44話 突然の帰郷
間に合わなかったorz
「どうだった、レン?」
ニヤニヤと人の悪そうな笑顔を浮かべる焦炎王。その笑顔を見て、レンは固まってしまった。正確には焦炎王の姿を見て固まってしまった。
焦炎王を見て固まったが、それは焦炎王を初めて見たからというわけではない。ある意味では初めてと言えば、初めてのことだった。
なにせ焦炎王がいるのは、トロルの工房から出てすぐのところだったのだ。
「……なにしているんですか?」
「うん?」
「いや、なぜここにいるんですか?」
「散歩だが?」
「散歩?」
「うむ。散歩だ」
「……そう、ですか」
胸を張って言いきる焦炎王。その表情はこれ以上とないドヤ顔である。そのドヤ顔にレンはなにも言うことができなくなった。
小さく肩を落としながら、頭を押さえこんだ。しかし当の焦炎王は気にすることなく、レンの後ろにあるトロルの工房を眺めていた。
「ふむふむ。そなたが選んだ工房とは、ここのことか。なるほど、なるほど」
焦炎王はうんうんと何度も感心したように頷いている。
が、なにを感心しているのかはわからない。少なくとも店の佇まいを誉めているわけではないだろう。
トロルの店の佇まいは、はっきりと言ってボロい。よく言えば趣があると言えなくもないだろうが、口さがない言い方をしたらボロいとしか言いようがなかった。
そんなトロルの店を誉めたということは、店の佇まいではないはずだ。……もしかしたら焦炎王の趣味にあったということもあるだろうが、おそらくは違うとは思いたい。
となるとだ。焦炎王が誉めた理由とはひとつしか考えられない。
(トロルさんの腕前を見極めたのか?たしかに店先にはトロルさん手製の武具が置かれているけど)
店先にはある武具はすべてトロル手製の武具だった。素材はモンスター由来のものだったり、鉱石だったりと様々なものだが、第2エリア近辺で入手できる素材ばかりだ。
第1エリアの素材よりかは強力なものばかりだが、焦炎王から見たら大したものではないはず。
だが、それでも作り手の腕前は理解できるのだろう。そういうところはさすがだとレンが思った、そのとき。
「我と同じ店に行き着いたのだ、立派であるぞ」
「……はい?」
言われた意味をすぐに理解できないレン。だが、焦炎王はレンを無視してずんずんと工房へと進んでいった。「ちょ、ちょっと」とレンは慌てて焦炎王の後を追いかけた。
「久しぶりだな、トロル!」
「……いきなり来ないでください、って言いませんでしたか?」
「うむ、忘れていた!許せ」
「……はぁ、本当にこの人は」
工房の奥では胸を張る焦炎王と疲れきった顔をしているトロルがいた。
トロルの口調からしてわりと親しげであるのがわかる。だが、親しげではあるが、それ以上に疲れはているのがよくわかる。
どうやら焦炎王はいつも唐突にトロルの元へと訪れるようだ。冒険者であれば、唐突に訪れるのはおかしなことではない。
だが、焦炎王であれば、いつでも訪れられるのだから、連絡するくらいはできそうなものだが、焦炎王の性格を踏まえると面倒くさがってしないのだろう。
もしくは本当に忘れているのかもしれないが、どちらにしてもトロルにとってははた迷惑なことなのだろう。
ただ焦炎王は同時にお得意様でもある。トロルの腕を買っているからこそ、時折店に来ているわけなのだから、ある意味これ以上とない賛辞と言える。特に焦炎王というこの世界でも最上位に近い存在が認めてくれているのだから、普通であれば光栄と言えるはず。
だが、その光栄さを理解したうえで、トロルは焦炎王の相手を面倒くさがっているようだった。
(……とんでもなく大変な依頼をさせられたんだろうなぁ)
トロルの性格を踏まえても、大変な依頼となるとレンにはもはや想像できなかった。
「……それで今回は何用ですかい?」
「そう邪険にするな、トロル!我とそなたの仲であろう?」
「……邪険にもなりますぜ?上位ドラゴン、それもウォーリア・オブ・ドラゴンの牙でさえも桁違いの硬度と柔軟性を誇る牙で、刃こぼれもなく、脂も巻き付くことのない至高の一振りを打てなんて言われたら、誰だって嫌がりますよ、焦炎王陛下」
「そうかのぅ?自然に抜けたものとはいえ、我の牙なのだから当然強力無比な一振りが出来上がるのは」
「いやいやいやいや、そういうことじゃねえんですよ!?刃こぼれもしなく、脂も巻かないなんて剣なんて普通は打てませんからね!?俺がどんだけ苦労して、あの一振り打ったか理解されていますか!?」
「まぁ、3徹くらいか?」
「7徹ですよ!?なにせ、あなたの牙ですから、そう簡単に形状が変化しませんし、熱にも強いわけだから火入れしても熱が宿りませんでしたからね!?」
「そうだったのか?まぁ、2倍強の時間程度でできたのだからよしとしようじゃないか!」
ははは、と高笑いする焦炎王。そんな焦炎王にトロルは「もうやだ、この人」と顔を両手で覆っていた。
(……大変だったんだなぁ、トロルさん)
焦炎王の剣は何度も見ていたが、まさか自身の牙で作ったものだとは思わなかった。だが、よくよく考えてみれば、焦炎王自身の体の一部を素材にするのは当たり前のことだろう。
なにせ上位ドラゴンの牙でさえも足元にも及ばない素材なのだ。遥かに劣る存在から取れる素材の武器なんてわざわざ使うわけもない。
そう理屈の上では当たり前のことだ。しかしいざ製作を任せられた職人にしてみれば、火入れしても熱が籠らないし、どれだけ打ち付けても形を変えない素材をどう加工しろという話である。
おそらくは牙をもうひとつ貰って少しずつ削っていくという恐ろしく時間のかかる方法だけだろう。
ある意味貴重な経験はできただろう。だが、そんな経験は1度すれば十分だ。しかし焦炎王はそれを度々依頼した可能性が高い。
となれば、いくらトロルでも嫌がるだろうし、邪険にするのも当然の話だった。
「それで本当に何用ですか?」
「一振り剣を打って欲しくてな」
「……期間次第ですね。少なくともいま別件でそれなりの大口の依頼が」
「あぁ、もちろん、その後でよい。その依頼が終わってから一ヶ月でどうだ?」
「一ヶ月、ですか。まぁ、一振りなら問題はないですね。どのような剣を?」
トロルが尋ねると焦炎王はちらりとレンを見やった。
(いま俺を見たよな?)
確実にレンを見ていた焦炎王。だが、なぜレンを見たのかがわからない。
「実用性重視だが、見た目も華美にならない程度には整えてほしい。以前我が依頼した剣のように刃こぼれせずに、脂も巻かないという剣にはしなくてよい。ただ」
「ただ、なんです?」
「決して折れぬ剣を。なにがあっても曲がることなく、そして折れぬことのない、そんな剣を打って欲しいな」
「……これまた難しい依頼を。素材は御身の牙ですかい?」
「いや、これで頼む」
そう言って焦炎王が懐から取り出したのは、青い牙だった。透き通るほどに冷たい色をした青い牙。その牙をトロルに渡していた。
「……こいつはセルリアンリザードの牙、ですかね?」
「うむ。セルリアンリザードのウォーリア・オブ・ドラゴンの闘氷牙だ。そしてこれは同一個体の氷魂であるな。これで一振りお願いしよう」
焦炎王が渡した素材はまるでレンが手に入れた素材と対になるようなものだった。
「……ふむ。これでしたら、そちらのレンさんと同時並行で作業できますね。まぁ、さすがに真逆の属性なんでちと大変ではありますが、レンさん同様に2週間あれば」
「いいのか?」
「ええ、難題でしたら一ヶ月はもらいましたが、これでしたら2週間で渡せます。レンさん同様に2週間後に受け取りをお願いしていいですかね?」
「あぁ。では頼んだ。報酬はそうさな。50万シルなら十分だよな?」
「それは貰いすぎかと」
「いや、そちらのレンの分も含めて我が払おう。あとは以前迷惑かけた分の謝礼も含めてだ。おまえは腕の割に商売が下手すぎるからな。少しは蓄えにしておけ」
そう言って焦炎王は懐からパンパンに詰まった袋を5つ取り出し、トロルに渡した。トロルはおっとととよろけつつも、「知り合いだったのか」といまさらながらな視線を送ってくる。レンはひとまず頷いた。
「では、頼んだぞ、トロル」
「承知しましたよ、陛下」
ため息混じりにトロルは銭袋を奥に運んでいく。その姿を眺めてから焦炎王は踵を返した。レンは一瞬迷ったが焦炎王の後を追いかけることにした。
依頼の内容と報酬の件も含めて問いただすべきだと思ったのだ。
だが、焦炎王は無言のままトロルの店を出ていった。その後にレンは続いた。が、焦炎王は口を開くことなく、「ベルス」の街を進んでいた。
(いったいなにを考えているんだろう?)
焦炎王の考えをレンは理解することができなかった。理解できないまま、レンは「ベルス」の街を進み、そしてそのまま街の外に出てしまった。
「焦炎王様。いったいなにが?」
「たしかアルトから来たという話であったな?」
「え?あ、はい」
「では行くか」
「へ?」
言われた意味を理解できなかった。なにを言っているんだろうと思ったときには焦炎王に手を握られていた。それから間髪おくことなく景色は一瞬で変わり──。
「あれ、レンさん?」
──景色が変わって、見えたのはレンの見慣れた光景。アルトにある「フィオーレ」の本拠地こと農業ギルドの一角で畑を耕すタマモの姿だった。




