30話 後の祭り
いつもよりも若干短めです
「──というわけで、レン殿とガルド殿には身の振り方についてご説明いたしました。我が君」
「そうか、苦労を掛けた」
「いえいえ、お気になさらずに。内容は残念でしたが、導き出すまではそれなりに早く、時間はさほど掛かりませんでしたゆえ」
「ならばよい」
フェニックスが焦炎王の前で跪いていた。跪きながらフェニックスが語るのはレンとガルドが暫定クリアした「謎かけ」の詳細についてだ。フェニックスは淡々とその内容を語っていた。その声はとても涼やかでありつつも、とても通りがよかった。フェニックス以下の眷属たちにも聞こえているだろう。
その詳細を焦炎王は盃を傾きながら興味なさそうに聞いているが、フェニックスはおかまいなしに話しかけていた。眷属の長という立場にありつつも、主である焦炎王にそんな対応をして大丈夫なのだろうかと一抹の不安を感じなくはない。
だが、フェニックスは特に気にした風でもない。むしろこうするのが当たり前というような雰囲気さえあった。
それはフェニックスだけではなく、焦炎王も同じだった。丁寧なようで礼を失しているフェニックス相手にも平然としていた。もっとも完全に気にしていないわけではないようで、フェニックスの話を聞きつつも呆れたように見返している。「こいつは本当に無礼だよなぁ」とその顔には書いてあるが、フェニックスはそのことに気づきながらも態度を改める様子はない。
「フェニックス」
「はい?」
「慇懃無礼とはそなたのためにある言葉よな」
「これはこれは、大変失礼致しました。お許しを得るためにお履き物の底を舐めましょうか?」
「やめい、気持ち悪い。そもそもそなたのそれを咎めても仕方あるまい。いまさらじゃ」
焦炎王は盃を一気に呷った。ほっそりとした喉が動きし、酒を嚥下していく。その仕草ひとつとっても美しかった。その様に眷属たちが息を吐いていた。それは呆れためのものではなく、感嘆としたもの。あたりまえの行動ひとつ取っても美しい焦炎王に対する称賛だった。そうして感嘆としつつも、同時に小さなため息もあった。それは「黙ってくれていれば美人なのになぁ」と残念がられているのだろう。
だが、当の焦炎王は特に気にした風でもなく、盃の中身を飲み干していく。
ほどなくして、「ぷはぁ」という声とともに盃を下ろした。その際乱暴に口元を拭う姿はなんとも男らしい。見た目と中身のギャップがありすぎたが、やはり当の焦炎王は気にしていない。
「まぁ、長い付き合いじゃ。いまさら咎めたところで、そなたも直すつもりはなかろうよ」
「いえいえ、そんなことはありません。我が君がお望みとあらば、その希望を全力で叶えるのが眷属たる者の使命であり喜びですので。まぁ、本気で我が君がお望みとあれば、改めますが?」
「……よい。さっきから言っているが、いまさらじゃ。それにいきなり口調を改められても悪いものでも食べたのかと思うだけよ」
「これは手厳しい」
「ほざけ。本気でそんなことをする気もないくせに」
「さて、なんのことやら?」
ふふふと笑いつつ、フェニックスは空いた盃に酒を注いでいく。焦炎王は焦炎王で口元に笑みを浮かべていた。
(なんというか、主従関係というよりも友人、いや、仲のいい姉妹という方が近いかな?)
焦炎王とフェニックスのやり取りは、主従関係というには馴れ馴れしすぎた。主従関係というよりも仲のいい姉妹という方が合っている。
(よく見るとどことなく似ているもんな、このふたり)
ふたりの関係を見ていたがゆえに気づいたことだが、ふたりの外見はどことなく似ていた。瓜二つとまではいかないが、部分で似ている。たとえば目だ。
焦炎王とフェニックスのそれぞれ目は切れ長だった。ただ焦炎王はとても鋭く細められ、フェニックスは若干垂れ気味という違いはあれど、同じような目をしている。瞳の色は焦炎王が赤で、フェニックスが赤と黄色のオッドアイであり、似てはいない。
ほかにも髪の長さは同じだが、色が違い髪型も異なったり、背丈も同じだが、体型は若干フェニックスの方が丸みを帯びていたり、と似ていたり同じ部分もあったりするが、それぞれに差異がある。それはたまたま似ているというよりも双子のように、二卵性の双子のような差異があった。
だが、ふたりの関係は主従であって、双子ではない。それでもふたりを見ていると仲のいい姉妹のように思えてならなかった。
「まぁ、よい。とにかく小僧どもに関してはそなたに任せる。定期的に鍛えてやるが、基本はそなたが鍛えよ」
「私に丸投げですか?」
「丸投げではない。適材適所というものよ。つまりはそなたの方が鍛えるにはふさわしいと思うからこそ任せるというだけのこと」
「物は言い様ですなぁ。……まぁ、我が君にお任せしたら、死んでしまうかもしれませんので無理もありませんが」
「殺すことなどせんよ。まぁ、死んだ方がマシと思う程度には追い込むがの」
にやりと焦炎王が笑う。その笑顔はとても楽しげなもので、端から見れば誰だって目を奪われかなねないものだったが、レンの背筋はぞくりと震えていた。
(あ、これ、ヤバい奴だ)
直感が言っていた。この笑顔は危険なものだと。だが、危険なものであってもレンにはどうすることもできない。すでに賽は投げられている。いまさらなかったことにはできそうにない。
「あ、あの焦炎王様?」
「うん?」
「お手柔らかにはぁ~」
「うん、無理じゃな!」
はっきりと焦炎王は言った。その際の焦炎王の表情は輝かんばかりの笑顔であった。そう、笑顔であるが、元より笑顔というのは攻撃的なものである。そしてそれは焦炎王の笑顔にも同じことが言えた。その笑顔の前にレンはなにも言うことができなかった。ただ涙目で敬礼することしかできなかった。
「まぁ、こやつの元で死なんように鍛えてもらうがよい!」
「よろしくお願いしますね。我が主よりも加減はしますけど、私手加減はそんなに得意ではありませんので、死にかけるかもしれませんが、即死ではない限りは助けますのでご安心を」
なみなみと注がれた盃を傾けていく焦炎王とニコニコと笑いつつも物騒なことを言うフェニックス。
言っていることは違うようでほぼ同じだった。むしろ即死以外なら助けると公言していることを踏まえると、フェニックスの方が性質が悪いと言える。つまりは焦炎王もフェニックスもどっちもどっちだった。
だが、フェニックスと焦炎王に鍛えてもらうことは、はや決定事項であるため、どうしようもない。
「早まったかな」と早くも後悔してしまうレン。
だが、そんなレンの後悔をまるっと無視して、焦炎王とフェニックスは楽しげに「どこまで追い込むか」という話し合いを始めていた。その内容は聞きようによっては酒の席の歓談のように思えるが、語られている内容は事実上の死活問題だった。
そんなふたりのやり取りに、ほかの眷属たちがいかにも「かわいそうに」と言うかのように表情を歪めていた。中には青い顔をしてお腹を押さえている者もいた。
「あぁ、経験者かぁ」と現実逃避をするレン。ガルドは胸に手を当てて祈りを捧げているようだが、この場に神はいない。いるのは、笑顔で生殺与奪を語り合う悪魔のような存在だけであった。
そんな悪魔を見つめながらレンはこれからの日々に不安を募らせる。
だが、どんなに不安を募らせても状況はなにも変わらない。変わらないまま、レンとガルドの地底火山での日々はこうして始まりを告げた。




