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5話 ヒナギクの事情

 翌日──。


「……昨日はごめんなさい」


 タマモはログインすると、いつものように畑へと向かった。


 畑にはすでにヒナギクがいた。レンはクーたちと一緒に建築の続きをしている。昨日はなんだかんだでレンは建築に回れなかったのだ。


 今日のレンはとても晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。


 まるで昨日のことを忘れたかのようにだ。実際は忘れたのではなく、忘れたいのだろう。


 タマモも昨日のことはできれば忘れたかったので、蒸し返すことはやめようと思っていた。そう思っていたのだが、タマモを見つけるとヒナギクはなぜか走って近づいて、そして勢いよく頭を下げたのだ。


 いきなり頭を下げられたことでタマモは困惑していた。困惑していたが、ヒナギクが頭をあげる様子はない。


 昨日のことを謝られたのは別にいい。タマモ自身特に気にはしていないことだった。


 いや、気にしたくないことだった。なんであんな目に遭ったのかという追及をする気さえも起きないほどの恐怖。それが昨日のやり取りだった。


 その恐怖から解放されたことで、レンはああも晴れやかな表情を浮かべているのだろう。とても羨ましいが、いまはそういうことを言っている場合ではない。


「いや、別にボクは気にしていないのです。ヒナギクさんにもきっと事情があったのでしょうし」


 普段のヒナギクから考えると、昨日は明らかに様子がおかしかった。


 それこそヒナギクのアバターを別人が操作していたのではないかと。いわゆる「乗っ取り」されてしまっていたと言われた方がまだ納得できる。


 それくらいに昨日のヒナギクはいつものヒナギクとはまるで違っていた。別人だと思うくらいにはいつものヒナギクらしからぬ姿だったのだ。


「事情。うん、事情はあったんだ。でも、それはすごく個人的なものだったんだ。その個人的な理由でタマちゃんたちに迷惑をかけてしまったと思うと、すごく申し訳ない気分だよ」


 ヒナギクはため息を吐いていた。本当に落ち込んでいるようだ。


 たしかに昨日のヒナギクはとても恐ろしかったが、レベルを上げづらいタマモのレベリングに付き合ってくれていたと思えば、いくらか厳しくても一応の納得はできる。……普通のレベリングはあそこまでの恐怖を抱かせてくれるものではないだろうが。


 それでも一応は納得できているのだ。それにあれのおかげでタマモのレベルは3になっていた。


 いったいどれほどのキャベベ炒めを延々と作らされたのかはタマモにもわからない。


 ログアウトしたらリアルで腕が震えていたのだ。


 あれは恐怖ゆえのものなのか、それともゲーム内の疲れがリアルの体に影響したのかは定かではなかったが、とにかく昨日一日でタマモはレベル3になることができていた。


 後発組のプレイヤーを含めてもダントツで最下位のレベルではあるが、それでもレベルを上げられたことは変わらない。


「一応ボクのレベルも上がりました。まぁまだ弱いですから、大して変わらないでしょうけどね。でもレベルが上がったのはヒナギクさんの特訓を受けたからこそです。だからあまり気にしないでください、ヒナギクさん。ボクもあえて気にはしないのです」


「いいの?」


「はい。だって仲間なんですから」


 そう、ヒナギクとレンはタマモの仲間だった。


 仲間というのは支え合ってこそのものだろう。


 一方的に搾取したり、寄生したりするのは仲間ではない。


 その点昨日のヒナギクは厳しかったが、搾取していたわけでもなければ寄生していたわけでもない。


 ただタマモのレベルを上げようと一生けん命になってくれていただけだった。だから気にすることではないのだ。


「……ありがとう、タマちゃん。そう言ってもらえて嬉しいよ」


 ヒナギクはヒナギクらしい笑みを浮かべてくれた。その笑顔に思わずタマモの胸は高鳴った。


 普段きれいなヒナギクだが、時折幼さの残る笑顔を浮かべることがある。その笑顔をタマモはとてもかわいいと思っていた。


 いま浮かべている笑顔は、時折見せるそれよりもかわいかった。


 アオイという「理想の嫁」がいるにも関わらず、タマモの胸が高鳴ってしまうほどにだ。


(なんだかアオイさんに悪いことをしてしまった気分です)


 初日に会ったっきりのアオイ。いまはどこでなにをしているのやら。


 少し前までは「アオイに会いたい」という欲求があった。


 しかしヒナギクたちとクランを組んでからはその欲求はなくなっていた。アオイの代りをヒナギクが務めてくれているからだ。


 とはいえ、アオイが「理想の嫁」でなくなったわけではない。


 しかしアオイはあまりにも高嶺の花すぎて、タマモは手を出せなかった。


 その高嶺の花が自身を狙っていることにはタマモは気づいていない。


「どうしたの、タマちゃん?」


「いや、別になんでもないです。それよりも、事情ってどんなことだったんですか? あ、話しづらいことであれば別に」


「ううん。話しづらいわけじゃないよ。ただ、ちょっと子供っぽいかなぁって」


「子供っぽいことですか?」


「うん。実はその、憧れの人がいるんだ。親戚のお姉さんなんだけど、とても聡明できれいな人なんだ。その人がこのゲームの攻略組をしているみたいで、その人に会いたくて」


「へぇ。親戚のお姉さんが」


 なんだか奇遇だなとタマモは思った。実際タマモも希望という親戚の妹分がEKOをプレイしている。


 その希望はタマモを攻略組と勘違いしてしまっているが、あまり大規模な被害が出ないことを祈りたい。


「その人に追い付きたくて、タマちゃんのレベリングをしようと思ったんだ。でもさすがにひどすぎたみたいで、運営からも注意勧告なのか、ネタにされたのかわからない「称号」を貰っちゃって、それで頭が冷えたというか」


「どんな「称号」なんですか?」


「……「鬼屠女おとめ」って言うらしいんだけど」


「……これはまた」


 運営らしいやり方だなぁとタマモは思った。


 まぁ、間違ってはいない。間違ってはいないが、もう少しやり方があるのではないかと思えなくもなかった。


「だから、ね。タマちゃんにはお詫びをしようと思うんだ」


「お詫びですか?」


「うん。私のこと好きにしていいよっていう権利をあげようかなって」


 ヒナギクの発した言葉にタマモは雷に打たれたかのような衝撃を受けたのだった。

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