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第55話 卒業試験その1

3週間ぶりになりました、ごめんなさい←汗


息をひとつ吐いた。


吐息は熱い。熱に魘されているかのように体が熱かった。


体の芯から沸き起こる熱が、体を駆け巡っていく。


まるで神経ひとつひとつが強く結び付いたように。血管の一本一本に絶え間なく血が勢いよく流れ込むように。体中のすべてがひとつになったように。すべてが循環し、その結束が力になったようだった。



「……準備はいいかの?」


「問題ありません」


「そうか、では始めるとしようか」



焦炎王はいつものように剣を肩に担いでいた。しかしいつもとは違い、その眼差しはとても真剣である。


レンは大きく深呼吸をした後、唇を真一文字に結んだ。見つめるのは焦炎王ひとり。全身を眺めつつ、その手足に視線を向けていく。


焦炎王は頬を綻ばせながら、「それでよい」と微かに笑っていた。その笑顔にほんの一瞬力が弛緩しそうになるが、改めて力を込め直す。



「……ふむ。力を込めすぎじゃな。もう少し肩の力を抜け。でなければ──」



フッとした瞬間に、焦炎王が消えた。目で追うことはできない。目にも写らない速さ。音さえも聞こえない。



「──簡単に死んでしまうからの」



声が聞こえた。


しかし姿は見えない。見えなくてもレンは振り返りながら構えていたミカヅチを振り抜いた。


ガキィンという高い音が鳴り響く。振り返った先には、肩に担いでいた剣を抜いた焦炎王がいた。



「見事。だが、これはどうかな?」



焦炎王は空いた左手で鞘を握ると、そのまま振りかぶった。


レンもまた左手で鞘を握ると、焦炎王が振りかぶった際にできた隙を衝いて、左足で大きく踏み込みながら強く押し込むようにして鞘の先端を突き出した。


が、突き出した鞘の先端は焦炎王には当たらなかった。当たる寸前でわずかに首を動かし、焦炎王はレンの一撃を避けていた。


同時に焦炎王は振りかぶった鞘を振り下ろしていた。


レンは踏み込んでいた左足を大きく引き、半円を描くようにして移動することで焦炎王の鞘での一撃を避けた。



「ほぅ?」



焦炎王は嬉しそうな声を上げる。レンが対応していることが嬉しいのだろうが、レンにしてみれは勘弁願いたいものである。



(こっちは、もうギリギリだっての!)



焦炎王にとってみれば楽しめる程度なのかもしれないが、レンにとっては楽しめる云々のレベルではない。限界ギリギリまで追い込まれているのだから、楽しむ楽しまないという段階はとっくに超越していた。


それでも焦炎王は楽しげにレンへと攻撃を仕掛けてくる。レンが対応してくれるのが嬉しくて楽しいのだろう。


そのせいか、より焦炎王はギリギリな攻撃を、レンにしてみればどうにか反応でき、その後無理やり対応にまでこぎ着けるような一撃ばかり放ってくる。


逆に言えば、レンが対応しなければいいだけなのだが、それはそれで後々が怖い。レンにしてみれば、対応したくなくとも対応せずにいられないという、どうしようもない状況に追い込まれていた。


レンには打開策はない。


そもそも打開策などあるはずもない。そんなことは言われずともレン自身が理解している。


レンの手札のことを誰よりも把握している焦炎王に対しての打開策などあるはずもない。


それでも理解したうえで、いまレンは焦炎王との一対一に挑んでいる。


だが、これは袂を別ったがゆえではない。ある意味では正しいが、実態は卒業試験であった。


その卒業試験にレンは全身全霊で挑んでいるということである。


なぜ卒業試験をレンが受けているのか。それは数日前に遡る。




──数日前。




「少し、よいかの?」


「あ、はい、もちろんです」



数日前、いつものようにガルドともに焦炎王とフェニックスにしごかれていたレンだったが、訓練が終わり、自由時間になったとき、焦炎王に呼び止められたのだ。


すでにガルドは近くにいた上位ドラゴン相手に自主トレーニングをしている。


内容は上位ドラゴンの手加減をしたブレスを切り裂くというもの。


ブレスはドラゴン系モンスターにおける代名詞とも言うべきものであり、必殺の一撃である。その一撃への対処法は避けるか防ぐか、もしくは潰すかである。


ガルドの場合、回避するにはAGIの数値が足りない。防ぐにしても弟分にあたるバルドほどの圧倒的な防御力はない。となるとできることは、ブレスを叩き切ることのみ。


ゆえにガルドは自主トレーニングの一環として、上位ドラゴン相手にブレスを叩き切っていたのだ。


そのトレーニングにはレンも参加していた。その日もガルドともども上位ドラゴンに協力してもらうつもりだったのだ。


だが、その予定は焦炎王が言い放った一言で立ち消えることになる。



「そろそろ一人立ちするか?」


「一人立ち、ですか?」


「うむ。一言で言えば、卒業試験を受けるつもりはないかということであるな」


「卒業試験、ですか?」


「あぁ。そなたはそろそろここでの訓練を終えてよいはずだ。というよりもそろそろ実戦で鍛える時期に入るべきだ。ゆえの卒業試験である」



焦炎王の言い放った言葉に、玉座周辺の空気が一気に変わった。凍りつくというわけではないが、不思議と重苦しい空気が流れている。


ただ当の焦炎王は平然としている。平然としながらもその目はとても真剣だった。真剣な眼差しをまっすぐにレンにと向けている。



「……具体的にはどんなことを?」


「なに、変わったことはせぬ。いつもとさほど変わらん。ただ我と戦えばよい。ただし」



「ただし」と区切ると、焦炎王は口を閉ざした。どうしたのだろうと思った、そのとき。空気がまた変わった。



「油断したら死ぬと思え。そなたができる限りのことをして見せよ」



焦炎王は淡々と言った。瞳孔は縦に裂けており、紅い髪は風も吹いていないのに、舞い上がっていた。そしてなによりも焦炎王の体のすべてを覆うような紅い炎を纏っていた。


明らかにそれまでとは違っていた。焦炎王は本気だった。本気でレンと戦うつもりのようだった。その姿に玉座にいた誰もが凍りついていた。それはレンとて同じだったが、凍りついたレンを見て、微かにだが焦炎王が落胆したようにため息を吐いたのだ。その姿を見てレンの心は燃え上がった。



(世話になったこの人に落胆なんてさせられない)



レンにとって焦炎王は師だった。たとえデータだけの存在であっても、世話になった師に、手塩に掛けてもらった師を落胆させたままではいられなかった。


たとえその師が本気で殺しに掛かってくるのが避けられないとしても、それでも師の期待に応えたかった。ゆえにレンの返答はひとつだけだった。



「ある限りの力で」


「よかろう。では、準備ができたら始める。それまでは我からの訓練も、フェニックスの訓練もない。心身ともに準備を整えて挑めよ、レン」



焦炎王はレンの返答に満足したのか、穏やかに笑った。それから心身ともに準備をこなし、今日を迎えたのだ。



(できる限りの準備はした。あとは結果を出すだけなんだ!)



落胆も失望もさせない。レンは気合いを新たにした。同時に焦炎王は次の行動に、距離を取ったレンにと左右で握る鞘と剣を交互に振るってきた。


相変わらずの高速の一撃。それでもあっさりと負けるわけにはいかない。


歯を食い縛り、レンは焦炎王相手の卒業試験に集中していった。

続きはできれば、明後日の予定です。

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