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4話 「鬼屠女」

 サブタイを見て「なにこれ?」と思われるでしょうが、事情は読んでいただければわかります←笑

 今日も夕日が目に染みる。


 タマモは遠くに見える夕日をぼんやりと眺めていた。


 夕日というのは本来であれば、一日の終わりを意味するもの。カッコよく言えば黄昏時である。


 しかし「始まりの街アルト」はどんな時間帯にログインしても常に夕日であることは、掲示板を通して知っている。


 常に夕日だと体内のバイオリズムは大丈夫なのかと言う話もあるが、これはこれで面白いともタマモは思っているし、運営側もそのあたりのことを考えているだろうから、気にすることではないはずだ。


「今日も大変でしたねぇ」


 今日も楽しくプレイできたのだ。今日はこの辺でログアウトしても──。


「ターマーちゃん?」


「ひぅ!?」


 ──ログアウトしてもいいと思っていた。だが、そうは問屋が卸さないようだ。


 タマモは恐る恐ると振り返った。そこにはニコニコと笑うヒナギクがいる。笑っている。笑っているのだ。顔の下半分は。


 しかし上半分は違う。上半分は笑ってなどいない。それどころか若干殺気立っている気がしてならない。


「どこに行こうとしているのかな? かな?」


「え、えっと、ちょ、ちょっとお手洗いにですね」


「へぇ? このゲームって排泄機能ってあったかなぁ?」


「い、いや、その、り、リアルでちょっとお手洗いに行こうかなって」


「あ、あははは」とタマモは渇いた笑い声をあげた。


 見てはいけない。顔を合せてはいけない。目の前にいるのはヒナギクという名の羅刹である。


 下手な言動はみずからの首を絞めかねないのだ。ヒナギクが引きずっているレンのようにだ。


「もう食べられない。もう食えない。もうやめて。お願いだから、やめて」


 レンは目を虚ろにさせていた。唇からは唾液がひと筋伝わせながらぼそぼそと呟いている。


 なんとも痛ましい姿ではあるが、そうなったのはヒナギクがレンに暴行を働いたというわけではない。


 単純に食事をさせられたというだけのこと。そう、食事だ。食べられない、いや、食べてはいけないものを材料に使った料理というわけではなく、タマモが唯一作れるキャベベ炒めを食べていただけだった。


 たったそれだけである。そう、たったそれだけでレンは痛ましい姿になっていた。


 その理由はとても単純だ。単純に許容量をはるかに超えた食事だったということ。そしてそれはタマモも同じだ。


 キャベベ炒めは料理である。となれば当然のように「調理」をしないといけない。そして「調理」はタマモが経験値をまともに得られる唯一の手段だった。


 ただ「調理」だけをするのでは意味はなく、「調理」+出来上がった一品を食べてもらうことで大きく経験値を稼げる。


 現実の料理人が客とのやりとりを通して経験を積んでいくように、「EKO」でも料理人はそうして職業レベルをあげていくのだ。


 それはおたまとフライパンという調理器具の見た目をしたEKを入手したタマモも変わらない。そしてその事情をヒナギクたちは知っている。


 となれば、だ。「調理」の師匠であるヒナギクからの厳命である「一日でレベルをひとつあげる」ためにはなにをするべきなのかなんて考えるまでもない。


「調理」中にヒナギクがレンの髪を掴んでキャベベ炒めに頭を突っ込ませていたという光景が見えたような気がするが、きっと気のせいだ。気のせいであるはずだった。


 そんな「調理」をつい少し前まで続けていたのだが、さすがに限界だと思い、お手洗いを理由にしてタマモは逃げ出したのである。だが、もう逃げることはできそうになかった。


「さぁ、タマちゃん。楽しい、楽しいお料理の続きだよ?」


「で、ですからリアルでお手洗いに」


「五分前もそう言っていたよね?」


「そ、それは」


 言い返すことはできなかった。お手洗いを理由に逃げ出したのは五分前。五分もあれば再ログインしてもおかしくはない時間である。


 なのにまだお手洗いに行っていないなんて聞いてもらえるわけがなかった。


 全プレイヤーで共通したことではあるが、リアルでお手洗いに行くと言われたら、よほどのことがない限り、ボス戦などの抜けられると困る戦いだったり、ダンジョンアタック中だったり、ということでなければ一時的なログアウトに関して誰もなにも言わない。


 明日は我が身とまではいかないが、自身にも起こりえる生理現象なのだから文句を言うプレイヤーなどいるわけもない。


 だからこそヒナギクも一度は見送ったのだ。その間にレンがどういう目に遭っていたのかは考えるまでもないことではあるが。


 しかしタマモはこうしてヒナギクに見つかってしまった。


 わざわざレンを引きずって連行しながらである。暗に「絶対逃がさない」というヒナギクの意思をひしひしと感じ取れる。


「お手洗いは済ませたんだよね? だってログインしているんだもの」


「え、えっと、それは、ですね」


「なぁに?」


「……スマセテキマシタ」


「そう。じゃあ行こうか。仲間のレベリングを手伝うのは当然のことだから、気にしなくていいんだよ」


「は、はい」


 下半分だけだった笑みが顔全体に広がった。


 それだけを見るといつものヒナギクである。……引きずられたレンの痛ましい姿を見なければ、だ。


「レンもお腹が空いたって言っているし、早めに次のを作ろうね」


「でも、レンさん、お腹いっぱいって」


「ううん? お腹空いたって言っているよ? そうだよね、レン?」


 ヒナギクの目がとたんに鋭くなった。レンは壊れたブリキのように震えながら、ヒナギクを見上げると──。


「……オナカガスキマシタ」


 ──ほろりと涙を流して言った。


 レンの姿にタマモは泣いた。


 モニターで見守っていた運営チームもあまりの惨状に泣いていた。


 本来なら介入してもおかしくはないことだったが、いまのヒナギクが恐ろしくて運営チームもなにも言えなかった。


 ただひとつ言うとすれば「そういう愛もある」ということくらいだった。


 果たしてそれを「愛」と言いきっていいのかは甚だ疑問ではあるが、「とばっちりを受けたくない」というのは運営チーム全員の共通した認識だった。


 結果運営側からの介入はなく、ヒナギクによる恐怖政治はログイン限界まで続いた。


 その翌日ヒナギクは「鬼屠女おとめ」の称号を運営から贈られることになったのだった。

 鬼屠女……その愛のためなら、たとえ鬼と化して相手を屠ることになったとしても「愛のためだもん。仕方ないよね」という若干アレなところがあるあなたに贈られる称号。戦闘時にSTRとAGIに補正(微)。取得条件は重すぎる愛を示すこと。


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