32話 理解するまで
久しぶりの正午更新となります。
今後も続けたいなぁ←しみじみ
今回はラスト注意です。
「フェニックス、さん?」
まぶたを開くとそこには、無表情になったフェニックスがいた。
フェニックスのインフェルノエッジ──圧縮された、刃のような光線を跳んで避けたことで、レンは空中にいた。
だが、返す刀が訪れた。一度は避けたものの、次はないと悟った。フェニックスに斬られるのがはっきりとわかり、死に戻りを覚悟していたところだった。
だが、その死に戻りを覚悟していたはずだったのに、レンは死に戻っていなかった。それどころか抱き留められるようにしてフェニックスの腕の中にいた。
いつの間に抱き留められたのか。そもそもいつの間に移動していたのか。レンにはなにひとつわからなかった。
ただわかるのは、フェニックスが不機嫌になったという一点のみ。
なぜ不機嫌になったのかも、レンにはわからない。ただ死を覚悟したというだけ。それだけなのに、フェニックスは不機嫌になってしまった。いったいフェニックスはなにに対して怒っているのかがレンにはわからない。
「あ、あの」
フェニックスに声を掛ける。フェニックスの視線は鋭い。その眼差しは焦炎王のそれと酷似している。普段の目は、この鋭い視線を隠すためのカモフラージュなのだろうか。目付きを変えてまでカモフラージュする意味はいまひとつわからないのだが。
「……なにか?」
「あ、えっと、その、下ろしてもらっても?」
「……あぁ、そうですね。たしかに絵面は悪いですか。……いまのお姿ですと」
「……ぇ?」
フェニックスがポツリと呟いた一言にレンは固まった。というのも予想していなかった一言だったからだ。
(いまの言い方だと、リアルの俺を知っているのか?)
ありえないことではあるが、いまの言い方だとレンの現実の姿を知っているかのようである。
レンのアバターは男性型であるが、実のところレンの現実の性別とは真逆であった。もっともそれはあくまでも性別上ではの話であり、中身は幼馴染みのヒナギク曰く、下手な男よりもはるかに男らしいとのことだ。昔から素手の喧嘩で同年代どころか、年上相手にも負けたことはない。……家族や兄の親友を除けば、だが。
ゆえに実際の姿を見せないゲーム上では、レンの実際の性別を言い当てることはほぼ不可能である。
なにせ、同じクランの仲間であるタマモでさえも、レンの性別を勘違いしているのだ。一人称が「俺」なのは、現実でも同じであるからか、レンを本当に男だと思っているようだった。それはほかのプレイヤーたちも同じだ。だからだろうか、レンのことを一部のプレイヤーは「勝ち組」だの、「ハーレム野郎」だのと言っているのだが、それは完全な誤解であるのだ。が、レン自身誤解を解くのが面倒なため、好きに言わせているというだけのことである。
だというのに、フェニックスはまるで現実のレンを知っているかのようだった。その理由がレンにはやはりわからなかった。
「呆けたような顔をしてどうされましたか?」
「え、いや、その」
フェニックスは相変わらず鋭い目を向けてくる。なんて返事をすればいいのかがわからない。この場にはガルドがいるため、現実でのことを言うのが憚れるため、レンは言葉を詰まらせていた。
「あー、フェニックスさん。訓練は終わりっすかね?」
不意にガルドが言った。ガルドは頭を掻きながら、困っているようだった。
いきなり訓練が中断されたというだけでも困惑するだろうに、いまはバディであるレンがフェニックスの腕の中にいるのだ。困惑をより深めてもおかしくはない。
「……そうですね。ガルド殿は合格といたします。動きには問題ありませんでした。多少どんくさいですが、それも個性です。それにそろそろ我が君がお呼びになられるでしょうので、向かわれてください」
合格というのはフェニックスの訓練をつつがなく終了したということだ。そして焦炎王との手合わせは、フェニックスから合格を貰わない限りはさせてもらえないということになっていた。
「了解っす。で、レンの坊主は?」
「……レン殿は不合格です。今日は、いえ、この調子ですと、今後も不合格となるでしょうね。なので補習をさせます。ガルド殿だけで我が君の元へと向かわれてください」
普段はレンもガルドも揃って合格となるが、今回はなぜかガルドだけが合格という判定になっていた。その理由はさっぱりとわからない。そもそもいきなり補習と言われてもなにをすればいいのやら。ガルドもその辺りのことを聞いてくれるだろうとレンは思ったのだが──。
「承知しましたよ。じゃあ、補習頑張ってくれや、坊主」
──レンの予想とは裏腹にガルドはそれまでの困惑を消して、朗らかに笑うと、そそくさと立ち去って行った。
「え、ちょ、ちょっと!?」
思いもしなかったガルドの言葉にレンは慌てて「ガルドさん、待ってください!」と呼び止めるも、ガルドは背中を向けてひらひらと手を振るだけで立ち止まってくれなかった。
かと言って、追い掛けようにもフェニックスが下ろしてくれないため、追い掛けることもできない。それでも必死になってフェニックスの腕の中から抜け出そうとしたが、フェニックスの腕はびくともしない。まるで鋼のように硬く、岩のように重たかった。それでもレンはフェニックスの腕の中から抜け出そうと躍起になっていた。
「フェニックスさん、下ろしてよ!」
「……あなたには補習を受けてもらいますので、いまは無理です」
「補習って、別にそんなのは──」
「私が必要だと考えたと言っているのです。黙って聞きなさい」
ぎろりとフェニックスが睨みつけてくる。その眼光にレンは背中をぶるりと震わせていた。その間にガルドの姿は消えていた。「雷電」を使えば追いつけるだろうが、フェニックスに連れ戻されるのが目に見えていた。こうして抱き留められたことでも明らかになっているのだが、フェニックスの方がレンよりもはるかに速いのだ。よしんば抜け出せたとしてもすぐに捕まるのは目に見えていた。
それにフェニックスはなにがなんでもレンに補習を受けさせようとしている。抜け出すことは不可能だろう。
ただ、そうまでして補習をしようとする、その理由がレンはまるで理解できないでいた。
しかし理解できなくても、フェニックスの補習を受けざるをえないということは確定していた。なんで「補習なんて」とレンは思うが、当のフェニックスの眼光の前にはどうしようもない。
「……補習って、なにをさせられるんですか?」
レンはため息混じりに言った。補習を受けざるを得ないのであれば、さっさと受けてガルドの後を追い掛けるべきだった。
フェニックスとの訓練はためになるが、やはり焦炎王との手合わせの方が何倍も経験になる。いつもはガルドと交代で手合わせをさせてもらっているが、今日はガルドが焦炎王を独占することになる。それは実にズルいことだ。
数日前までは、死んだ方がマシと思うほどに追い込むと言われたときは、「早まったかな」と思ったが、焦炎王との手合わせは学ぶことが多い。
例えば足運びだったり、目の使い方だったりと、いままで気にしていなかったことを言葉ではなくて痛みという形を以て教え込まれていた。知識としてではなく、感覚として体に刻み込まれているのだ。少しずつ強くなっているという実感があるのだ。それを今日はオアズケというのは、我慢ならなかった。
だからこそ、さっさと補習を終わらせて混ざらせて貰おうとレンは思ったのだ。
だが、そんなレンの意思とは裏腹にフェニックスのオッドアイは細められていく。その目に込められた感情がより強く彩られた。
思わず、ごくりと喉を鳴らすレン。そんなレンに向かってフェニックスは口を開いた。
「……そうですね。あなたには理解するまで死んでもらうとしましょうか」
「なにを──」
「こういうことですよ」
フェニックスが右手の人差し指をピンと伸ばした。なにをするんだろうと思ったときには、喉を抉られていた。血が口から溢れ出た。声が掠れ、ヒューという高く、だが空気が抜けるような音がしていた。
「フェニッ、クスさ」
「……死になさい」
フェニックスの人差し指がより喉を抉った。そこでレンの意識はぷっつりと途切れた。
フェニックスさんの凶行でした。




