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42話 重なる姿に

ギリギリになってしまった←汗

一週間後──。




「──はぁ、今日も手も足もでなかった!」


レンは焦炎王の玉座の前で背中から倒れこんだ。


視線の先には脚を組んで盃を傾ける焦炎王がいた。焦炎王は汗ひとつ掻くことなく、平然とした様子だった。


「まぁまぁ動けるようになっておるから気にするな、レン」


「動けると言っても焦炎王様に手も足も出ないんですけど」


「当たり前であろうが。そなたに一矢報いられる程度では、竜王などと名乗れぬさ」


焦炎王は笑っていた。そんな焦炎王に向かってレンは少し膨れっ面になった。が、焦炎王は笑うだけで苛立っているようには見えない。そしてそれは焦炎王の眷属である上位のドラゴンたちもだった。


少し前までは敵意に満ちた視線をレンに送ってあたドラゴンたちだったが、いまは穏やかな目でレンを見つめている。


ちなみにだが、ガルドはまだ敵意に満ちた視線を向けられていることをレンは知っていた。レンが知っているのはガルド自身からため息混じりに教えられたからである。


ガルドは「なにが悪いんだろうなぁ」と首を傾げているが、レンに尋ねられても答えようはない。とはいえ、世話になっているガルドからの相談をなぁなぁで終わらせるわけにはいかなかった。


しかしどんなに真摯に向き合ったとしても、レン自身どうしたらいいのかがさっぱりなことだった。


そもそも上位ドラゴンに好かれる方法なんて言われてもわかるわけもない。


だが、ガルドはわりと真剣に考えているようであり、レンも考えざるをえなかった。


だが、こうして上位ドラゴンたちを見てもなぜ敵意の視線を向けられなくなったのかがわからない。


レンは大したことをしていない。むしろガルド同様に淡々と訓練をしていただけだったのだが、なぜか上位ドラゴンたちの受けがいいのだ。


試しにと焦炎王から視線を外し、上位ドラゴンたちに向かって手を振ってみると、長く太い尻尾をふりふりと振り返された。


上位ドラゴンたちの表情は相変わらず読めないが、なんとなく微笑まれているように思えた。


(……俺なにかしたんだっけ?)


いまひとつ納得できないことだが、上位ドラゴンたちからの受けがいいことは明らかである。なんで受けがいいのかなぁと思わなくもないが、受けがいいのであれば別にいいかなと思うことにした。


「やれやれ、我が眷属どもを骨抜きにしよってからに」


どすん、と重めな音がすぐそばから聞こえた。顔を向けると焦炎王が呆れた顔でレンのそばに腰を下ろしていた。レンは慌てて体を起こそうとしたが、「よい」と言われた。それどころか、ポンポンと焦炎王はみずからの膝を叩いた。


レンは「えっと」と困った顔をあえて浮かべたが、焦炎王は気にすることなく膝を叩くと、「来い」とだけ言った。


レンは少し唸ってから恐る恐るといつものように、焦炎王の膝の上に頭を乗せる。すると焦炎王は満足げに笑うと、レンの頭を左手で撫で始めた。右手には盃があり、その盃を傾けながらもレンの頭を撫でる。しかも盃の中身を溢すことなくでである。


「器用だよなぁ」といつものように感じながらもレンは内心でため息を吐く。


それぞれの兄への愚痴を話し合ってからというものの、焦炎王との距離は縮まった。


それも一歩どころ数十歩は縮まり、親密と言ってもいいくらいにはなった気がする。それまで「ミカヅチの小僧」だったのが、いまは「レン」と呼ばれるようになっていたし、訓練終わりには膝枕をされるようになったのだ。


ただこれほどまで親密になった覚えがレンにはなかった。


というか親密になるようなことをした覚えがレンにはなかったのだ。


せいぜい愚痴を話し合ったくらいであり、それ以上のことはしていなかった。


そして上位ドラゴンたちからの視線も、焦炎王と親しげになると、一気に和らいだ。


ただ最初はいくから刺々しさがあったのだが、それも次第になくなっていき、いまやレンが焦炎王との訓練をしているときは、歓迎ムードさえ漂うになっていた。


逆にガルドのときは、「おまえじゃねぇよ(意訳)」という視線を投げ掛けられるようだった。


なぜガルドに対しては厳しいのかはいまひとつレンにはわからなかった。


フェニックスに聞いても「まぁ、仕方がないですかねぇ」と笑われるだけである。かといって焦炎王に直接尋ねてみたが、「気のせいだろう」と切って落とされてしまった。


レンからしてみれば、絶対に気のせいじゃないと言えることなのだが、当の焦炎王に否定されてしまったら、もうなにも言えない。


そしてそれはこうして膝枕をしてもらっているいまも変わらない。


本来ならしてもらう必要はないのだ。


だが、焦炎王は訓練が終わるといつもこうして膝枕をしてくれる。そして頭をそっと撫でてくれるのだ。


訓練のときの苛烈さは鳴りを潜め、ただ穏やかな笑顔を向けられる。とはいえ、そういう関係になったわけではない。


親しげではあるが、恋人とかそういう関係ではなく、姉妹や親子のような関係になっているように思えた。


レンには姉はいない。それどころか母もいない。


ただ姉のような人はいるし、母の代わりをしていた祖母もいた。


だが、その祖母は鬼籍に入り、姉のような人は兄の妻であるため、あまりべたべたとはできなかった。というかしていたら、兄から理不尽に殴られるだけである。


思えば膝枕をしてもらったことがあるのは、ヒナギクくらいである。家族以外でヒナギクのような女性はいなかった。


そのいなかった女性がいま目の前にいる。


ただレンにとって焦炎王はどういう存在なのかがわからない。


姉のようであり、母のようでもある。


矛盾しているようでしていないような、不思議な関係。それがいまの焦炎王との関係だった。


「おまえは少しずつ強くなっている。だからそう焦るな。いつかは望む強さを手に入れられるさ」


焦炎王は笑っていた。穏やかに笑う姿は、映像や写真の中の母のそれを思い浮かべさせる。


だからといってそれを押しつける気はない。レンの気持ちと焦炎王の気持ちは別物だ。なにせ別人同士の気持ちであり、それが必ずしも一致するとは限らない。そのことをレンは理解している。そでも少しだけ甘えたいという想いは少なからず沸き起こるのだ。


だが、その気持ちにあえて蓋を被せた。蓋を被せながらレンは「ありがとうございます」とだけ言った。焦炎王は笑った。その笑顔はやはり直接は知らない母の笑顔と不思議と重なって見えていた。

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