23話 赤い女性
遅くなりました。
クリムゾンリザードがログアウトして、別の方がログインします←
倒れ伏したクリムゾンリザードはまぶたを閉じた。
もう戦う気はないという意思表示だろうとレンは思った。
だが、少し解せないこともある。
(……あれほど生に執着していたのに、あっさりと負けを認めるっておかしくないか?)
そう、クリムゾンリザードは頑なに生きようとしていた。生きるために戦おうとしていた。そのクリムゾンリザードがこうも簡単に負けを認める。それがどうにも解せないとレンには思えてならなかった。
「……解せないって顔をしているな、坊主」
少し前まで腰を下ろしていたはずのガルドが気づいたら隣に立っていた。ガルドが立ち上がることにも気づかないほどに考え込んでいたのかと思うレン。そんなレンにガルドは言った。
「ウォーリア・オブ・ドラゴン」
「え?」
「このクリムゾンリザードが頑なに戦おうとしていた理由のことさ」
ガルドはそれだけを言った。
ウォーリア・オブ・ドラゴン──。
直訳すると「竜の闘士」というところだろうか。いままで掲示板でも見たことのない単語であった。
だが、ガルドが口にしたということは、共通認識として語られている単語ということなのだろうか。情報が足りなくてレンにはいまひとつ判断ができなかった。
「知らなくても問題ねぇよ。「ウォーリア・オブ・ドラゴン」ってのは、攻略組の間でしかまだ知られてねぇものだからな」
「攻略組でしか?」
「おう。ざっくりと言えば、ドラゴンの中でも稀な個体のこと、だな」
「稀な個体?」
「特異個体とも言った方がいいな。とにかく、ドラゴンの中でも特別に強い存在を「ウォーリア・オブ・ドラゴン」とシステム上では呼ばれている」
「システム上って、公式ってことですか?」
「あぁ、攻略組の間では、「ウォーリア・オブ・ドラゴン」を倒すことは憧れになっている。なにせ攻略組の間でも知られ始めたばかりだしな」
「憧れ」
ガルドは倒れ伏したクリムゾンリザードをじっと見つめている。その目はとても穏やかで、死闘を演じたクリムゾンリザードを労っているようだった。
「……まぁ、細かい話はおいておこうか。そろそろ楽にしてやろう」
「……そうですね」
話し込んでしまっていたが、これ以上クリムゾンリザードを痛みで苦しませたくなかった。苦しまないように楽にしてあげたかった。
「坊主。赤角ウサギにした方法なら苦しませずに楽にしてやれると思うぞ。少なくとも俺には同じことはできん」
赤角ウサギにした方法。ガルドが言った内容は、たしかに頷けるものだった。
赤角ウサギに対して行い、「角ウサギの赤艶皮」を無事手に入れた方法ならば、クリムゾンリザードを苦しませずに楽にさせてやれる。
ガルドがレンに言ったのは、ガルドではクリムゾンリザードを楽にさせることができないからだ。いま以上に傷つけることになる。ゆえにレンに言ったのだろう。傷つけることなく、トドメをさせるレンにと。
「……わかりました」
レンは頷くと、ミカヅチを見つめた。鞘はクリムゾンリザードのチャージした火球により、赤熱していた。
「「流水斬」」
レンはなにもない空間へと「流水斬」を放った。ミカヅチの鞘から凄い勢いで蒸気が立ち上っていく。
「……よくまぁ爆発しなかったな」
「え?あ、そっか」
赤熱した鞘に覆った状態で「流水斬」など使ったら、爆発してもおかしくはないことだった。だが、鞘は爆発することはなかった。トロルが言っていた「神鋼」とやらが、ミカヅチの鞘にも使われていて、それが爆発を防いだということなのだろうか。
いまひとつ理由ははっきりとしないが、とにかく赤熱した鞘を冷やすことはできた。これならば、介錯もできるだろう、とレンは思った。
「失礼」
クリムゾンリザードに一声掛けると、レンはクリムゾンリザードの胸、心臓の辺りに鞘の切っ先を触れさせた。
「では介錯を──」
介錯のためにミカヅチを握ると、視線を感じた。クリムゾンリザードが閉じていた目を開けて、じっとレンを見つめていた。
(……澄んだ目だな)
レンを見つめるクリムゾンリザードの目は澄みきっていた。
その目には怒りも恨みもない。ただ澄んだ目をじっとレンにへと向けるだけ。その澄んだ目にレンはわずかな迷いを抱いた。
「……迷うな、坊主。トドメを差してやれ。それが勝者の務めだ」
ガルドが言う勝者の務めを果たすとは、つまり敗者を楽にさせることだ。特に命のやり取りをするのであれば、なおさら行わねばならないこと。
クリムゾンリザードは四肢を半分失った。片目も潰され、鱗もまともとは言えない。
トドメを差さないということは、まともに生きることも苦労する状態で放り出すということ。それを生きていればいいことがあるという不確定な状態で放り出すのは、殺すこともよりも残酷だと言える。
もっと言えばただの自己満足であり、責務放棄だ。
「……楽にしてやってくれ。頼む」
ガルドが言った。ずるいとは思わなかった。ガルドでは苦しませてしまう。だからレンがやらねばならない。
本当に相手を思うのであれば、いまの状態で生かすのではなく、その生を終わらしてあげることこそが本当の優しさだった。
レンは大きく深呼吸をしてから、クリムゾンリザードに視線を向ける。クリムゾンリザードはじっとレンを見つめていた。一切そらすことなく、みずからの命を奪おうとする相手を見つめている。その姿にレンは「強いな」と思った。
(……自分を殺す相手にこんな目を向けられるのか。怒りも恨みもない。ただただその姿を焼き付けようとするなんてことは俺にはできない。これが「ウォーリア・オブ・ドラゴン」、命を懸けた戦いを行うドラゴンの闘士か)
ただの敵としてではなく、強敵と命を懸けて戦う闘士。その姿はとても気高く、そして晴れやかだった。ゆえにその最期を任せられたことを誇りとするべきだろう。その死を汚すような真似はするべきではない。
「……失礼しました」
レンは一旦ミカヅチを下げると、頭を下げた。痛みに喘がせたことを。命を奪うことに躊躇ったことに対しての謝罪だった。
クリムゾンリザードはゆっくりと頭を振った。怒ってもいない。恨んでもいない。ただ申し訳なさそうにしていた。レンに殺させることを申し訳なく思っているように、レンには思えた。
「……介錯をつかまつる、レンと申します。クリムゾンリザード、いえ、ウォーリア・オブ・ドラゴン殿。あなたの命は私が背負います。どうかご冥福を」
レンはそう言ってミカヅチの鞘の切っ先を再びクリムゾンリザードの心臓に当てた。行うのは赤角ウサギに対して行い、感じ取った呼吸。安らかに命を奪うもの。ほんのわずかな痛みだけを与える1撃。
「貫け、「雷槍」」
ミカヅチの鞘の切っ先の一点に黒い雷が帯電した。帯電した雷はクリムゾンリザードの体内をかき分け、心臓を貫いた。
クリムゾンリザードの目が一瞬だけ見開かれたが、すぐにその目はゆっくりと閉じていく。やがてクリムゾンリザードの身から力が抜け、激戦を経た体は光となって消えた。
「ウォーリア・オブ・ドラゴンを初討伐しました。一部システムを解禁いたします。それにより称号「竜討伐者」を得ました。加えて、特定の行動を行ったため、称号「慈悲深き者」を得ました」
クリムゾンリザードが横たわっていた場所にドロップアイテムが、大半は赤い鱗だが、その中には半透明の赤い牙と赤い玉があった。それらドロップアイテムが現れると、アナウンスが流れた。だがそれはワールドアナウンスではなく、個人用のアナウンスだった。
「一部システムの解禁?」
それはガルドからは教えてもらっていないものだった。ガルドを見やると、「Tipsを見ればわかる」とだけ言い、クリムゾンリザードのドロップアイテムを確認し始めた。レンもガルドに倣ってドロップアイテムの確認をしようとした。
「ほれ、お目当ての鱗だ。それとこいつも持っておきな」
ガルドはドロップしたすべてを渡してくれた。が、いきなりすぎてレンは唖然となった。
「えっと、これは?」
「クリムゾンリザードのドロップアイテムで一番の激レアだよ」
「……は?」
「トドメを差した坊主が持っているに相応しいだろうからな」
それだけ言って、ガルは立ち上がった。言われた意味がわからないまま、レンは渡されたドロップアイテムを「鑑定」した。
紅蓮亜幼竜の炎魂 レア度6 品質A
クリムゾンリザードの素材。その炎の力の源であり、魂の一部が結晶化したと言われるもの。その力は未完成ながらも、あらゆるものを悉く燃やし尽くさん。
紅蓮亜幼竜の鱗 レア度5 品質B
クリムゾンリザードの素材。その身を覆う鋼のような鱗の一部。
クリムゾンリザードの素材は鱗が大半のようで、鱗だけでも10枚はあった。大きさはレンの手のひらくらいはある。それが10枚あるのだから、トロルに依頼する装備品にはこれくらいで足りるだろう。
ただ、炎魂なる激レア素材をどうしたらいいのかがわからない。だが、炎魂以上にヤバいものもあった。
紅蓮亜幼竜の闘炎牙 レア度7 品質A
ウォーリア・オブ・ドラゴンたるクリムゾンリザードの素材。竜の闘士が誇る炎の牙。幼い亜竜ながらにもその牙は鋭く猛々しい。鍛えれば下手な刀剣よりも強力な一振りになりえる。
まさかのレア度7のアイテムだった。
まだリリース開始して数ヶ月ではありえないほどのレア度だった。
だが、その高レアのドロップアイテムをガルドはぽんと渡してくれた。それがレンには信じられなかった。
しかし信じられなくてもそれが現実だった。現実にレンの手の中にはその高レアのドロップアイテムが存在していた。
「あ、あのガルドさん!なんかありえないレアリティのものがあるんですけど!?」
「そうか、大切に使えよ」
「あ、はい。ありがとうございま、って違う!」
あまりにもあっさりとしたガルドにレンはすがり付いた。こればかりはガルドのしていることはありえない。さすがに容認できないことであった。
「レア度7なんて聞いたことないですよ!こればかりはそのまま貰うわけにはいかないですよ!」
ただでさえ、ガルドには付き合ってもらっているうえに、クリムゾンホワイトタイガーの素材も譲ってもらっていた。
これ以上ガルドにばかり、損をさせるわけにはいかなかった。
「坊主の気持ちはありがたいが、俺は坊主が持つべきだと思うぜ?」
「なにを言っているんですか。これ以上は貰いすぎですよ!」
「坊主の言いたい意味もわかる。だが、俺は坊主が持つに相応しいと思うんだよ」
「なんでですか!?」
「なんとなくなんだがな。その牙は坊主に使ってほしいんじゃねえかと思うんだよ」
「は?」
ガルドが口にした言葉にレンはまた唖然とした。素材が使って欲しがっているなんて意味がわからなかった。
しかしガルドはとても真面目な様子で続けた。
「その牙はおそらくクリムゾンリザードのウォーリア・オブ・ドラゴン特有の素材だ。クリムゾンリザードは軽く100体は狩ってきたが、いままでドロップしたことはなかったよ」
「なら」
「さっきも言ったが、そいつは坊主に使われたがっていると思うんだよ」
「意味がわからないです!」
「だろうな」
ガルドは笑っていた。だが、笑いながらもその目は真剣だった。
「たまにあるんだよ。そいつに使われたいと言っているかみたいに、あっさりとドロップするアイテムがな。普通レア度7のアイテムなんてそう簡単にドロップするもんじゃねぇ。だが、まるでそのアイテム自身に意志が備わっているかのように、あっさりとドロップすることっていうのがたまにある。その牙もたぶん同じなんじゃねえかな?」
「なんで俺に」
「さぁな。だが、きっと意味はあるのさ。だからおまえが使え」
「でも」
「いいから持っていけ。そもそも俺は剣の素材になるアイテムなんて持っていても意味はねえよ。なにせ俺は斧を使う戦士なんでな。まぁ、斧に使えそうな素材があったら譲って貰うから、今回は気にするな!」
がははは、とガルドは笑う。
なにを言えばいいのかはわからなかった。だが、ガルドが受け取るつもりがないことはわかった。そんなガルドを説き伏せることができないこともまた。
納得はしていない。
だが、受け取る以外にないのだろう。
牙はレンの腕の中ほどくらいはあった。説明には鍛えればとあったが、少し研ぐだけでも刀剣として使えそうである。
少なくとも現時点のミカヅチよりも強力な一振りができるだろう。
だからこそ迷うのだ。本当にこんなアイテムを持っていいのかがわからなかった。
だが、ガルドは受け取らない。レンが持っていろの一点張りだった。
(俺が折れるしかないか)
なんとも不思議なことではあるが、ガルドが受け取らない以上はレンが受け取るしかなかった。
手の中にあるクリムゾンリザードの素材を見つめながら、レンは「ありがたく受け取らせていただきます」と一礼をした。心を込めて頭を下げた。ガルドはにこやかに笑っている。その視線に気恥ずかしさを感じていた、そのとき。
「ほぅ。竜を屠りし者が、その死を悼むとはな。そのうえ慈悲深き死を与えるか。面白い小僧どもだ」
不意に聞いたことのない声が響いた。レンもガルドも弾かれたように振り返った。
「ふふふ、少し試してみるかな?」
そこには赤い女性がいた。髪も目もその装備さえも赤い。すべてが赤い女性が立っていた。その姿はまるで炎のようだった。猛々しく燃え盛る紅蓮の炎が人になったかのような女性がそこにいた。
「さぁ、生き残ってみろよ、小僧ども」
女性は赤い唇を大きく歪ませると、腰の剣を抜き放ったのだった。
竜討伐者……荒ぶる竜を討伐せし戦士に贈られし称号。討伐者としてはまだ駆け出しだが、その力は一流である。入手条件はドラゴン系モンスターを討伐すること。特殊効果として戦闘時にSTR、VIT、DEXにそれぞれ補正(中)あり。加えてドラゴン系モンスターに特効(小)付与。
慈悲深き者……敵対する者にも安らかな眠りを与えし者に贈られし称号。その冥福をただ祈らん。入手条件はモンスターを苦しめることなく絶命させること。特殊効果は戦闘時においてDEXに補正(中)あり。加えてスキル「介錯」を取得する。
介錯……「慈悲深き者」を取得すると同時に獲得するスキル。一定以下のHPになったモンスターを1撃で絶命させられる武術「斬命」を使用可能となる。使用者のDEXにより使用条件が増減する。




