58話 卒業試験 終
やっと更新できた←涙
今回で卒業試験はおしまいですね。
「双竜閃!」
レンは黒い雷の体の竜を纏いながら突撃を仕掛けた。
レンの雄叫びが響く。その様はまるで黒き雷の竜が咆哮しているかのよう。
実際は纏った「雷電」の音やレンの雄叫び、そして遠くのマグマの音などが複雑に入り乱れた結果、竜の咆哮のように聞こえているだけである。
それでもいまこのとき、雷の竜が顕現していることは変わらない。
突如として現れた雷の竜の姿に、観戦していた上位クラスの竜やガルド、さらにはフェニックスまでもが唖然としていた。
たとえ目の前にいる雷竜が実在しない存在であったとしても、あくまでもそういう風に見えるだけだとしても、顕現した雷竜に誰もが目を奪われていた。……たったひとり、レンと相対している焦炎王を除いては。
「雷竜を斬るのは初めてかのぅ」
焦炎王は雷竜を見ても唖然とすることもなく、目を奪われもせずに、淡々とその身を切り裂くことだけに集中していた。
すでに焦炎王にとっては、雷竜は切り捨てる対象になっている。それまで切り捨てた対象とは、生身を持たないというだけの違いしかない存在としか見ていなかった。
ゆえに焦炎王は焦りもせず、にやりと笑いながら、迫り来るミカヅチの刀身に、雷の竜の牙となったミカヅチの刀身目掛けて渾身の力を込めて愛剣を振るった。この一刀を以て切り裂くために。そうして焦炎王が剣を振り抜いた瞬間、焦炎王の全身を雷が駆け抜けていった。
「っ!」
普段は人の姿をしているが、実態は竜である焦炎王にとって、ただの雷など大した打撃にはなりえない。
だが、レンが放った雷の竜の牙は、焦炎王の体を駆け抜け、たしかなダメージを与え、わずかだが焦炎王の手を痺れさせた。
自身の手がわずかに痺れることになるなど、いや、自身に通用しえる一撃が飛んで来るなど想定もしていなかった焦炎王にとって、それは青天の霹靂とも言えることだった。
その衝撃は焦炎王の反応をわずかに鈍らせてしまう。そのうえ、手が痺れたことも合わさった結果、焦炎王の手から剣が滑り落ちることとなった。
「っ!?」
想定していなかった現実により、焦炎王から余裕が掻き消えた。
滑り落ちたとしても手を伸ばせば、すぐに掴める程度。ほんの一瞬、握っていた剣を手放したという程度のことだった。隙と言えば隙になるという程度のもの。
だが、そのわずかな隙がそのときにおいては、致命的な結果を生んだ。
「っあぁぁぁぁぁーっ!」
レンはそれまでよりも大きく吼えた。その咆哮に呼応するように雷の竜は、より大きくその身を膨張させた。
膨張した竜が牙を向いたとき、焦炎王は剣を掴み直していたが、そのときには焦炎王は竜の口内にいた。
「これほど、か」
焦炎王が対応する間もなく、竜は焦炎王を呑み込んだ。ほぼ同時にその胸元には交差した傷が生じた。
「我が君!」
フェニックスの焦る声が響くも、その声は焦炎王の耳には届かなかった。声が届くよりも早く、膨張した雷の竜は一気に破裂し、黒雷が円柱状に周囲を迸った。迸った黒雷は地底火山の天井までに達し、天井の岩盤を穿っていく。
「坊主!」
ガルドもまたフェニックス同様に焦り、レンの名を叫ぶも砕けた岩盤から身を守ることと、岩盤の砕ける音により、その声はレンにまで届くことはなかった。
円柱状になった黒雷は徐々にその範囲を縮めていき、やがて完全に消滅した。残ったのは大きなクレーター状に凹んだ岩盤とその上で膝を着いた焦炎王と焦炎王に抱かれる形で目蓋を閉ざしたレンだけだった。
そのほかにはなにもなく、焦炎王が玉座としていた大岩さえも影も形もなく消滅していた。
「……見事じゃ。まさか、我に一太刀を、まともに一太刀を浴びせることができようとはのぅ」
焦炎王の胸元には交差した傷があった。胸元は朱色に染まり、胸当ての下の肌はわずかに露になっているが、大きな交差した傷から出た血によって染まっていた。
その傷口に触れぬまま、焦炎王は満足気に笑っている。傷口だけを見ると痛々しいのだが、焦炎王はその傷口を見て誇らしげにしていた。
「……本当に成長が早い弟子じゃな」
レンを見やる焦炎王の目はとても穏やかだった。レンの頭をそっと撫でて笑っていた。その手つきはとても優しかった。労るように。慈しむようにレンを撫でていく。端から見れば、その姿は眠る我が子を見守る母親のようにさえ見え、一種の神聖ささえ感じるほどだ。
「……さすがは彼の方の、いや、その言い方ではそなたの力は血ゆえのものとなるか。そなたの力は血ゆえのものもあろうが、それ以上にそなたが励み鍛えあげたからのもの。決して血だけが原因ではない。むしろ、それはほんの後押しのようなものであろう。そなたの力はそなた自身が磨き続けたがゆえ。誇るがいい、我が弟子よ。そなたの剣はたしかにこの身に届いたぞ」
焦炎王はそう言ってレンに向かって顔を近づけると、傷だらけの頬に唇を落とした。
「おめでとうございます。称号「焦炎の寵愛者」を獲得致しました。これによりスキル「吼炎剣」が追加されます」
静かなアナウンスが流れるも、すでにレンの意識はなかった。
だが、意識はなくともその表情はどこか晴れやかである。そんなレンを見下ろしながら、焦炎王は「大いなる子に祝福あれ」と呟いた。
その言葉はレンは当然として、フェニックスたちの耳にも届くことはないほどに小さなものだった。だが、たしかに焦炎王自身が発した言葉であり、レンの幸福を祈る言葉でもあった。たとえレンが聞いていなかったとしても、レンへのたしかな愛情が籠っていることには変わらない。
そんな焦炎王の愛情を一身に受けつつも、レンは健やかに眠っていた。とても安らかに眠るその姿は、まるで母親の膝の上で眠る幼子のようでもあった。
焦炎の寵愛者……炎の竜王からの寵愛を受けし者に与えられし特別な称号。我が愛しき者よ、思うがままに生きよ。獲得時にスキル「吼炎剣」が自動追加される。獲得条件は不明。特殊効果は戦闘中に炎系の与ダメージが増加(中)、炎系の被ダメージ減少(中)。
吼炎剣……古より伝わる剣技のひとつ。その剣閃、燃え盛る炎の如く。ボーナスポイントでの取得も可能。消費ポイントは15。自動追加される条件は「焦炎の寵愛者」の称号を獲得することだが、「焦炎の寵愛者」の獲得条件は不明である。なお使用者の技量によってダメージが増減する。




