40話 兄について
遅くなりましたぁ←
「──これ、さっさと起きぬか」
頭上からの声だった。
まぶたを開くと、呆れた様子の焦炎王にじっと見下ろされていた。
「……俺はなにを?」
ぼんやりとしながら、レンは尋ねた。焦炎王はそこから説明しないとダメかとやや面倒くさそうに言っていた。
だが、言われたレンとしては、焦炎王の言う意味がいまひとつ理解できなかった。なぜ焦炎王を見上げているのかがわからないのだ。なにかしらのことがあったというのはわかるが、その理由がわからない。
「……覚えておらんか?大立回りしておったのだが」
「大立回り、ですか?」
「うむ。その様子では覚えておらんか。まぁ、フェニックスの奴がわりと追い込んでおったからなぁ。四肢欠損とまではいかなかったが、左腕は途中から肘から先がなくなっておったしなぁ」
「え?」
焦炎王の思わぬ言葉に左腕を見やるが、肘から先がなくなっているわけではなかった。傷ひとつない左腕がある。
(ブラックジョーク、にしては笑えないよな)
焦炎王はそもそもブラックジョークだけではなく、ジョークも言わないタイプだろう。となると本当に肘から先を失ったと考えるのが妥当だ。
しかしその失ったはずの肘から先は、レンの左腕にはちゃんとあった。
どういうことなんだ、と首を傾げるレンだったが、ふと少し前までフェニックスに50回殺され続けたことを思い出した。50回すべてを覚えているわけではないが、ところどころで記憶があった。その中には部位欠損したときもあった。だが、欠損した部位は次の回ではきちんと元通りになっていた。
(ということは、俺また死んだのか)
フェニックスの力で強制的に生き返り、欠損した部位をその際に元通りにしてもらったのだろう。左腕は見た目なんともない。だが、握っては開いてを繰り返しているとかすかにだが、違和感を覚えた。なんというか、ちょっと鈍い気がする。ただその鈍さも繰り返していると、徐々に気にならなくなっていく。いや、違和感など最初からなかったかのように思う通りに動いてくれるようになった。
「ふむ。どうやら神経が馴染んだようだな?フェニックスが言うには神経が馴染むまでいくから掛かるということだったが、問題なく馴染んだようだな」
焦炎王がじっと見つめてくる。レンの回答待ちなのだろう。レンはいくらか考えながらも「たぶん大丈夫です」と頷いた。焦炎王は「そうか」と朗らかに笑った。
「……大立回りということでしたけど、焦炎王様から見たら」
「あぁ、やめよやめよ。今日はもう終わりだ」
焦炎王はうんざりとした様子で、手をパタパタと振った。言葉を信じるのであれば、今日の訓練は終わりということなのだろうが、フェニックスという鬼教官のことを踏まえると、本当に終わりと取っていいのかがわからなかった。
焦炎王はレンの反応を見て、「はぁ」と大きくため息を吐いた。それからがしがしと頭を掻き始めた。
「我が終わりと言ったら終わりだ。聞けばあのバカ鳥に50回は殺されたと聞くぞ?本来ならとっくに動けなくなっていただろうに、よくまぁ頑張ったものだ」
どこからともなく盃を取り出し、そこにやはりどこからか取り出した酒瓶を傾けていく焦炎王。ほどなくして並々と注いだのか、盃に口をつけ、ゆっくりと傾けていく。
見た目は美人なのに、所作のひとつひとつが男性っぽく見える。なかなかに豪快な人なんだよなぁとレンは改めて思った。
「さて、小僧」
「はい?」
「50回死んでどう変化があった?」
「……「死」というものを簡単には考えなくなれました」
「左様か。であれば、フェニックスのしごきにも意味があったかな」
いくらかやりすぎではあるがな、と呆れつつも焦炎王は盃を傾けていた。ほっそりとした喉が大きく動く様は、なぜか艶かしく感じられた。
「ところでひとつ聞きたいのだが」
「はい?」
「そなたには兄がいるようだな?寝言で「兄ちゃん」と言っていたが、どういう男なのだ?差し支えがなければ教えてもらえるかな?」
「……兄ですか。そうですね」
「兄ちゃん」と言っていたということは、相手はテンゼンだろう。テンゼンについてなにを言えばいいのか一瞬わからなくなったが、レンはぽつぽつとテンゼンのことを語っていく。
その内容を焦炎王は、時に頷き、時に質問してはレンの話に耳を傾けてくれていた。やがて話をほとんど終えた頃、焦炎王は盃を置いた。
「……そうか、そなたの兄上はそういう男か」
焦炎王は微笑ましそうに言った。ただ言葉の端に寂しそうな響きがあった。それは質問されたときから感じていたものだった。
「焦炎王様ももしかして」
「うむ。一応兄がいるよ。長いこと会っておらんがな」
焦炎王は赤く照らされた天井を眺めながら言った。そうしてぽつぽつと焦炎王は、焦炎王の兄についてを話し始めたのだった。




