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36話 補習について

またギリギリとなりました←汗

暖かかった。


全身を覆い尽くすような温もりだった。不思議と痛みはなく、ただただ眠りへと誘うような心地よさがあった。


その心地よさにレンは身を任せていた。揺りかごの中に入ったかのように、絶対的な安堵がレンを包み込み、そのまぶたを重く閉ざしていた。


まぶたを上げるのも億劫だ。このままずっと眠っていたいと思った。その欲求にあっさりとレンは身を委ねた。


より深く、より心地よく。なにもかもを忘れて眠っていたい。そう思った。それはまるでほとんど記憶にない母の腕に抱かれているかのように。レンの意識はまどろみにと落ちていく。


やがてもうほぼ意識を手放そうとしていた、そのとき。


「……そろそろ起きなさい」


不意に体が揺り動かされた。それも肩を揺さぶられたわけではなく、体の下から縦に揺さぶられた。まだ横にであれば、揺りかごを連想させるが、縦の動きは完全に想定外のもので、加速度的にレンは意識を取り戻していく。


ほどなくしてレンは重いまぶたを開いた。まぶたを開いてすぐに目にしたのは、赤と黄色の羽毛だった。それも羽毛布団に使われるような水鳥のものとは違う。


だが、ふんわりとした手触りはとてもよく似ているが、羽毛の質がだいぶ違う。羽毛布団の羽毛よりもはるかに上質な手触りは、もはや羽毛というよりかは上質な毛皮のようだ。


(上質な毛皮というと、テンの毛皮はかなり上質だって聞くよなぁ。あとはカシミヤとかミンクとか。あ、ミンクもテンもイタチの仲間だったっけ?まぁ、どれもこれも触ったことがないから知らんけど)


思いつく辺りで、毛皮というとカシミヤやミンクというのは、もはやお決まりのようなものだ。カシミヤは山羊の一種だが、ミンクはイタチ科の動物だった。カシミヤは草食だが、ミンクは肉食系という違いはあれど、どちらも毛皮を、高級品という体でその毛皮を用いられる動物であった。


それら高級な毛皮はレンはあいにくと触ったことはない。


だが、いま手に触れている羽毛はそれら高級な毛皮と遜色ないレベルの立派なものだった。


問題があるとすれば、その立派な羽毛になぜ包まれているのかということくらいだ。


「……なんで俺は」


ぼんやりとしながら、思考を巡らそうとしたが、それよりも早くまた下から揺さぶられた。またもよ縦方向に揺さぶられてしまった。


酔いまではしないが、それまでの心地よさはすでになくなってしまっていた。


「ほら、起きたならさっさと降りなさい」


揺さぶられながらも頭上から声が掛かった。その声はフェニックスのものだった。


(ってことはフェニックスさんが揺らしているのか?)


いったいどうやっているのかはわからないが、起こそうとしていることは確かであった。


「わ、わかりました!降ります!降りますから揺らさないでぇ~!」


酔うことはしないが、さすがにこうも縦に揺さぶられていくとちょっとだけ気持ち悪くなる。実際少しだけ気持ち悪くなったが、どうにか堪えられる程度だった。


すると、フェニックスはぴたりと動くのをやめると、「じゃあさっさと降りなさい」と言った。乱暴だなぁと思いつつも、レンはとりあえずその場から降りようとした。


(……そういえば、俺はいまどこにいるんだ?)


上質な羽毛に包まれていることはわかったが、実際にどこにいるのかはわからなかった。はてと首を傾げつつも、また揺さぶられたら敵わない。レンはそそくさとその場から、天然の羽毛布団から離れて地面にと降り立った。


「やれやれ、ようやく降りてくれましたか」


地面に降り立つと頭上からフェニックスの声が聞こえた。何気なく頭上を見上げると──。


「お目覚めの気分はどうですか、レン殿」


──10メートルほど上空からレンを見下ろす巨大な鳥がいた。その体は赤と黄色の羽毛に覆われていた。その色は羽毛だけではなく、レンを見つめる両目も同じだった。より詳しく言えば、左右それぞれの目の色が異なっている。赤と黄色のオッドアイは怪訝そうにレンを見やっていた。


「……どうしましたか?まるで狐に摘ままれたようですが?」


「いえ、あの、フェニックスさん、ですよね?」


「そうですけど?」


フェニックスは「なにを言っているんだ、こいつ」みたいな顔をしていた。人の姿ならともかく現在の巨鳥の姿では表情が読めないのだが、話の流れを踏まえるとそういう怪訝な顔をしているのだろうとレンは判断した。


だが、そんなレンの困惑をよそにフェニックスは続けた。


「とりあえず、レン殿。傷は大丈夫そうですか?」


「え?」


「ですから、私がさきほどまでの補習で刻んだ傷ですよ?大丈夫そうですか?」


「え、あ、はい。問題ない、と思います」


「そうですか。ならよろしい」


フェニックスは息をひとつ吐いた。安心したということなのか、それとも「あの程度で大ケガを負いすぎだ」と言いたいのか。どちらでもあり得そうであり、どちらでもなさそうにも思えて、いまひとつ判断に困る。


だが、フェニックスはやはりレンの反応を無視して続けた。


「とりあえず、さきほども言いましたが、補習に関しては終了です。その補習内容がなんなのかは、言わずともわかりますね?」


フェニックスはまたレンを見つめた。


補習の内容。その意味するところはなんなのか。レンはまだ寝ぼけている頭で考えた。その答えはあっさりと出た。


「「死」を甘く見るなということだと思いました。もっと言えば、もっと「死」を怖がれと言われたんだと思います」


考え付いた答えを口にすると、フェニックスは「よろしい」と今度ははっきりと分かる笑顔を浮かべた。

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