56話 卒業試験 その2
遅くなりました←汗
P.s.語呂が悪いので、技名変えました←
剣が舞う。
鞘が走る。
舞った剣は鈍い金属音を奏で合い、走る鞘は甲高くぶつかり合う。
それはいつも通りの、レンと対峙する際のいつも通りの光景でもある。
いつも通りの光景だが、ほぼ必勝の状況でもある。単純な剣戟だが、その剣戟において焦炎王はレンに負けたことはない。だからと言って決して油断することなく、レンを見つめていた。
(……いまのところなにも変わっておらんな)
「瞬撃の剣」を使う様子はいまのところはない。
だが、いつ「瞬撃の剣」を使うかはわからない。実際「瞬撃の剣」を使われて負けたこともある。
だが、単純な剣戟で負ける気はないし、負けるとも思えない。
負けるとしたら、「瞬撃の剣」を用いた想定外の一撃のみ。
よって警戒するのは「瞬撃の剣」の発動だけでいい。
そして警戒するべき「瞬撃の剣」も用途事態は単純明快だ。
「瞬撃の剣」は真っ正面からの戦いにも使えるが、もっとも向いているのは相手が想定していない一撃を放つこと。即ち圧倒的な多種類の攻撃回数による強襲用か、相手の思いもよらない種類での先制攻撃を持って打倒するための奇襲用かのどちらか。
かつてのミカヅチの使い手も基本的には強襲用として「瞬撃の剣」を運用していた。
だが、使い手が異なれば運用も異なるもの。以前の使い手が強襲用に使っていたとはいえ、レンも強襲用に使うとは限らない。むしろ強襲用と考えていたら足を掬われかねないのだ。
もっとも足を掬われたところで、それでも勝てる自信はある。自信はあるが過信は危険でもある。過信ではなく、純然たる事実とも言えなくもないが、どちらにしろその自信が油断に繋がることは十分にありえる。
ゆえに油断することなく、レンの一挙手一投足に焦炎王は目を向けていた。
しかし、レンはなぜか「瞬撃の剣」を使おうとはしていない。
駆け引きをするためなのだろうが、「瞬撃の剣」を用いることは、いや、用いらなければならないことはとうに見通している。
「瞬撃の剣」を使えば、ようやく勝ち目が出る。逆に言えば、「瞬撃の剣」を使わなければ勝ち目はない。
ゆえにこちらは「瞬撃の剣」を放ってくるタイミングのみに気を使えばいいだけなのだ。
その時点で駆け引きもなにもない。遮二無二でも「瞬撃の剣」を放つしかないのだ。
だというのにレンはなぜか「瞬撃の剣」を温存している。
タイミングを計っての一撃を叩き込むつもりなのか、それとも「瞬撃の剣」を使わなくても勝てるつもりなのか。
(どちらにしろ、甘く見られたものだ)
奥の手を温存できるほど、使わくてもいいと思われるほどに、レンは焦炎王を弱いと考えているのだろう。ずいぶんと甘く見られたものだった。
「……図に乗るなよ、レン」
焦炎王は苛立ちを乗せて剣を振り抜き、レンの首筋目掛けて剣が走っていく。
レンはミカヅチを立てて焦炎王の剣を防いだ。
だが、その表情には余裕はない。いまの一撃で余裕を奪われたようだが、だからと言って手を止めてやる理由は焦炎王にはない。
「切り札を使わずして我に勝てるとでも?甘く見るでないぞ、小僧」
抑えるべき怒りが沸き起こっていく。冷静な部分が「これが狙いなのではないか」と思うのに、感情をうまく制御できなかった。制御できないまま、二度、三度と剣を振るい、レンを押し込んでいく。レンは反撃を仕掛けられず、ただ耐えるので精一杯になっていた。それでもなお焦炎王は躊躇なく攻撃を仕掛けていた。絶え間なく金属同士がぶつかり、擦れ合う音が響き続けている。それでも手を止めることはしないし、できなかった。
(……いかんな。自分を抑えきれぬ。これもミカヅチの使い手と見えているからか)
神器ミカヅチとムラクモ。神獣を殺めた二振りの剣のひとつを前にして、感情を抑えきれなくなっていた。
普段であれば抑えきれる。
だが、嘗められたと思ったときから苛立ちが次々に沸き起こり、冷静な判断ができなくってしまっている。
もし、これが狙いであれば大したものだ。レンの手のひらの上で踊っているようなものであるからだ。
しかしレンにとっても現状は想定外なのかもしれない。
レンは明らかに焦っていた。
想定していた以上に、レンの想定を大幅に超えた苛立ちをぶつけられているからこその焦りなのかもしれない。
それでもレンは懸命にミカヅチで受け続けている。その姿は見事としか言いようがない。
(……我の攻撃をここまで受け続けられるようになったか。卒業試験としてはもう十分ではあるな)
以前のレンであれば、早々にミカヅチを叩き落とされ、喉元に剣を突きつけられていただろう。
だが、いまのレンはミカヅチを叩き落とされることもなく耐え続けている。それどころか、じっと焦炎王を観察していた。そう、レンはいま焦炎王を観察しているのだ。
圧倒的に不利な状況下であるというのにも関わらず、反撃の機会を窺っているのだ。その姿は当初と比べれば格段の進歩とも言える。常に勝つことを、生き残ることを考えている。生き残ることを簡単に諦めていた以前とはまるで違う姿である。それは誰が見ても成長としか言い様のないことであった。
(……成長は確かめられた。もう合格としても問題ではないかもしれぬ。だが、こやつはなにを狙っているのだ?)
成長を確かめられた時点でもう卒業試験は合格にしても問題はないだろう。
だが、その一方で気ががりというか、気になる点もある。
「瞬撃の剣」を使わない。その理由が見えないことが、どうにも引っ掛かるのだ。
(……使えないわけではあるまい。以前、「瞬撃の剣」を使いこなしてはいたのだから、使えないわけがあるまい。ではなぜ使わぬのだ?使わぬ理由があるとでも言うのか?)
レンの考えがいまひとつ読めなかった。相手の行動ないし狙いを読むこと。それもまた戦いに必要なことである。
だが、必要なことが焦炎王はできなかった。いや、したくても理由が見当がつかないのだ。
(……必死に耐えている現状で、「瞬撃の剣」など使えるわけもない。では、なぜこやつは耐えておるのだ?早々に負けては成長を認められないと考えているのだろうが、はたしてそれだけなのか?別の理由があるのではないのか?)
沸き起こる疑問により焦炎王の動きはわずかに鈍っていた。
もっとも鈍ったところでレンではどうしようもないことのようで、必死に耐え続けている。
耐え続けたところで現状が変わるわけではない。そんなことは言われずとも理解しているだろう。なのになぜレンはいま耐えているのだろうか。いや、耐え続けた先でなにを狙っているのだろうか?いつまでも耐え続けられるわけもないのに、なぜ耐え続けているのだろうか?
(……わからぬ。こやつはいまなにを考えている?)
理解不能なレンの行動に焦炎王はほんの少し寒気を感じていた。理解できないことに怯えるというのは、別に人だけのものではない。ドラゴンとて理解できないことには怯えてしまう。
たとえ古代竜にして竜王の一角として数えられていたとしても理解できないことに対しての怯えはどうしても抱いてしまうものだった。
(……これは早々に倒した方がいいかもしれんな。なにかしらの狙いがあるのかもしれんが、いまのままでは致命傷を負いかねん)
なにが狙いなのかをはっきりとさせたいところだが、そこまで粘らせて致命傷を負わせるというのはできたら避けたい。
となれば、だ。早々に決着を着けるのもまた親心というものだろう。
(ひとまず、気絶させるかのぅ)
まずは気絶させる。
それだけを考えて焦炎王はミカヅチを跳ね上げるべく、下から掬うようにして剣を振るった、そのとき。
「いまだ!」
レンが叫ぶ。同時にレンは「瞬撃の剣」を用い、ミカヅチを二刀にしながら、レンは焦炎王の体を蹴ることで後ろに下がり焦炎王から大きく距離を取った。
(ここからどうするつもりだ?)
だが、二刀にしたところでそれがどうしたというのか。
二刀にしたところで手数が多少増える程度である。
加えて距離を取ったことで、即座に隙を衝くことができなくなった。しかし距離を取られた際に蹴られたことで、体の軸がわずかにぶれたことはたしかである。
だが、あくまでもわずかにぶれた程度である。
この程度は誤差のようなものだ。
そしてこの誤差が狙いであれば、期待外れだ。
現時点ではレンの行動は小細工としか言いようがない。いや、小細工にもならない。その程度の浅知恵にも満たない行動ひとつで負けるわけがない。そう焦炎王は自信を持っていた。
「双鳴閃!」
だが、次の瞬間焦炎王が見たのは目が眩むほどの黒い雷の奔流、黒い雷の竜の姿だった。
次回は早めに更新したいです←汗




