57話 卒業試験 その3
遅くなりました←汗
黒い雷の竜が焦炎王にと迫っていた。
正確には、双剣になったミカヅチで放った二條の黒雷が合わさり、それが竜に似た外見となったというものであって、レンが雷の竜を召還したではない。
だが、対外的に見たら、レンが黒い雷の竜を召還したように見えるだろう。
実際、卒業試験を見守るガルドやフェニックスたちはみな驚いた顔をしていた。
「EKO」には職業としてサモナーは存在するが、現時点でのトップサモナーでも竜を召還できる者はいない。最終的にはできる可能性はあるだろうが、現時点ではまだ召還できてはいないのだ。
それはプレイヤーであるガルドはもちろんのこと、NPCのフェニックスとて理解している。だからこそ、レンが黒い雷の竜を放ったことに誰もが驚愕としていた。
それは傍観者であるガルドたちだけではなく、対峙している焦炎王も同じ。あまりにも突拍子もない状況に、つかの間動きを止めていた。
(うまくいった)
現状を踏まえてレンは内心ほくそ笑んでいた。卒業試験に向けての準備がうまくいったことに対する安堵であった。
レンにとっての準備とは、新しい切り札を得ること。
それが形をなしたのが「双鳴閃」であった。
名前はそれっぽいものだが、実態は黒雷を纏わせた双剣をぶつけ合い、前方にそれぞれに纏わせた雷を放つというだけのもの。
「瞬撃の剣」を用いて様々な試しをしていたときに、たまたま発動したものを、準備期間の数日間でできる限り鍛えたものが、「双鳴閃」の正体だった。
その「双鳴閃」は、エフェクトは派手だが現時点では、切り札というわけではない。あくまでも形をなしただけであり、切り札になったわけではなかった。
はっきりと言えば、切り札にするには成功率が低すぎる。まだ確実に放てるわけではないのだ。竜になるのはせいぜい5回に1回できればいい方である。成功率は20%を下回っていた。
そんなものを切り札と言うのは無理だ。
むしろ、ロマン技や博打技と言う方が正しい。下手したら雷同士が合わさることなく、反発した結果、自他共に巻き込む目眩ましや爆発を起こすような自爆技にもなりかねない、かなり微妙なものでしかなかった。あくまでも現状では、だが。
そんな「双鳴閃」だが、初見でのインパクトは最高だろう。
お陰でガルドたちだけではなく、焦炎王の動きさえも止めることができたのだ。
これ以上とない成果である。
あとは「雷電」での一撃を放つだけでいい。
いや、「雷電」での一撃を放つしかなかった。「双鳴閃」を放ったことで、本来の鞘までもが剣となっているいまは、「雷電」からの抜刀である「雷電一閃」は使えない。
ゆえに単純に「雷電」からの一撃を放つ以外しか攻撃方法がなかった。だが、単純な攻撃であったとしてもこれ以上とない好機だった。
「「雷で──」」
「……ふむ。目眩ましには最適か。だが、その程度よな」
焦炎王が動いた。
黒い雷の竜へと向けて剣を振るったのだ。竜はわずかの間、焦炎王の剣と鎬を削っていたが、すぐにその姿は塵と消えた。
「嘘、だろう?」
思いもしなかった光景にレンの動きは止まった。それは考えてもいなかった光景だった。焦炎王に対してダメージを与えられないとしても、それなりの打撃になると考えていたのだ。
それが剣を一振りさせただけで消滅させられた。それだけの実力差があるということなのだろうが、それでも付け焼き刃のような時間での準備だったとしても、鍛え続けたもの。努力の結晶のようなものだった。
それがいまあっさりと塵になった。その衝撃は思っていた以上の衝撃となり、レンの中を駆け巡っていた。それゆえの停滞だった。
だが、停滞していたことが致命的な隙を生じさせていた。
「なにを呆けている?」
焦炎王が大きく踏み込み、レンの目の前にと迫っていた。
レンはそこでようやく自分を取り戻したが、すでに焦炎王は剣を振り抜いていた。レンにできたのは双剣を重ねることだけだった。
強かな衝撃とともに「ギっ!」と普段口から出ることのない声を上げて、レンの体は大きく後退させられる。
(両腕の感覚が鈍い!)
たった一撃を受け止めただけで、両腕の感覚が鈍くなった。
感覚がなくなったわけではないが、うまく動かすことができなくなっていた。
仮に相手が格下であっても劣勢に陥ることは避けられない。それが焦炎王のようなはるか格上の者が相手となるのであれば、完全に致命的な結果であった。
そしてそれを焦炎王が理解しているのであれば、なおさらである。
「まだ終わっておらんが?」
大きく後退したレンに追い付き、焦炎王は再び剣を振るう。レンは鈍くなった両腕へと必死に力を込めて焦炎王の一撃を受け止めることしかできなかった。
それもいつまでもできることではないことをレン自身理解していた。
理解しながらもレンは受けることしかできずにいた。
そんなレンにと焦炎王は追い討ちをかけた。
「やれやれ。この調子では、あのヒナギクとかいう娘を守ることもできんの。いまのままでは、貴様の兄の慰み者になるのが精々であろうな」
ヒナギクのことを焦炎王は口にした。その言葉にレンは反射的に「ふざけんな!」と叫んだ。だが、その叫びに焦炎王は高笑いすることで返した。
「は!弱者がなにを言おうとも現実は変えられぬわ!いまのままでは、あの娘は貴様の兄の手籠めに遭う運命よ!なにせ、あれは女である我からも見てもなかなかにそそられる娘であったからのぅ。貴様の兄にとっては舌なめずりしたくなる獲物でしかないだろうさ!」
焦炎王は笑いながらレンを攻め立てた。何度も響く金属音が徐々に鈍い音へと変わっていく。鈍い音に掻き消されないほどの声量で焦炎王は続けた。
「むしろ、貴様の兄の慰み者になるくらいであれば、我が喰ろうてやろうかのぅ?処女の肉は美味いとも言うしな。まぁ、その前にいくらか楽しませて貰うが。なぁに、処女でなくてもあれほどの娘であれば、たいそう美味であろうさ」
唇を舐めて笑みを浮かべる焦炎王。その笑みにレンは「ふざけんな」と叫びながらミカヅチを交互に振るうも、あっさりと受けられてしまった。
「遅い。遅い。遅いのぅ。普段よりも遅いぞ?そんな攻撃でヒナギクを守れるのか?むしろ逆に守って貰っているのではないか?あははは、とんだ口先だけの恥知らずじゃな!」
焦炎王が嗤う。その声にレンは冷静さをかなぐり捨てていた。
それでも焦炎王には届かず、体勢が徐々に崩れていく。だが、レンは止まらない。無茶苦茶な軌道で双剣を振り回していく。そんなレンを焦炎王は冷めた目で見つめながら、距離を外してしゃがみこむとレンの脚を払った。
ちょうどレンは前につんのめる体勢になっていたレンは、突然の足払いに対応できず、前転をするように地面に顔からぶつかる。
顔をぶつけた痛みで少しだけ冷静が戻るも、現在の体勢の危険さを理解したときには、焦炎王の剣は振り下ろされていた。
レンはとっさに左に転がって剣を避けると、立ち上がりと同時に「雷電」を用いて距離を取った。
両腕の感覚は鈍いを通り越して、痺れさえも感じるほどになっていた。
それでもレンはミカヅチを構えて立ち上がっていた。
瞬間、焦炎王の表情が綻ぶものの、レンは体勢を整えることで精一杯だったことと、あまりにも一瞬のためにそれを見過ごしていた。
顎の先から汗を滴らせながら、レンは焦炎王を見据える。
どうやっても勝ち目なんてない相手。
それでも戦わなければならない相手。
その相手にどう打ち勝つのか。
レンはそれだけを考えていた。
だが、どうあっても勝ち目は見えない。
「双鳴閃」は通用しなかった。
それはさんざん使ってきた「雷電一閃」も同じ。
勝つためのビジョンはおろか、立ち向かうための武器さえもない。
それでも頭を垂れることはできない。
立ち向かう以外に方法はない。
(どちらも通用しなくてもやるしかない!)
やるやらないの段階ではない。やるしかなかった。戦う以外の選択肢などとうにないのだ。
たとえ戦うための武器が揃って通用しなくても。
(揃って?)
ふとある閃きがレンの脳裏をよぎる。わずかな思考の後、その閃きに懸けることにした。どのみち、策はないのだ。ならば一か八かの手に出るしかなかった。
「双鳴閃!」
レンは再度双剣をぶつけ合い、黒い雷の竜を放った。
「それは通用せんと」
焦炎王は面倒くさそうに言いながら、剣を振るおうとした。そのとき。
「雷電!」
「む?」
レンは「雷電」を使用した。雷の竜目掛けて高速移動を始めた。「雷電」の速さは竜の速度を超えていた。そしてレンは竜に追い付くと、そのまま竜の中にと踊りこんだ。
「なんと!」
焦炎王が目を見開いた。その瞬間、レンは黒い雷の竜を身に纏い、その勢いのまま焦炎王の懐に飛び込み、そして──。
「双竜閃!」
身に纏った竜とともにレンは双剣を全力で振るうのだった。
次回は10日前後に更新したいです。




