38話 玉座へと
ギリギリ間に合った←汗
「……」
「う~ん。疲れましたねぇ」
フェニックスが背筋を伸ばしながら言った。
フェニックスからの補習を乗り越えたレンは、そのままガルドと焦炎王のもとへと向かった。
フェニックスはニコニコと笑いつつ、隣を歩いているが、レンの視線はフェニックスの一挙手一投足に向けられていた。
というのも単純な理由があった。それは──。
「レン殿は疲れていませんか?」
「疲れていますよ」
「そうですか?具体的には──」
言葉の途中でフェニックスが目をうっすらと開いた。同時にレンはその場で屈み込む。すると頭上をフェニックスの拳が通過していた。遅れてボォッという音が聞こえた。一瞬だけ拳が音を越えたようだった。
直撃したらただですまないのは明らかである。サァーっと血の気が引く音をレンは聞いていた。
「具体的にはどういう理由で疲れていますか?」
「……そうですね、鬼みたいな鳥さんからの攻撃に、不意打ちだらけの即死攻撃に戦々恐々としていますね!」
「なるほど。その鳥さんには少々注意が必要ですね。あとで「もっと厳しくしないとダメじゃないですか!」と注意しておきます」
「そっちですか」
「むしろそれ以外になにを注意しろと?」
小首を傾げながらなんとも言えないことを言い出すフェニックス。フェニックスのあまりにもあんまりな一言に言葉を失うレン。
だが、フェニックスはそんなレンを見て、にやりと口元を歪めた。レンはとっさに後ろに倒れ込む形で仰け反るのとほぼ間を置かずに、フェニックスの脚が通過した。高々と掲げられた脚を見やりながらごくりと喉を鳴らすレン。
「まだ甘いですねぇ?」
そんなレンに対してフェニックスはまた笑っていた。その笑みはとても黒い。なんともブラックな笑顔だ。その笑顔のまま、フェニックスは掲げた脚を踵から振り下ろした。
レンはまだ仰け反った体勢のままであり、まだ次の動きは取れていなかった。そこにフェニックスは躊躇いなく、踵からの一撃を放っていた。そうして放たれた一撃をレンは頭を地面にぶつけながらギリギリのところで白刃取りの要領で受け止めていた。
「お見事です」
パチパチと拍手が響くが、レンには対応している余裕はない。
「本当に殺す気ですか、あんたは!?」
「先程言いましたよ?定期的に殺しに掛かると」
いまさらなにを言っているの、とでも言うかのようにフェニックスは不思議がっていた。
たしかに殺しに掛かるとは言われたのだ。それも定期的に殺しに掛かると言われた。
だが、それはあくまでも日にちを置いてだとレンは思っていた。
しかしまさか焦炎王たちのもとへと向かうまでの間ですでに10回近く殺しに掛かるとは思っていなかったのだ。
「まだ加減はしていますよ?一分置きですし」
「それを加減とは言いません!」
「そうですかね?」
はてと理解できないのか、フェニックスは首を傾げるだけであるが、レンにとっては文字通りの死活問題だった。
まさか、ここまで連続で殺されそうになるとは思っていなかった。
おかげでまったく気が休まない時間を過ごすことになっていた。
ただそのことを言ってもフェニックスはまるで気にも留めていないのが、なんとも悲しいのだが。
「まぁいいですかね」
フェニックスは首を傾げるのをやめて、脚を引いていく。
ほっと一息を吐きつつも、少しばかりフェニックスとの距離を置くようにしてレンは起き上がった。フェニックスはニコニコと笑いながらそれを見つめている。そう見つめているだけだが、非常に怖かった。
見つめられているだけであるのに、背筋がゾクゾクと震えていた。いつ攻撃が来るのかもわからないため、常に気を張らないといけないのだ。
そんなレンの姿にフェニックスは満足げに笑って──。
「はい、隙あり」
──笑っていたフェニックスの姿が不意に消えた。同時にレンの視界が反転し、頭と背中を強く地面に打ち付けた。強い痛みを感じつつも立ち上がろうとしたが、それよりも早くフェニックスに圧し掛かられてしまった。フェニックスの左手でレンの胸に置かれた。それだけでレンは動きが取れなくなる。そこにフェニックスは右手を振りかぶった。
「隙を見せたら死だと教えましたよ?というわけで死んできなさい」
無茶苦茶だと言う間もなく、フェニックスの拳が撃ち下ろされる。今度は白刃取りをすることもできなかった。
だが、レンは頭をよじることでフェニックスの拳を避けた。が、ドォンという鈍い音が顔の脇から聞こえた。いったいなにがあったのかは考えるまでもない。
「本気で殺す気ですか」
「ええ、本気で殺しますよ?この30分ほどで死ぬほど、いえ、死んで理解したでしょう?」
眉尻を下げて笑うフェニックス。文字通り、この30分で骨の髄まで理解させられていた。というのもフェニックスによる死は、10分ほどで行われていたのだ。1回につき10秒ほどでレンは殺され続けていたからだ。
いまも避けられたからいいものの、フェニックスがその気になればほんの数秒でレンは死ぬ。それだけ隔月した実力差があるということであり、フェニックスにとってはレンを殺すことなど息を吸うくらいに容易いことだった。
たとえレンがどれほど用心していようとしても、その隙を見いだすことも簡単に行えてしまう。
かといってレンは気を抜くことはできない。フェニックスと隣り合っての道中では、フェニックスあくまでも殺す気で殴り付けているだけで、まだ本気で殺そうとはしていない。
だが、レンが気を抜けばあっさりと殺しに掛かるのは目に見えていた。実際一度ほんのわずかに気を抜いたとき、フェニックスの鉤爪がレンの喉元にいつのまにかに触れていたことがあった。
「次は首を落としますので、お気をつけて」
フェニックスはふふふ、と笑っていた。レンにはとうてい笑えないことではあったが、フェニックスにとっては笑えることだったようだった。レンが隔絶した実力差を改めて理解した瞬間だった。
そうして気を抜くことなく、フェニックスからの殺意だらけの攻撃をどうにか対処するという道中を進んでいたレン。
気づけば焦炎王の玉座がもう目と鼻の先という距離にまでたどり着いていた。
「さて、ここからは我が君の玉座です。気を抜くことは許しませんが、私から攻撃はしないことを約束しましょう」
そう言ってフェニックスはレンの上から退いた。レンは気を引き締めたまま、立ち上がった。その目はフェニックスに向けられたままである。
フェニックスは「よろしい」と頷いてレンの先を歩いていく。その後を少し距離を空けて追いかけていくレン。
そうして付かず離れずの距離を保ったまま移動を続け、そして──。
「おぉ、ミカヅチの小僧か」
──玉座に腰掛けながら優雅に脚を組む焦炎王とその足元で血だるまになって荒い呼吸を繰り返すガルドの元へとたどり着いたのだった。




