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41話 敬愛と愚痴と

久しぶりに昼間の更新となりました。

正午更新に早いところ戻したいですね←しみじみ

「我が兄は、我と同じ存在だ。ただ司る力は真逆であるがの」


焦炎王は普段の鋭いまなざしではなく、どこか弱々しい目をしていた。珍しいなとレンは思った。普段の焦炎王はとても強い。強すぎるほどに強い女性だった。だが、いまの焦炎王はとても脆いように感じられた。


「兄は、とても強い竜だ。一度戦場に立てば、あの人と肩を並べれる存在は、いまや同じ四竜王くらいだが、その中でも互角と言える相手は四竜王の長である聖風王殿くらいだな」


「どのくらいの実力者なので?」


「そうさな。我が仮に100とすれば、兄と聖風王殿は、10000というところかな?」


「ぇ」


焦炎王の口にした内容はわりとざっくりとしたものだったが、焦炎王の100倍強いのが、焦炎王の兄と聖風王という存在のようだ。焦炎王はレンとガルドが二人掛かりで戦っても子供扱いされるほどの強者だ。


その焦炎王を以てして100倍強いと言い切る焦炎王と聖風王。仮に全プレイヤーで多人数でのイベント戦であるレイドを行ったところで勝ち目はないように思える。それは目の前にいる焦炎王が相手だったとしても同じことだろう。


全プレイヤーでのレイドを行っても焦炎王に勝つどころか、手傷を負わせられる光景さえもレンには想像できなかった。その100倍強い2体の竜王相手であれば、なおさら勝ち目などない。焦炎王が仮に手助けしてくれたとしても、勝ち目はないだろう。


(このゲーム世界って強いNPC多すぎない?)


強いNPCというのは、そう珍しいことではないが、プレイヤー側が強くなればなるほどその差は縮まるものだ。


だが、焦炎王たちほどの強者となると、わりと珍しい。正直な話、どれほど強くなろうとも焦炎王たちに勝てるとは思えなかった。


「……どうした?呆けたような顔をしているが?」


覗き込んでくるように焦炎王が顔を近づけた。肌の色以外すべてが赤で統一されている焦炎王は、絶世の美女であってもその美貌よりも赤備えという面が先立ち、猛将というイメージが強い。だが、いまの焦炎王は猛将というイメージが掻き消えて、絶世の美女という風に捉えてしまう。


たとえ相手が実在しない相手だとわかっていても、レンの胸は自然と高鳴ってしまっていた。そんなレンを見て、焦炎王はおかしそうにくすりと笑った。


その笑顔は焦炎王という絶対的な存在ではなく、穏やかな快活な女性というようにレンには感じられた。


「……いえ、焦炎王様にも強いお兄さんはいるんだなぁと」


「それを言うならそなたもだな。うちの兄はどうにも妹をかわいがりたいという面倒な部分もあるが、基本的には優しく強い存在だ。それはそなたの兄も同じであろうさ」


「……そう、なんですかね?」


「あぁ、そうさ。そういうものだよ、兄というものは」


焦炎王はため息混じりに言った。なぜため息を吐くのかはわからない。だが、焦炎王なりに兄である竜王には敬意を抱いているのだろう。もっともその敬意はとてもわかりづらいのだろう。


レンがわかるのは、立場が似ているからだ。強すぎるほどに強い兄を持つがゆえの苦労とでも言うべきか。


「一応言っておくが、兄を嫌っているわけではないのだ。敬愛できる部分はたしかにあるし、人格も立派ではある。だが、どうにも、その、ほれ、踏み込みすぎというか、のぅ?」


「あぁ、わかります。仲良くしてくれるのはいいんですけど、なんというか、一線を越えすぎているというか」


「それじゃ、それ。うちの兄はそれをまるで理解しておらなんだ。無視しろとまでは言わぬが、もう少しこう、わかるじゃろ?」


「はい。もう少し適度な距離感を保ってほしいなぁと」


「そう!まさにそれじゃ!他人行儀は嫌じゃが、気安すぎるのも問題であってな。子供の頃のように接しられても困るというものよ」


「そうですね。いつまでも互いに子供ではないのだから、もう少し距離感を考えてほしいと思います」


「まったく、その通りよ!だというのに兄者ときたらまるでわかっておらん!まったく困った愚兄であるよ!」


うんうんと力強く頷く焦炎王。見た目は20代後半から30代前半くらいだが、いまの言動は思春期に入り、お年頃ゆえの難しい時期になった少女というところか。いままで沸かなかった親近感をレンは抱いていた。


「でも焦炎王様はお兄様のことが嫌いではないのでしょう?」


「……それはそうじゃよ。血の繋がりはないが、我にとっては唯一の兄じゃしな。母を喪い、姉は消え、妹とも別れたいま、兄だけが我の家族である。その家族を本気で嫌えるわけがなかろうよ」


焦炎王は笑った。それまでの笑顔とは違う。それまでの笑顔はその立場ゆえに取り繕ったり、厳格そうなものだったりと、総じて超越者としての振る舞いからのものだったが、いまの焦炎王の笑顔は超越者でもなければ、永きを生きる賢者でもない。ただ大切な家族を思うひとりの女性としての笑顔だった。


「……俺も兄を嫌ってはいません。ただ理由が知りたいです。なんで敵対する道を選ぶのか。その理由がただ知りたいだけです」


「……そうか。だが、動機は単純であろうよ。そなたの兄はそなたのために動いている。たとえそなたから嫌われようとも兄というのは、そんなものじゃよ」


「……そう、なんですかね?」


「あぁ、きっとな」


焦炎王はまた笑った。その笑顔を眺めつつ、「そうだったらいいなぁ」とレンは思った。動機はレンのためであっても、理由まではわからない。それでも兄がレンのためになにかをしようとしていることはなんとなくわかっていた。


「まぁ、湿っぽい話はやめよう。いまはそれぞれの兄の愚痴でも語ろうか」


「そうですね。それも面白そうだ」


頷くと、焦炎王はにやりと口元を歪めた。その笑顔は実に焦炎王らしいものだった。しかしいままでになかった親近感を覚えながら、レンは焦炎王との愚痴混じりの家族の話を続けたのだった。

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