39話 虫けらでも
最近の中では早めですが、やっぱり遅いですね←汗
焦炎王の玉座にたどり着くと、その足元では血だるまになって倒れ伏すガルドがいた。
だが、ガルドは死に戻ってはいないようで、体を震わせながら立ち上がろうとしているが、うまく体を動かせないでいるようだった。
「ガルドさん!」
レンは慌てた。だが、慌てつつもフェニックスを見やる。フェニックスは「我が君の許しなく攻撃はしませんよ」と言った。
(さっきも言っていたけど、本気で攻撃を仕掛けるつもりはないのかな?)
フェニックス側から攻撃はしない。しかしこちからから攻撃を仕掛けた場合は、事情が異なるのだろうが。
それでも油断はできない。フェニックスはあっさりと、自身の発言をあっさりと覆して攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
むしろそれでこそのフェニックスだとレンには思えていた。
ゆえに油断はできない。フェニックスから視線を逸らすことなく、ガルドの元へと向かう。フェニックスはニコニコと満足げな様子だった。
(気を抜いたら攻撃してくるだろうし。油断はできない)
フェニックスに全神経を集中させつつ、レンはガルドのそばにまで近寄って──。
「相手はひとりだけとは限らぬぞ、小僧」
──ゾクリ
──背筋が震えた。
背筋に走った震えはそのまま頭のてっぺんにまで達していた。
ほぼ無意識にレンはミカヅチを真後ろに振り返りながら抜き放ち、大きく体ごと弾かれた。踏ん張るも大きく後退させられ、そのまま膝を着いていた。
視線の先には穏やかに笑う焦炎王が、その手の剣を握っていた。
「なにを」
「うん?隙だらけだったから斬りつけたのだが?」
「なにを言っているんだ」とレンの言葉を理解していなさそうな顔で焦炎王は言う。
ミカヅチを正眼に構えつつも、レンは息を整えていく。
焦炎王は笑っている。笑っているが、口元がなぜか歪んでいた。その変化にレンはとっさに振り返りながらミカヅチを振るった。
「おっと」
ミカヅチを振るった先にはフェニックスがいた。フェニックスは腕を振りかぶった体勢のままで、後ろに下がっていた。
「あなたもですか」
後ろに下がりつつ、レンはフェニックスと焦炎王を同時に視界に入るように動いた。
フェニックスも焦炎王もお互いに笑っている。ふたりとも攻撃態勢に入っているが、なぜか追撃をしてこない。
(不意打ちをしてきたのに、追撃を仕掛けてこないのは、どういうことだ?)
すでにそれぞれ不意打ちを仕掛けてきたのだ。追撃を仕掛けてこないというのは、どうにも理解できない。とっくに追撃を仕掛けてきてもおかしくはない。
(……不意打ちを仕掛けてきた相手が、追撃しない理由ってなんだ?普通なら、畳み掛けてくるはずなのに。それをしないってどういうことだ?考えろ。理由を考えろ)
考えること。
それはレンが常日頃から気を付けていることだが、ここに来てから考えることが少なくなっていた。
考えてから行動しては遅いからだ。考えて行動してからだと間に合わない。
ゆえに思考停止をしていた。思考停止して、相手の一挙手一投足にのみに集中していた。
だが、いまはそれが通じない。考えなければならない。それも考えてからではなく、考えながら行動をしないといけない。
レンはフェニックスと焦炎王のふたりから視線を外すことなく動いていく。
ふたりは動かない。ただ相変わらず笑っている。笑っているが、その口元がまた歪んでいた。歪む口元を見つめつつ、ふたりの次の行動についてを考えていく。
(……口元を歪めていた。フェニックスさんのときは攻撃が来るということ。焦炎王様のはフェニックスさんに不意打ちを仕掛けてきたとき。となればふたりがそれぞれに浮かべているのは──)
そこまで考えたとき、頭上に影が差した。レンは「雷電」を使用し、Lの字を描くようにして上空へと逃れた。眼下には焦炎王の眷属であるドラゴンが腕を振り上げていた。そこはちょうどレンが少し前まで立っていた場所だった。
「やれやれ。ようやく気づいたか」
「ええ、察知するのが遅いですね」
上から声が聞こえた。ミカヅチをまた振るうと、フェニックスと焦炎王がそれぞれに身を翻っていた。
「ふたりだけじゃないって反則じゃ」
「なにを言うておる?実戦でわざわざ敵に数を知らせてどうする?」
「常に伏兵の存在を考えておくのは、当然のことでしょう?」
ぐうの音も出ない返事だった。たしかにわざわざ相手が自分たちの人数を教えてくれることなどないし、伏兵の存在を常に考えるのは当然と言えば当然だ。
フェニックスと焦炎王の言葉は、すべて納得できた。正々堂々ではないが、劣勢に陥っている側がそんなことを言っても空しいだけだ。「勝てば官軍。負ければ賊軍」とは昔から言われていることであり、それを否定することはレンにはできなかった。
「さぁて、納得したな?では、かわいがってやろう。せいぜい生き残ってみせよ」
「生き残らせるのではなく、何度も殺す方が正しいかと」
「いやいや、何度も殺すというのはエレガントではなかろう?虫けらのような相手であっても、無駄な抵抗くらいはさせてやらねばのぅ」
「なるほど。さすがは我が君。そのお優しさに脱帽いたしました」
フェニックスも焦炎王も笑っていた。笑いながらもその目にあるのは、侮蔑のもの。「バカにして」とは思う。だが、それほどの実力差があるのも事実だった。
(虫けらでも噛みつくことはできるんだ。何度だろうと噛みついてやる!)
レンは静かに闘志を燃やした。どこまで食いついていけるかはわかない。それでもやれるだけのことはやってみせる。それだけを考えながらレンはミカヅチを強く握りしめた。




