戻ってきて、もうかれこれ一ヶ月ほどになるのだが、直近の訓練や特訓、そしてトドメとばかりの卒業試験のことですっかりと頭から抜け落ちてしまっていた。


 レンと焦炎王がそれぞれ依頼した剣はもちろん、「フィオーレ」全員の防具を含めてもすでに仕上がっていることだろう。まぁ、防具に関しては若干のラグはあるかもしれないが、剣はすでに打ち終わっているはずだった。


 だというのに、そのことをすっかりとレンは忘れていたのだ。だらだらと冷や汗が流れていく。


「う、受け取りに行かないと!」


「そうさな。そろそろ行くとしようか。我と一緒であれば、一瞬で着くであろうしな」


「お、お願いします!」


「ただし、ひとつ条件があるぞ?」


「条件ですか?」


「うむ。我よりも強くなること。それが条件である」


「……え?」


 焦炎王が口にしたのは思ってもいなかった言葉だった。というよりもかなり漠然としていたし、かなり無理のある条件だった。そもそも、送って貰う代価としては、いくらか代償が大きい気がしてならない。


「えっと、どういうことですか?」


「そのままの意味だ。そなたには我よりも強くなって貰う」


「……えっと、無理があるかと」


「無理などないさ。そなたであれば、我を越えられる。そう思うのだ。だからこそ、我よりも強くなることを条件として定めたいのだ」


 焦炎王は頑なだった。それでいて、レンに多大すぎる期待を向けてくれているようだ。その期待がずしりと肩にのし掛かっていく。


 だが、「無理です」とは言えない。一度口にはしたが、焦炎王に否定された。焦炎王はレンならばできると信じていた。なぜ信じてくれるのかはわからない。


 しかし師である焦炎王の期待に応えたいという気持ちもあった。たとえ、師を越えるという無理難題であったとしても、その期待に応えたいとレンは思っていた。だから、答えはもう決まっていた。


「……力ある限り、目指すとだけ」


「ああ、それでいい」


 焦炎王は笑った。


 その笑顔は透明感のある、透き通った爽やかなものだ。が、どこか儚さがあった。悲しみに染まっていると言ってもいい。どうしてそんな笑顔を浮かべるのかがレンにはわからなかった。


 焦炎王よりも強くなること。


 ただそれだけのことで、どうしてそんな悲壮感をあらわにするのかがレンには理解できなかった。


「それでは行こうか。トロルめが首を長くして待っているであろうしな」


「……はい」


 理解できないというレンの気持ちを無視して、焦炎王はレンの頭に手を置いた。その表情はいつもの焦炎王らしい、不敵だが、穏やかなものだった。そんな笑顔を眺めつつ、景色は一瞬で変化した。そこらでマグマが流れる地底火山から人混みのある街中へと移動していた。そしてその移動先はもちろん──。


「……ですから、いきなり来ないでください、と何度も言っていますよね、陛下」


 ──トロルの店の前だった。そして突如現れたレンと焦炎王の姿を見て、トロルはあきれたようにため息を吐いていた。ため息を吐くトロルの手には、はたきと箒などの掃除道具が握られている。どうやら店先の掃除をしようとしていたのだろう。周囲をよく見ると、人混みはあるが、いくらか人数が少なめであった。空の色はすでに夕焼けに染まっていた。どうやら店じまいをしようとしていたようである。


(地下住まいだったから、時間の概念とか完全に忘れていた)


 考えてみれば、取りに向かおうにもトロルの店が営業しているかどうかもわからなかったことをいまさらながらに思い至ったレン。


 焦炎王に会ってからというもの、時間の概念を忘れていたのだ。いや、気にしなくなっていたため、上界では昼か夜かという確認を完全に失念していた。


 いくらトロルが温厚とはいえ、店じまいを始めようとしたときに、いきなり来られては嫌がられるのも無理もないことである。


「す、すいません。出直しましょうか?」


「……あー、まぁ、いいさ。いましがた依頼の品は全部仕上がったところだよ。疲れたし、ちっと寝不足なんで、いまから寝ようとしたのさ。だからこその店じまいをしようとしていたんだが、店じまいを手伝ってくれるってなら、今日でも構わんよ」


「あ、はい。それはもちろん」


「そうか。なら頼むぜ。レンさんは店の前を掃いてくれればいい」


 トロルから箒を手渡され、受け取るレン。焦炎王は我関さずと店の中に入っていこうとしたが、トロルの腕が伸び、焦炎王の肩を掴んだ。


「陛下。どこに行かれるおつもりで?」


「店じまいの間、暇だから店の中で待たせて貰おうかと」


「あなたにも手伝って貰いますよ?」


「なぜ、我が」


「何度言っても連絡なしにお越しになられるからですよ。お得意様でありますし、陛下がどういうお方なのかも重々承知ですが、店じまいの途中でいきなり来られても困ることはおわかりですよね?」


「まぁ、そうだな」


「加えて、二週間経っても引き取りに来られなかった依頼品を、店じまいの途中で取りに来られました。別に受け取り期限があるわけではありませんし、前払いをしていただいていますが、連絡もなしに二週間も引き取りに来ないというのは問題ではありませんか?」


「それは、そうだな」


「つまり礼を失していることを二度もされているわけです。いままでの分は忘れるとしても、立て続けに二度も礼を失したことをされたら、当然謝罪は必要です。が、私はそれを店じまいの手伝いをしてくだされば、流すと言っているのです。それでもまだ手伝われませんか?」


「……むぅ。わかった。なにをすればいい?」


「そうですね。では、少し空腹ですので、なにか食事を買って来てもらえませんか? レンさんはともかく、陛下はまともに掃除をされたこともありませんでしょうから、下手に商売道具を傷つけられても困りますので」


「……わかった。適当に見繕ってこよう」


 やれやれとため息交じりに焦炎王は店の中から店の外へと踵を返した。焦炎王らしからぬあまりにも素直な行動に、少しだけレンは驚いていたが、それを口にする間もなく、トロルから「手が止まっているぞ」と注意されてしまった。


 レンは「すみません」と謝ってから掃除を再開した。依頼の品を取りに来たはずなのに、おかしなことになったなと思いながら、レンはトロルの店先の掃除にいそしむのだった。

続きはなるだけ早めに頑張ります。

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