31話 死に慣れる
遅くなりました←汗
──数日後。
「──はい、そこで回避と見せかけてからの攻撃──」
「はい!」
「ういっす!」
「──をするふりしてからのやっぱり回避!」
「「はい!?」」
ゴォォォと燃え盛る炎を、放射状に放たれた炎を回避しながらレンとガルドは返事をしていた。だが、その返事は困惑に満ち溢れたものだった。
しかし、当のフェニックスは、レンとガルドが回避している炎を撒き散らしていた張本人はふたりの困惑を無視して炎を、散弾状に無数の小さな塊となった炎を撒き散らす。
(相変わらず想定外のことばかりしてくるな、この人は!)
フェニックスの攻撃に曝されるレンとガルド。ふたりとも余裕のない表情を浮かべていた。
いまふたりがしているのは、フェニックスによる回避訓練だった。
フェニックスの攻撃を、フェニックスの指示を受けつつ回避していくというもの。時折、フェニックスは無茶振りを仕掛けてくるが、フェニックスは特に気にすることなく、無茶苦茶な指示を出していた。
特にいまの回避すると見せかけてからの攻撃──をするふりして回避というのは、いったいどっちなんだといいたくなるものだった。
だが、フェニックスは意に介してはくれない。レンとガルドにできるのは、フェニックスの攻撃を避けつつ、無茶振りをこなすということだけだった。
今回もそれは同じだ。ただ攻撃をするふりをしている余裕はないため、レンとガルドは慌てて炎を回避するが、フェニックスの攻撃は終わらない。
「ほらほら、呆けている暇があったら、攻撃しなさい、攻撃!まぁ、攻撃させる余裕は与えませんけどね?」
そう言ってフェニックスは大きく息を吸い込んだ。レンとガルドはフェニックスが息を吸い込むのを見て、とても嫌な予感がしていた。そしてその予感は的中する。
「インフェルノエッジ!」
フェニックスは頭を振り下ろしながら、その口から直線状に光線が放ってきた。放たれた光線はまるで刃のように迫ってくる。
(刃なら防げ──)
レンとガルドはそれぞれのEKを強く握りしめた。そこでフェニックスが思い出したかのように言った。
「あ、避けないと死にますからね?注意してください」
「「先に言ってください!」」
レンとガルドはとっさに左右に飛び込むようにして分かれて、光線の範囲から逃れた。そのすぐあとにフェニックスのインフェルノエッジがふたりのいた空間を通過する。ジュッという音を立てて、地面が切り裂かれた。
「「……」」
切り裂かれた地面はまるで断層のようになっていた。その断面は結晶化し、底が見えないほどに深くまで続いていた。その光景は嫌になるほどにインフェルノエッジの熱量を雄弁に物語っている。
「はい、よく避けられました。偉いですよ」
パチパチと拍手が響く。拍手しているのはフェニックス本人である。
ただ拍手されている側のレンとガルドにとっては笑えないことであった。
「殺意高くないですか?」
「危険極まりないものをぶっ放すのはどうかと思うんですけど?」
レンとガルドは真顔だった。 あまりにも衝撃的な光景を前に、ふたりは真顔になっていた。そんな真顔のふたりを前にしてフェニックスはのほほんとしていた。
「だって大技が来たら、普通は死ぬでしょう?」
「なにを言っているの?」と言うようにフェニックスは首を傾げた。その表情は作り笑顔でもなく、怒っているわけでもなく、困惑の色が強い。明らかに素で言っていた。素でレンとガルドの批難を理解出来ていないようである。だが、フェニックスの発言が間違っているというわけでもなかった。
「いや、たしかに死ぬっちゃ死にますが」
「でしょう?間違ったことは言っていません」
「間違ってはいないですよ、たしかに。間違ってはいないんですが」
「うん?」
フェニックスは「なにが言いたいんだろう?」と困惑しながら首を傾げていた。その様子に「この人本気で理解していない」と戦慄するふたり。だが、戦慄するふたりを無視してフェニックスは笑いながら言った。
「では、次ですよ。今度は薙ぎ払うように撃ちますので、跳んで避けるなり、屈んで避けるなりしてくださいね?」
すぅーと大きくを息を吸い込むフェニックス。その行動はインフェルノエッジを発動させる前段階だった。宣言通りに向きを変えたインフェルノエッジを放とうとしているのだろう。
だが、ふたりはフェニックスの言葉をうまく理解できなかった。
というよりも疑問が浮かぶ。「大技ってそんなポンポンと撃っていいのか」という疑問がふたりの脳裏を過る。
むしろポンポンと撃てる大技を、本当に大技と言っていいのだろうか?そもそも大技にしては、発動までのモーションが短めすぎないか?大きく息を吸うだけで、あんな殺意しかない一撃をぶっ放すというのはどういう了見なのだろうか?あんな殺意だらけの一撃を連発するとかいくらなんでも凶悪すぎるだろう。そんなのどうやって対応すればいいんだよ、と様々な疑問というか、もはや愚痴としか言い様のないことが次々に脳裏を過っていくレンとガルド。
だが、そんな疑問半分愚痴半分が氷解するよりも早く、フェニックスはインフェルノエッジを宣言通りに薙ぎ払うように水平に放ってきた。
レンとガルドはそれぞれに跳び上がり、その場に屈み込んで回避するが、その際ニヤリとフェニックスが笑った。その笑顔はとてもとてと邪悪なものだった。
(あ、ヤバい)
レンは血の気が引く音を聞いた。フェニックスは笑っている。邪悪極まりない笑顔を浮かべたまま、フェニックスは薙払った状態から斜めに切り上げるようにしてインフェルノエッジの向きを変えた。その斜線はちょうどレンとガルドを線で結べる角度でもあった。
「「ちょっと!?」」
レンとガルドが慌てるが、インフェルノエッジは問答無用に迫っていた。
「「雷電」!」
レンはとっさに「雷電」を用いて加速した。だが、いくら加速しようとも足場のない空中ではどうしようもない。だが、インフェルノエッジはレンを切り刻まんと唸りを上げて迫っていた。ガルドがどうしたかを確認している余裕などすでにない。
(一か八かだ)
レンは「雷電」を使用した状態であえて待った。「雷電」がその身を切り刻まんと迫るのをただ待った。
それからすぐにインフェルノエッジがあっという間に迫って来ていた。迫りくるインフェルノエッジを見つめながら、レンはインフェルノエッジの軌道から逸れるように体を回転させた。
インフェルノエッジの刃がレンの頬に触れた。激痛が走り抜けるが、レンは構うことなく体を回転させ、軌道から逸れた。
蒸発する赤い煙を眺めつつも、レンは気を引き締めていた。
(安心するなよ、俺。ここから返される可能性が高い!)
インフェルノエッジは水平に放たれてから軌道をずらして返って来たのだ。一度行われたのであれば、もう一度できてもおかしくはない。いや、できると考える方が妥当である。そしてそれがフェニックスの策であったことをいまさらながらにレンは痛感していた。
(「跳んで避けていい」と言われたからとっさに跳んでいたけど、いまにして思えば、完全に誘い文句だった)
水平に放れる防御不可能な攻撃への対処は、発動される前に潰すか、避けるしかない。最善は発動される前に潰すことだが、発動までのモーションが早すぎて潰すことはできなかった。
となれば、後は避けるしかないわけだが、その避けるにしても跳んで避けるか、転がって避けるしかない。
そのうち、跳んで避けるというのはいま思えば、完全に悪手だろう。
跳ぶということは、地面から離れるということ。一度だけならば問題はないだろうが、軌道を変えて放たれるということになれば、地面から離れるということは致命的な隙を晒すことになる。相手が完全に格下であれば、どうにかなるかもしれないが、はるかに格上であれば、その時点で負けが決まったようなものだ。
その点ガルドは屈んで避けた。体勢は崩れるも、地面に接しているのであれば、次の行動は跳ぶよりも取りやすい。
事実、回転して避けた際に、地面を転がるとガルドを見た。それだけを見ると、無様に見えなくもない。だが、レンとは違い、ガルドはそのまま行動を取りやすい。立ち上がるには一度体勢を立て直さねばならないため、ワンアクション必要だが、レンとは違い、常に相手を見ることができる。
レンの場合は着地の際に、一度相手から目を逸らすことになる。それからの行動となるため、ガルドよりもワンアクション多く必要となる。
ガルドが跳ばなかったのは自重の問題もあるが、それ以上にどうあっても無防備となる瞬間があるからである。
レンはスピード重視の戦いをするため、アクロバティックな動きも取ることがある。ゆえに今回もいつもの調子で動いてしまった。それをフェニックスに狙われた。
(最初からこの流れにするつもりだったのか?それとも思いつき?どちらにしろ、戦闘経験の差がもろに出ている)
レンは焦った。だが、焦っても着地にはまだ遠い。もう数秒あれば着地はできる。だが、それまでにフェニックスがふたたびインフェルノエッジを曲げてくる。いや、曲げられる時間は余裕であった。
(ここまで、なのか?)
修行であるため、ある意味安全ではある。だが、フェニックスは即死でなければ助けると公言していたことを踏まえると、本当に殺す気かもしれない。
(ゲームだから死に戻るだけか)
あくまでもゲームであるため、死んだとしてもおそらくは焦炎王の玉座で目覚めるだけ。
だが、それでも死に戻るというのはどうにも慣れない。
(兄ちゃんに斬られたのが最初だから無理もないのかな?)
レンが死に戻ったのは、兄であるテンゼンに斬られたときが初めてだった。まだ一度しか死に戻っていないため、どうにも死に戻るという行為に違和感があった。それは今回も同じだろうが、死に戻りなどゲームには付き物だ。いわば必要経費でしかない。
(いまのうちに慣れてしまえばいい)
死に戻りはゲームを続けていればいくらでも経験する。であれば、いまのうちに慣れてしまえばいい。レンはまぶたを閉じた。ここから生還するのは無理だ。なら無様に足掻くよりかは、これから何度も経験することになる「死」を、いまのうちに慣れよう。そう思ったのだ。ゆえにレンは諦めて死に戻ることを受け入れようとした。
「……あの方のご息女はこの程度のことで諦めるのですね。幻滅ですよ」
不意に聞こえたのは、フェニックスの声だった。途中から聞こえたため、なにを言っているのかはわからなかった。はっきりと聞こえたのは「幻滅ですよ」という一言だけ。
なぜ幻滅されてしまうのかは理解できなかった。だが理解できずとも、迫りくる死からは逃れられない。
(死に戻ったら聞いてみるか)
レンは死に戻った後に、フェニックスから詳しく話を聞こうと決め、迫りくる死をただ待った。
だが、いくら待っても死は訪れない。どうしたのだろうと閉じていたまぶたを開くと──。
「ようやく目を開けましたか。気分はどうですか?」
──そこには笑顔を消し、無表情で見下ろすフェニックスが立っていた。




